(1)
運転手の義三は、カーラジオを聞きながら腕時計を見た。外はすっかり暗くなって、9時近くになる。
(親分が事務所に寄って30分か)
彼はにやりとした。親分、そうとう頭にきていたな。車の中でも荒れてたからな。事務所の若い衆も可哀想なもんだ。
そのとき、白いライトバンがヘッドライトを閃かせて、彼の車の前に滑り込んで停まった。
(馬鹿野郎、おれの前に停めるなってんだ)
義三は窓をあけて怒鳴ろうとした。彼のところからは、バンの運転手は見えなかった。そこで気がついた。なんと、バンがバックしてきたのだ。
なすすべもなかった。ガツンという衝撃。目の端にライトバンのドアが開き、小柄な老人が車から出てきた。老人は申し訳なさそうにお辞儀をした。
(この、ドジでマヌケの老いぼれ野郎――)
義三はゆっくりとドアを開けると、外に出た。衝突されたことに対する怒り、そして、どうやって老いぼれを痛めつけてやろうか、とあれこれ考えていた。
しかし義三は、老いぼれに対して、なにも出来ずに終わった。後頭部に衝撃を感じたと思ったとたん、暗黒の闇に呑み込まれていたからだ。
根本はすこし気分を軽くして、事務所を出た。若い衆が見送りに出ようとするのをどやしつけて、もっとすっきりした。外に出て、用心棒の待つベンツに向かった。車に近づいたのに、用心棒は車から出てこない。
(義三のやつ、何やってるんだ――)
根本は苛立ちを覚えた。窓はスモークガラスになっているので、彼のところから運転席は見えなかった。
危険に慣れきった根本の頭のなかで、警報が鳴り響いた。彼はすばやく周りを見た。街路灯に照らされた路上には、人通りはなかった。
(けっ、取り越し苦労か)
緊張を解きかけた根本は、ふと誰かが背後から近づく気配を感じた。彼はすばやく振り返ろうとした。しかし、彼の後頭部を襲った一撃は、もっとすばやかった。
根本が意識を取り戻したとき、両足の膝と足首、両手首にテープが巻かれ、口もふさがれていた。その状態で車の後部座席の床に押し込まれていた。どこを走っているのか、皆目見当がつかなかった。
その後の1時間あまりのあいだに、根本の手足は硬直して痛み、やがて麻痺した。思考は活発に働いていたが、なんの解答も得られなかった。
ライトバンがようやく止まって、エンジンが切られた。片側のドアが開けられ、彼は造作もなく担ぎ上げられた。
街灯の明かりで、どこかの波止場だとわかった。もうひとりが倉庫のドアを開け、そのまま中に担ぎ込まれて、木の箱の積み上げられた奥のほうに向かった。
根本はかなり乱暴に、コンクリートの床のうえに投げ出され、それから明かりがついた。背の高い若い男と小さな老人――若造は飛行機事故で死んだ藤森伸郎に似ている。しかしあの男の息子ではない。色の白い大福餅のようなジジイの方は、初めて見る顔だ。
彼はじっとしたまま、誘拐者たちを見守った。彼の位置から見上げると、若造は天井までも届きそうにそびえ立っている。
突然、若造が屈みこんで、根本の靴を脱がせた。それから足首と膝のテープを剥ぎ取った。彼は引きつった脚を屈伸させたが、暴れるようなことはしなかった。体力では、かないっこないとわかっていた。縛られた両手が背中の下になっていたので、仰向けの彼の体は弓なりになった。
彼は募る恐怖を押さえつけていたが、ベルトが緩められ、ズボンを脱がされると、困惑を覚えた。今度は腹這いにさせられ、パンツをずり下ろされた。そこで初めて、困惑を越えて仰天した。
男は尻に両手をかけ、押し広げた。根本は激しくのたうった。
(──この野郎、おれのオカマを掘ろうってのか!)
鋭い痛みが襲った。なにか硬い物が、尻の穴に乱暴に突っ込まれた。
ズボンが引き上げられ、ふたたびテープで足首をしばられたとき、鋭い痛みは消えていた。ただ不快なだけで、鈍痛が残っていた。
彼の前に、若い男が椅子を引き寄せて座った。その横では、大福餅のジジイが、申し訳なさそうな表情をして、突っ立っている。
「いいか、注意して聞いてくれ」
若造が言った。
根本は尻の鈍痛を我慢して、うなずいた。なにも言わなかった。彼は分別をわきまえていたし、賢明だった。今は沈黙を守るときだ。
若造はジジイの耳元で何事かささやくと、彼のほうにむきなおった。ジジイは扉のほうに歩きだし、外に出ていった。
若造はポケットから何かを取り出して、根本の目の前にかざした。
「あんたのケツの中には、これと同じものが突っ込まれている」
若造の指の先で、銀色の物体が鈍い光をはなった。長さ10センチほど、両端が丸い円筒状の金属のカプセルだ。
「こいつには精巧な仕掛けがある」
若造が両端を持ってねじると、カプセルはふたつに割れた。
「ほら、中は空だ。しかし、あんたのケツに入っているほうには、中身がある
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