(1)
一郎は若林博見を助けだしたあと、彼を神戸にある伊藤の家に預けた。博見はこれまで経験した恐怖と屈辱に、混乱状態に陥っていた。警察に届け出ようとしたが、それを否定する博見の意志を尊重してとりやめた。
荒川高志には連絡がとれなかった。驚いたことに、勤め先のフジテレビには高志から退職届が出されていた。そして石川尚のほうも、まったく音信不通だった。
頼りとなる二人と連絡が取れなくて、八方ふさがり状態だった。
一郎は仕方なく、自分でできる調査をつづけた。それとなく、70億の無担保融資の件を祖父に聞いたが、祖父は相手にもしてくれなかった。会社には表に出せないことが、いくらでもあるんだと言って。
ある日の夕方、一郎は経理担当常務の依田を誘って、会社の利用する料亭に行った。
ひっそりと静まり返った一室で、ふたりは会食をした。依田は、いかにも品のよい面長の顔をした、物静かな紳士だった。彼は一郎が年下にもかかわらず、やや緊張していた。
店の従業員が引き下がると、一郎は単刀直入に融資の件を質問した。
依田は最初のうち、一郎の質問に驚いたようすだったが、そのうち、のらりくらりと返答しだした。全然、一郎の質問にたいする返答にはなっていなかった。
一郎は鋭く問題点を指摘し、KT興産との関係を詰問した。
ついに、依田は上品な口元を震わせ、黙り込んでしまった。
これ以上、何を言っても無駄だった。
一郎はカッとなって、話す気がないのなら、あなたの責任でKT興産の融資の件は片をつけろ、と言い放って席を立った。
次の日、一郎は社長室に呼ばれた。祖父は融資の件は私が解決する、とさりげなく言ったあと、付け加えた。
「こんどの日曜日に、あけぼの銀行の藤井頭取の自宅に行く。一郎、お前もつきあえ。会わせたい人がいるんだ」
「あまり乗り気がしないな。会わせたい人って女性でしょう。ぼくは、お祖父ちゃんと好みが違うんだよ」
喜一郎がめずらしく声を荒げた。
「一郎!あけぼの銀行は、うちのグループ企業の大得意先だぞ。遊びじゃないんだ」
「分かりました。行きますよ」
一郎は、しぶしぶうなずいた。これまでも彼の祖父は、何人かの女性を一郎に紹介していた。どの女性も、富と地位に恵まれた名門の出だった。彼は祖父の顔を立てて、一度は女性たちと顔を会わせたが、二度目に会うのはことごとく断っていた。
一郎にとって性的欲求を満たしてくれるのは、年配男性しかいなかった。伊藤英之が神戸に戻り、若林博見も伊藤のもとに行った。今、一郎の慰めになるのは、北沢爺しかいなかった。
しかし彼は、祖父に対して、そんな事情はおくびにも出さなかった。
次の日曜日、一郎は祖父につれられて、藤井頭取の家に出向いた。
藤井の屋敷は、シックな二階建ての鉄筋コンクリート造りで、田園調布の閑静な住宅地にあった。
藤井は恰幅のよい老人で、彼の年齢にしては驚くほどつややかな肌艶をしていた。彼は財界の友をにこやかに出迎え、その孫の一郎にうなずきかけた。彼は息子夫婦と同居していたが、夫婦は外に出かけていた。
初めてその女性を見たとき、一郎は雷に打たれたような衝撃を受けた。
20歳そこそこだろうか、日本女性らしい卵形の顔と、しなやかな黒髪、そして抜けるように白い肌は、つややかな張りがあった。すべてが弾むような若さで溢れていた。
一郎は、その女性が部屋に入ってきたときから、呆然として見つめていた。彼女はお茶をテーブルの上に置くと、恥ずかしそうに一郎のほうをチラリと見た。銀杏形の、黒く、生き生きとした瞳をしていた。
藤井が微笑みながら、彼女を紹介した。
「孫の蓉子だ。おてんば娘で困っている」
蓉子がいたずらっぽく藤井をにらみ、一郎たちに向かって神妙にお辞儀をした。
「それから、こちらは藤森一郎くんだ。藤森会長は前に来られたことがあるので、知ってるな?」
一郎は娘にむかって、ぎこちなく頭を下げた。
若い二人を見ながら、藤井が言った。
「一郎くん、年寄りたちといると退屈だろう?蓉子も暇を持て余しているようだし、どうだい、ふたりでどこか遊びに出かけては?」
一郎は、そっと彼女のほうを見ながら言った。
「ぼくは大歓迎ですが、蓉子さんは迷惑に思われているんじゃないですか?」
「いえ、私――」
彼女は恥ずかしそうに首を振った。「おつき合いさせていただきます」
出かけるふたりを見送りながら、藤井が言った。
「一郎くん、あまり遅くならないうちに、蓉子を帰してくださいよ。これの両親は心配症だからね」
ふたりは読売ランドに行った。
最初のうち、蓉子は緊張ぎみで口数も少なかったが、乗り物などに乗っているうちに、徐々に緊張がほぐれてきて、無邪気にはしゃぎだした。
彼女は恐いもの知らずで、ジェットコースターなどスリルのある乗り物を、自分から進んで乗りたがった
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