(3)

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父の言っていたように、鎌倉の屋敷は確かに大きかった。門から玄関まで、手入れの行き届いた樹木の間を縫って車が進み、じょじょに屋敷の全容が見えてきた。重厚な瓦屋根に白い漆喰壁、純和風の豪邸だった。
景は奇妙な既視感にとらわれていた。深層意識の底で、前にこの風景を見たような、それでいてはっきりと思い出せない――そんな感覚だった。
銅板葺の庇の伸びた車寄せで、車から下りたときも、景はまだそんな感覚だった。
ここでも複数の使用人たちが、景を出迎えた。彼らの一番前に、昔の城代家老のような、白髪古風な顔立ちの老人が立っていた。彼はふたりに向かって丁重に一礼し、おごそかな口調で言った。
「旦那さま、お帰りなさいませ」
それから景を見た。「執事の津室でございます。よろしくお見知りおきくださいませ」
つられて景も挨拶を返した。
「上原景です。どうぞよろしく」
老人は嘉一に向かって言った。
「大旦那さまがお待ちかねです。よろしければ、すぐにご案内いたしますが」
嘉一は無言でうなずいた。
景は父の顔を見て、オヤと思った。父は緊張しているようすだった。そういえば車の中でも、この屋敷に近づくにつれ、父がだんだん無口になってきたのを思い出した。

ピカピカに磨き上げられた長い廊下を歩き、彼らはこの家の主の部屋に向かった。
辿り着いた部屋は、二面が広縁で囲まれ、見事な庭園が一望できる、陽光あふれる和室だった。
床の間を後ろに、白髪白皙、端正な顔立ちの小柄な老人が座っていた。
景はその姿を見て、まるでタイムスリップして、江戸時代にでも紛れ込んだような錯覚を起こした。
ふたりが前に座っても、老人は眉毛ひとつ動かさなかった。ただものうげに、景の顔を見ている。
老人の顔は、景がなんとなく想像したものとは違っていた。細面の冷徹な顔を想像していたのだが、この老人は、思わず惹きつけられるほどの柔和な顔立ちをしている。小さくて形の良い頭は、ほとんど白くなって、きちんと七三に分けられている。丸っこい額は可愛らしいほどだった。色白の艶やかな頬と淡いピンク色をした滑らかな唇、二重になりかけた上品なあごの線――老人には、長い歴史の中で淘汰されてきた、気品と精妙がにじみ出ているようだった。
景は老人の、深い二重瞼のすきまから覗く、色素の薄い瞳に魅了された。これほど穏和と知性を滲ませた瞳を、これまで見たことがなかった。その目を見ていると、この老人が景の母親にした仕打ちが信じられなかった。

「お父さん、景を連れて参りました」
嘉一が緊張した声で言った。
老人はわずかにうなずいた。それからおもむろに口を開いた。
「あまりお前に似ていないな」
「景は母親似ですから。でも、私の息子であることに変わりはありません」
息子の返答に、老人は冷たく言った。
「おまえの子だという証拠でもあるのか?」
嘉一は、喘ぐように息を呑んだ。
「何をおっしゃるのですか?景は3才のときまで、この屋敷にいたじゃないですか」

景はふたりのやりとりを、黙って聞いていた。
(可愛らしい顔をして、言うことは可愛くないじいさんだ)
内心はそう思っていた。
老人は、嘉一の言葉にそれ以上は反論せず、こんどは冷ややかに景のほうを見た。
「おまえは、父親と一緒に暮らしたいのか?」
景は臆せず、まっすぐに老人の顔を見た。
「そのつもりはありません。それに、ぼくが藤森さんの本当の子供かどうかということも、さほど重要なことだとは思っていません。はっきりと言えるのは、ぼくは上原マリ子の息子だということです」
老人の顔に、ほんのわずかだが、驚いた表情が浮かんだ。彼は胸を反らせて言った。
「じゃあなんで、今になって、父親に会いに来たんだ?」
嘉一がなにか言おうとしたが、景が先に答えた。
「ぼくは子供のときから、父親は死んだと聞かされていました。そして、藤森さんのことを知ったのは、母の死んだあとでした。母は、ぼくあての遺書を残していたのです」
景は父親の方をチラリと見た。「正直言って、ぼくは子供のときに、父親と連れたって歩く友達を見て、いつもうらやましいと思っていました。その気持ちは今も変わりません。これがぼくの返事です」
「そうか――それでおまえは、実物の父親を見て、どう感じたんだ?」
景はその質問には答えず、黙っていた。

「がっかりしたのか?」
老人が意地悪く訊いた。
ふいに景は、この老人に対して怒りを覚えた。彼は昂然と胸を反らせて、老人の顔を真っ直ぐに見ながら答えた。
「いいえ。大会社の社長さんなのに、人間味のある暖かい方だったので、とても嬉しく思いました。それに何といっても、ぼくの母が愛した人ですから」
嘉一が感動したような表情をした。しかし老人の方は、なおも追及の手を緩めなかった。
「じゃあなぜ、やっと会えた父親といっしょに
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