(3)

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坂本千秋は雑誌取材の謝礼として、東都美術館の篠田館長を接待していた。篠田は自分でも油彩画をやっていて、日本画壇の重鎮だった。しかし千秋は、この65歳の非常に元気の良い人物に、なにか危険なものを感じていた。第一、男好きの義父の紹介だということ自体が、尋常ならざる先行きを予感させた。
それでも取材は無事終了した。あとは食事と酒で先生をいい気分にさせて、義父の面子を立てることだけだった。
「へーえ、いい店じゃないですか、坂本さん」
篠田館長は店に入った途端、満足そうに言った。それからボックス席に案内されると、「女はいらない」と断って、自ら先に進んでカウンター前の止まり木にでっぷりとした尻をおろした。仕方なく千秋も横ならびに腰かけた。
「スコッチ、ロックだ」
篠田の合図に、カウンター奥の若い男が、すかさず飲み物を用意した。
老館長はグラスを掲げた。
「きみの若さに乾杯」
もともと血色のよい温顔が、前の料理店で飲んだアルコールでピンク色に染まっている。
「先生のご健康とご活躍に!」
千秋はグラスを掲げた。それから口をつけ、ほんのちょっぴり中身をすすった。酒は強い方だったが、前の店で篠田に勧められるまま、すでにしこたま飲んでいた。

篠田は若いバーテンダーと、何やら親しげに話をしている。温厚な人柄だが、いまや目尻を下げて、いかにも好色そうな顔つきになっている。
ウェーブのかかった白髪に丸っこいおでこ、男の甘さを含んだ顔は、いたって肌艶が良い。そして、ふくよかな体を包む黒っぽいスーツ、胸ポケットには真紅のポケットチーフがさりげなく差し込まれている。
(義父と昵懇の仲だということは、この男も男色家なのだろうか?)
千秋は取材をしているとき、なにかにつけこちらの体に触れようとする、篠田館長の癖を思い出していた。
「どうしました、坂本さん?」
篠田が話しかけてきた。「お父さんのことでも思い出してるの?」
千秋はギョッとした。ひょっとして義父は、娘婿との関係を篠田にも話したのだろうか。どう返事をしようかと迷っていると、先に篠田が言った。
「それとも、ほかのいい人のこと?」
「いいえ、先生、そんな人はいませんよ」
千秋はあいまいに答えると、篠田が嬉しそうな顔をした。
「あなたのようないい男に誰もいないなんて、にわかには信じがたいな」
そう言って、篠田は太った体をすり寄せてきた。「じゃあ、私にも希望があるわけだ」
ふっくらとした手が膝の上に置かれて、千秋は戸惑った。その手を払いのけるのも大人げないので、彼はじっとしていた。
篠田が千秋の顔を意味ありげにのぞき込んで、膝に置いた手に力を込めた。温和な目が、熱っぽく輝いている。
(やはり、こういうことだったのか)
予期していたこととは言え、実際に迫られると逃げ出したくなった。ふくよかな指が膝から太もものほうに、じんわりと這い進む。
(おいおい、もういい加減にしてくれよ――)
千秋は体を固くして、両足をぴっちりと閉ざした。
その時、店の従業員がやって来て、坂本さんあてに電話がかかっています、と伝えた。
「私に?」
千秋は聞き返した。篠田もいぶかしげな表情をしている。とにかく千秋は、従業員の後について電話ボックスのほうに向かった。

驚いたことに、ボックスのところに上原景がいた。久しぶりに見る若者は、渋い好みのスーツを着ているせいか、すっかり大人びて見えた。しかし、のどかな笑顔だけは、以前と変わりなかった。
「やあ、お久しぶりです」
「お久しぶりって、電話の相手はきみだったのか」
千秋は先ほど呼びに来た、従業員の方を振り返った。従業員がバツの悪そうな顔をして、店の奥にひっこんだ。
「彼が悪いんじゃないんです。ぼくがむりやりに頼みました」
景はまじまじと千秋の顔を見た。「なつかしいなあ、1年半ぶりですか」
「それで、何の用だ?」
「何の用だって、ご挨拶だなあ。神戸にも来ていただいた仲じゃないですか」
「おい、他人が誤解するようなことを言うな。だけど、あのときの主役は、きみと私の義父だ。夜の港では、楽しいことをしたそうじゃないか――二度までも」
景は一瞬、つまった。
「あ、あれは――おじいちゃんの方から――」
千秋は遮るように言った。
「それで、私の義父とは付き合ってるのか?」
「神戸で会ったきりです。電話では何度かお話しましたけど。――それよりも、坂本さんと一緒にいる恰幅の良い方はだれですか。なんだか馴れ馴れしく、坂本さんの太ももを触ってたけど」
そんなところまで見られたのかと動揺したが、千秋はそっけなく言った。
「きみには関係ないことだ」
「まさか――」
景は息を呑んだ。「そんな仲なんですか?」
千秋は否定しようとしたが、ふと考えを変えて、黙って面白そうに若者の顔を眺めた。
景は穴のあくほど、年配者の
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