(3)
男はベッドの脇の椅子に座り、じっと待っていた。
彼は仲間内で、タツとのみ呼ばれていた。年のころ、30代前半。ハッとするほどの美貌だが、どことなく暗い陰があった。
部屋は照明が消され、薄暗かった。仕事の前には、暗闇でくつろぎ、気力の充実をはかるのが、彼の習慣になっていた。
テーブルの上に置かれた携帯電話が鳴った。タツは携帯をとった。
「タツだ」
電話の向こうで男が言った。
「いま例の店にはいった」
「わかった」
タツはひとこと言うと、電話を切った。彼は立ち上がると、姿見鏡で服装を慎重にチェックし、それから部屋を出ていった。
藤森司郎は、ひとりでウィスキーを飲んでいた。
この店は一見、こぢんまりとして上品な雰囲気だったが、特殊な好みをもつ男たちの集まるところだった。
彼は、ひとりきりでくつろぎたいときに、よくこの店を利用した。誰にも干渉されずに、ひとりで杯を傾け、のんびりとした大いなる空白のひとときをすごす。
そして密かな楽しみは、たまに優雅な若い男の客が来ることだ。カウンターの隅から彼らの姿を眺め、衣服の下のほっそりとした肉体を想像して楽しむのだ。
司郎はいつも、兄伸郎の栄光の陰に隠れて、目立たない存在だった。学問もスポーツも、何事につけ一番だった兄にくらべ、彼には誇れるものがなかった。そしてまた、彼と兄はまったく正反対の性格をしていた。
兄の伸郎は気性が激しく、バイタリティにあふれ、何事も積極的だった。それにたいして司郎は、気が弱く、おとなしい性格をしていた。
大勢の友人に囲まれた兄にくらべ、子供時代の司郎はいつもひとりぼっちだった。
しかし司郎にも、ひとりだけ頼れる男がいた。家の近くにある曹洞宗の寺の和尚だ。
和尚は50年配の独身男で、恰幅のよい体と仏さまのような柔和な顔をしていた。司郎は悲しいことがあると、よくこの和尚のところに行った。
しかし、当の和尚は、特異な嗜好の持ち主だった。女人を遠ざけてきた寺での生活――宗教と色欲の狭間で揺れ動き、とうとう解脱できず、心の内部で増殖したゆがんだ欲望だけが残った。
そんな和尚にとって、司郎は天からの授かり物だった。
無垢な顔立ち、ふっくらとした滑らかな肉体――まさに、和尚が夜ごとの夢想のなかで思い描いた、童子像そのものだった。そして和尚が長年あたためていた淫想を、現実のものにするのは時間の問題だった。
司郎が18歳のときだった。父親に厳しくしかられた彼は、家を飛び出して、和尚のところに行った。和尚はいつものやさしい笑顔で彼を迎え入れ、今夜はここに泊まっていきなさい、と猫撫で声で言った。
ふたりは一緒に風呂に入り、冷えた体を暖めた。そして和尚は、若い司郎の体をやさしく洗ってやった。石鹸を使って隅々まで――それこそお尻の穴まで。
その夜、布団の中にもぐりこんできた和尚の信じられない行為。息詰まる興奮と苦痛。そして、その夜を境に、司郎の男色への道が始まったのだ。
ひとりウィスキーを飲んでいた司郎の脳裏に、ふと、荒川高志の姿が浮かんだ。フジモリに入社した荒川の姿を見たとき、司郎の胸はときめいた。その若者が、兄の伸郎のツテで入社したと知ったときは、すこし慎重になった。
しかしあるとき、荒川とふたりきりで、夜の食事をする機会にめぐまれた。酒の勢いで、彼は思い切って自分の気持ちを打ち明けた。荒川はいとも簡単に言った。常務が女になるんなら、お相手しますよ――と。
天にも昇る気持ちだった。その日のうちに、司郎は荒川の逞しい腕に抱かれた。そして、猛々しいオトコを受け入れながら、気が遠くなるほどの悦びを味わった。
いま荒川は、系列のテレビ局に移っていたが、会おうと思えばいつでも会える。
思いは移ろって、甥の一郎の顔を思い浮かべた。自然に笑みがこぼれる。一郎もなかなか可愛い顔と体つきをしている。そのうち、あれとも――。
そのとき司郎は、入り口のほうを見てハッとした。映画俳優のように優雅な男が、彼のほうに近づいていた。男は上品な服装をしていたが、司郎の目は、衣服の下の引き締まった筋肉質の肉体を見逃さなかった。
ふたりの視線が絡まった。
男が彼に向かって、かすかに微笑んだ。
司郎の心臓の鼓動が高まった。ついで、信じられないことが起こった。
男が彼の横に来て、張りのある声で話しかけたのだ。
「横の席、いいですか?」
そのあとは、夢見心地だった。最初のうち、あたりさわりのない会話を交わした。アルコールが進むにつれて、司郎はそれとなく自分の気持ちを伝えた。
そのうちすっかり確信した。このハンサムな男は自分と同類なのだ。しかも相手は、自分に好意をもっている。
司郎は手を伸ばすと、男の太ももをそっと触った。ズボンの布地を通してでも、筋肉質のたくましい肉体がわかる。
男は司郎の手を拒みもせず、訳知り顔に
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