(1)
藤森喜一郎は、彼のお気に入りの家宝、村正の手入れをしていた。
目釘を抜き、柄から抜いた刀身を布で丁寧に拭う。刀身の裏表に打ち粉をして、これも布で丁寧に拭う。そして最後に丁子油を塗る。
仕上がった刃を袱紗に添えて、状態をじっくりと見る。研ぎ澄まされた青白い光沢をもつ刃を見ていると、彼の気持ちは不思議に落ち着いてくるのだ。
広い奥座敷はシーンとして、物音一つしない。
部屋の隅では、執事の湯浅がひっそりと座っていた。人好きのするなめらかな顔は、近頃ますます彼の主人に似て、およそ何を考えているのか分かりにくい顔つきになっていた。しかし彼の頭の中では、この数日間に起こった、さまざまなでき事が、目まぐるしく駆け巡っていた。
一郎ぼっちゃまが襲われて、危うく命を失いかけ、一緒にいた藤井頭取の孫娘が死んだ。そして3日前には、荒川高志が死んだ。高志は亡き旦那さまが、湯浅の6つ年下の姪、裕美に産ませた子供だということを、彼は知っていた。
芳郎坊ちゃまと司郎さまも亡くなられた。この一連の事件は、まるで誰かが藤森家の一族を、根絶やしにしようとしているようだった。
今回の事件は、ニュースで知った暴力団幹部の殺人事件とも関係があるようだ。彼は、大旦那さまが各方面の有力者たちに手を回して、藤森家に類が及ばないようにしているのを黙って見てきた。
大旦那さまはいったい何をご存じなのだろう。しかし彼は、その疑問を大旦那さまに向かって、直接口にすることはしなかった。
彼は主人から目を逸らして、そっと庭先を見た。梅の蕾がふくらんで、白い花がそこかしこに顔をだしている。春はすぐそこまで来ていた。
そのとき、この数日間、行方をくらませていた一郎ぼっちゃまが、部屋に入ってくるのに気づいた。
一郎は冷然と湯浅を見下ろし、それから祖父の前に、背筋を伸ばして正座した。彼の顔は、まるで病人のように、げっそりとやつれていた。
「おお、一郎か。戻ってきたのか」
仕上がった刀身を柄に填めながら、喜一郎が声をかけた。内心では孫の憔悴しきった顔に驚いていたが、そのことは口に出さなかった。
「今日から、こちらの家で暮らします」
一郎がぼそっと言った。
喜一郎の顔が、うれしそうにほころんだ。
「それがいい。やはり我が家が一番だ」
「母さんのためです」
一郎は無愛想に言うと、つづけて言った。「父も兄も叔父さんも死んだ。それに、高志兄さんや蓉子さんも――」
喜一郎が鋭い目で一郎を見た。
「高志兄さん?」
「あなたは知ってるはずですよ。荒川高志が、ぼくの腹違いの兄さんだってことを」
喜一郎はそれに答えず、黙って刀の手入れをつづけた。
一郎は静かに言った。
「都合の悪いことは沈黙でやりすごす、ですか。――みんな死んでしまった。いずれにしろ、彼らの死に責任があるのは、あなただ」
ギョッとしたように、湯浅が若主人を見た。喜一郎は一瞬、刀の目利きをする動きを止めて、静かに聞いた。
「どうして、私に責任があると言うんだ?」
「とぼけるのはよしてください。あなたはすべて知っているはずです」
喜一郎は口を開く前に、孫をにらみつけた。
「私が何を知っているというんだ。勘違いするのもたいがいにしろ!」
一郎は冷たい目で、祖父を見返した。
「まだ芝居を続けるつもりですか。じゃあ、ぼくのほうから言いましょう」
一郎は息を吸って、宣告するように言った。「あなたは岩井と手を組んで、ぼくの兄や叔父さんを殺させた。直接、手を下さなくても、あなたは人殺しです」
「ゆるさんっ!」
突然、喜一郎は立ちあがった。彼は手に持つ刀の切っ先を、一郎の目の前に突きつけて、鋭く言った。
「私を人殺し呼ばわりするとは、ゆるさんっ!たとえ私の孫であってもな!」
湯浅が蒼い顔をして、主人のもとに駆け寄った。
「大旦那さま、お気を確かに」
そう言う執事をしり目に、一郎は悠然と目の前の刀を見た。刀身が光を反射して、冷たく光った。
「だったらどうすると言うのですか?手打ちにすると言うのなら、やればいい」
孫の挑発に、喜一郎は動かなかった。しんと静まりかえった中で、時間が凍りついたようにとまった。
しばらくして、一郎はゆっくりと立ち上がると、祖父を見下ろした。喜一郎は、孫の目に込められた冷たさに、思わずぞっとした。
「ぼくはこの家で育ちましたが、親兄弟のいない孤児と同じでした。だからずっと家族の愛情に飢えていた。でも物心ついてから、それは心の弱さだと思いつづけて、じっと押さえてきた。
だけど、ぼくの腕の中で、蓉子さんや高志兄さん――ふたりの大切な人たちが息をひきとっていったとき、ぼくがどんな気持ちだったか分かりますか?どうしょうもない無力感と絶望感――こんなことなら、ぼくも彼らと一緒に死ねばよかった」
一郎は祖父から離れ、縁側に出ると、ガラス戸
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