(2)
スコット夫妻との異様な一夜以来、景は自分が堕落していくのを恐れた。催淫剤を飲まされたとはいえ、年配の男性と交わったのだ。そして、エイズに慄いていた。スコット氏があんなことをしたのは、あのときが初めてでないのは明らかだった。彼がエイズでないという保証はどこにもない。
思い悩んだ末、とうとう景は祖父に相談した。
「あの男はどこか妙だと思っていたが、やっぱりゲイだったんだな」
景の告白を聞きおわると、千尋は納得顔につぶやいた。ゲイという言葉に、景ははっとした。彼は恐る恐る尋ねた。
「スコットさんがエイズだという可能性はあるの?」
孫の質問に、千尋は考えながら言った。
「たぶん大丈夫だろうが、可能性は否定できないな。きみは抜き身でやったのかい?」
「抜き身って?」
「避妊具をつけないでセックスすることだよ、ヤングマン」
「――」
景は、恥ずかしさに小さくなった。
「避妊具を知らないのかい?コンドームのことだよ」
「知ってるよ。でも、使ったことがないんだ」
千尋は、やれやれと言うように天を仰いだ。
「いいかい、よくお聞き、ヤングマン。きみは大人の仲間入りをしたんだ。これからは、性病の予防と避妊のために、いつもコンドームを肌身離さず持っておくことだよ」
景は聞いた。
「おじいちゃんは持ってるの?」
千尋は一瞬、沈黙した。
「――そ、そりゃあ持っているさ。私だって、まだまだ若いんだ。いつ美人に誘われるか分からんだろう?」
そこで彼は、いたずらっぽくウインクした。「この話は、おばあちゃんに内緒だぞ」
「おじいちゃん、そのコンドーム、ちょっと見せてよ」
孫の要求に、千尋はあわてた。
「――いまは持っていないんだ――切らしちまって」
「そんなに切らすほど、いつも使ってるの?」
「ヤングマン――」
千尋は孫を制しながら言った。「そんなに年寄りを追いつめるもんじゃないよ。――ところできみは、女性だけでなく、男性も経験したってわけだ。そのことは、どう考えているんだい?」
「どう考えるって?」
「つまり――男は好きかい?」
「さあ――」
景は考え込んだ。普通なら即座に否定すべきところだろうが、祖父に対して、いつも自分の気持ちを素直に出していた。「あのときワインを飲んでいたけど、そんなにスコットさんがいやだとは思えなかった。――ぼくって、おかしいのかなあ?」
「そんなでもないさ。男が男を好きになるってことは、よくあることだ。とくにきみは、小さい時からお父さんがいなかった。だから年配の男性にあこがれを抱いても、おかしくはないな」
祖父に言われてみて、確かに思い当たることがあった。父親の年代に近い男の人に、なんとなくほのぼのとした愛情を覚えることがある。それに、東京で実の父親に初めて会った時の奇妙な感情――。
「よくは分からないけど――ぼくはお父さんを求めているのかなあ」
「まあ、そんな気持ちもあるだろう。とにかく、私が一緒に行ってあげるから、病院で血液検査をしてもらいなさい」
千尋は、「よっこいしょ」と腰を上げた。
「それから、もうひとつ――。頼むから、私のお尻だけは狙わないでおくれ」
その夜、千尋は孫の赤裸々な告白を聞いて、なかなか寝つけなかった。そっと横のベッドを見た。妻を包む毛布の膨らみから、密やかな息遣いが伝わってくる。
千尋は、長年愛しつづけた女性の裸体を想った。彼女との温かい触れ合いを思い出して、久しぶりに体の芯が疼いた。年老いた肉体が目覚めてきたのだ。
「サヨ――寝てるのかい?」
千尋は、老妻にそっと声をかけた。
妻が寝返りをうち、眠たげな声でつぶやいた。
「ううん――なに?」
千尋は、声を弾ませて言った。
「ちょっと、こちらにおいで」
「なによ?」
「温めてあげるから、さあ、こちらにおいで」
サヨは声の調子から、夫の意図に気づいた。
「だめ。眠いんだから」
「すぐに目が覚めるよ。さあ、早くおいで」
それに返事をせず、サヨはふたたび寝返りをうって、夫に背中を向けた。
千尋は溜め息をつくと、ベッドから抜け出て、老妻の横にもぐりこんだ。
「あなた、やめてよ。年甲斐もない――」
サヨが身悶えした。
「いいじゃないか。さあ、こちらをお向き」
千尋は妻の体に腕を回し、強引に自分の方に向き直らせた。サヨは、ここ何年間も感じたことのないような強い力で抱きしめられ、びっくりした。夫が彼女のほほにキスをして、それから大きな手が胸にもぐりこみ、さらに下に這いおりてきた。その感触に、彼女は息を弾ませた。
そのあとは、宙に漂っているような気分だった。
夫が彼女の服を脱がせ、それから自分の服を脱いだのを、おぼろげに覚えていた。肌と肌がじかに触れ合い、夫がいつになく充実しているのを感じ取った。
そのうち夫が舌を使い出した。
「あっ、いやっ!いやよ、そんなこと
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