(1)
景は電子工学の勉強が面白くなって、大学院に進み、研究活動をつづけた。
最終学年のある日、家に帰ると、祖父が客の相手をしていた。50代半ばの男で胡麻塩頭、目尻の小じわが多かった。男はグレーのスラックスに白のカッターシャツ、淡いブルーのジャンパーを着ていた。ちょっと見た感じは、町工場の経営者のようだった。
「おっ、秀才のお帰りだ。望月さん、これが噂の孫ですわ」
千尋が明るい声で言った。
「どうせ良くない噂でしょう」
景がぼやくと、千尋は立ち上がりながら客に言った。
「お聞きのとおり、ちょっといじけた性格をしていますが、それでもよろしければ、どうぞ彼とお話しください」
祖父が部屋から出て行ったあと、男は改めて景に向かって頭を下げた。
「望月と申します。それにしても、素敵なおじいさんですね」
「ええ――おしゃべりでなければね」
望月が微笑んだ。男はどことなく東京の父親に似ていた。歳相応に肉づきの良い顔と小作りの目鼻立ち、短い眉毛に生き生きと輝く小さな黒い瞳。笑顔がよく似合う、感じのいい顔だった。
「じつはこの春の学会誌で、あなたの論文を読みました」
その論文のことは、景もよく覚えていた。さまざまな電子工学機器の開発を、ハードとソフトの両面から、技術的に関連づけていった研究発表だった。
望月は目を輝かせて言った。
「私はあの論文を読んだとき、一種のカルチャーショックを受けました。とても私たち旧世代の人間には思いつかない、斬新なアイデアがいっぱい詰まっています」
景はまんざらでもない気がしたが、黙って肩をすくめた。
男は思い出したように言った。
「あっ、申し訳ない。説明が遅れました。私は、『テクノ21』という、ハイテクのベンチャー企業を経営しています。うちの会社をご存知ですか?」
「液晶ディスプレーのメーカーでしょう?とくに、パソコン用のディスプレーに強い」
「さすが、よくご存知だ」
望月はうれしそうに微笑んだ。「じゃあちょっと、我が社のアピールをさせてください。いま、うちでは、飛躍的にコストが安くて、逆に性能は従来品よりも優れている、ディスプレーの開発をしています。それが完成すれば、画期的な製品となるのは間違いない」
望月は、その言葉が景の頭に浸透するのを待つように、すこし間をおいた。
「それから、もうひとつ。今年の春にAI、つまり人工知能の開発部門を新設しました。ビジネス的には未知数の分野ですが、ある優秀な電子工学の専門家が私の高校先輩でしてね、その彼が現職をリタイアして、私のところに来たんです――」
手振り身振りをまじえて熱心に話す年配の男に、景は好感をもった。少なくともこの男には、自分の仕事にたいする熱意とロマンがあった。それは技術者にとってもっとも大切なことだ、と彼は常々思っていた。
「おそらく私がやっている技術開発は、時代とともに陳腐なものになるかもしれません」
望月は、思い入れたっぷりに、景の顔を見ながら締めくくった。「でも私は、まさに今の時代に生きています。そこで、私たちがやっている新商品とAIの開発――それにはあなたの頭脳が必要なんです」
望月は話しおわると、にっこりと笑った。
その暖かい笑顔につられて、景も微笑んだ。
「つまりあなたは、求人に来られたのですか?」
「簡単に言えば、そうなりますな」
「会社はどこにあるのですか?」
「失礼」
望月は名刺を景に渡し、かばんの中からパンフレットを取り出した。「工場と事務所、研究所は茨城の筑波研究学園都市にあります。それから営業拠点として、東京の丸の内と大阪梅田にオフィスがあります」
それを聞いて、景は眉を曇らせた。望月がそれに気づいて、尋ねた。
「なにか不都合でも?」
「神戸で生活したいと思っていましたので。祖父母の近くにいて――」
景は考えながら言った。
望月は、そのことにはコメントせずに、言い足した。
「ご家族とよく相談してください。それから、あなたの判断材料として、フェアでいたいと思っていますから、ついでに言っておきます」
望月は手にしたパンフレットを、テーブルの上に置いた。
「これはあとで、じっくりとご覧ください。――私が言いたかったのは、ベンチャー企業というのは、夢はあるけど、将来の保証はないということです。それから、これは非公開の情報ですが、我が社は2年以内に上場しようと考えています。そうなれば、開発資金が安いコストで集められます。そのうえ、社員に割り当てている持ち株が、公開後には何倍もの価値になる可能性があります」
望月は肩をすくめた。
「ただし、可能性でしかありえない。大企業の安定性か、ベンチャー企業の夢とリスクか、それはあなたが選択することです」
「ひとつ、お聞きしていいですか?」と景は言った。
「どうぞ」
「あなたは、ベンチャー企業を成功させ
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[*]
感想