(4)
「一週間ほど休暇を取るとは言ったけど、どこに行くとも聞いてないって」
電話を切ると、一郎はみんなのほうに振り返って言った。
広尾にある一郎のマンションに、荒川高志と石川尚が集まっていた。居候している伊藤も加わっていた。
若林博見と連絡がつかず、家に行ってもいなかったので、一郎が再度、会社に問い合わせしたところだった。
しかも石川の一人息子が、昨夜から家に戻っていなかった。
「ふたりが急にいなくなるなんて、やはりおかしい」
石川が考え込んで言った。息子の心配でやつれた表情をしている。
「じゃあ石川さんは、事件の可能性があるって言うんですか」
高志は、みんなが恐れつつも、口に出せなかったことを言った。「私と若林さんは、横浜フジランドの開発に絡んだ疑惑を調べていた。それが原因で連れ去られた――聡くんも、それに巻き込まれた可能性が――」
ビクッとしたように、石川が顔をあげた。
「まさか――とにかく、私は家で待っているよ。聡から連絡があるかも知れない」
「それより、警察で探してもらったほうがいいですよ。われわれシロウトじゃあ、どうしようもない」
高志が言うと、石川が考えながら首を振った。
「いまの段階では大げさにしたくない。第一、ふたりが誘拐されたかどうかさえ、可能性としては薄いほうだ。でも私の同僚だった人間に、非公式の捜査を頼んでみるよ」
高志はうなずいて、沈んだ表情の一郎に言った。
「一郎くん、きみは電話したカメラマンに直に会って、もっと詳しく聞いてみたらどうだい。あんがい若林さんは、ケロッとした顔で旅行から帰って来るかもしれん。私は、明日から2日間、北海道に出張なんだ。なにかあったら携帯に電話をおくれ」
一郎は伊藤と連れたって、カメラマンの山端に会いに行った。
山端は、若林博見から電話があったときの模様を、思い出しながら話した。
「ヒロちゃんの電話は短かったから――まず、1週間ほど休暇をとる、と言ったんだ。それから――私が理由を訊く前に、彼のほうから体調が悪いと言った。そしてお腹が痛い、おれ盲腸かも、と言ってヒロちゃんのほうから一方的に電話を切ったんだ」
「あなたから、なにか訊きましたか?」
「それが、電話が遠かったんで――彼の声を聞き取るだけで精一杯だったんだ。それに、どっちみち、私が口をはさむ余地はなかったよ。ヒロちゃんは一方的に話して、一方的に電話を切ったから」
「電話が遠かった――声のほかに、なにか音が聞こえませんでしたか?」
「ほかの音?そう言えば、なにか雑音が入っていたな。風の音のような――」
ふいに、山端の顔が明るくなった。「そうだ、波の音だ!」
「波の音?間違いありませんか?」
「おそらくね。あの音は周期的だったから、間違いない」
「じゃあ、海の近くから電話をしたということですね。それから、彼は休みをとるとき、いつもあなたに電話をかけていたんですか?」
「ふつうはヒロちゃんの部署に電話すると思うよ」
「じゃあ、なぜあなたに連絡したんでしょうか?」
「それは知らんよ。おそらく、部署に誰もいなかったのじゃないかな」
「それとも、あなたに何かを伝えたかったのでは。彼の横には、そのことを聞かれてまずい人間がいたのかも知れない――」
「まさか――きみ」
「可能性のひとつですよ。ほかに、何かおかしなことは?」
山端は考えながら言った。「あえて言えば、盲腸のことだな」
「盲腸がどうかしましたか?」
「彼はすでに盲腸手術をしてたんだ」
伊藤が、不思議そうにカメラマンの顔を見ながら訊いた。
「じゃあ、なぜ若林さんは、盲腸かもって――」
「だから私も、そのときはおかしなことを言うな、と思ったんだ。でも、そのことを指摘する前に、彼は電話を切ってしまったのでね」
「彼の盲腸の手術で、なにか思い当たりませんか?」
山端がふっと微笑んだ。
「ヒロちゃんの盲腸手術の思い出は、たっぷりとあるよ。あれは、3年ほど前かな、ある国会議員が裏献金を受けている、という疑惑がもたれていた。ヒロちゃんは、その関係者を取材しようとしていたんだ。ところが、彼は急性盲腸炎にかかってしまった。そのときのくやしがりようは、尋常じゃなかったよ。ほっとけば、腹に包帯を巻いてでも、取材に行きかねない様子だったからね」
「それで――その国会議員の名前は?」
山端はあっさりと答えた。
「梶岡議員だよ。ほら、大臣をやったことのある」
――◇――
「おい、こそばゆいぞ!もっと力を入れろ」
太った熟年のマッサージ師は、国会議員の首の圧迫を強めた。
梶岡は裸のまま、マッサージ台の上にうつ伏せに寝そべり、両手の甲に右頬をのせていた。彼は低くうなり、目を閉じて、マッサージのリズムに身を任せた。
毎週、金曜日になると、彼は高級ヘルスクラブのプールで軽く泳ぎ、サウナ風呂で汗を流す
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