(2)
県警から本庁に送られてきた鑑識のデータを見て、石川尚は、なにかがおかしいと本能的に感じた。
新聞のニュースで見たときは、不注意による火事だと思っていたが、焼死体の血液中にモルヒネが含まれていたのだ。それも大量に――。
彼は麻薬のことを耳にすると、どうしても以前のいまわしい事件を思い出してしまう。アメリカに留学中だった息子が、同性愛犯罪者の餌食になり、麻薬中毒にされたのだ。
その後、息子は見ていて痛ましいほどの苦しい治療を受け、今はどうにか正常に戻っている。息子はハイテク産業のフジモリ電子に勤めていたが、その企業の大株主、藤森財閥の御曹司が焼死したというのも、彼の興味を引いたひとつだった。
担当者の調書によれば、事件当日、別荘にいたのは、犠牲者のふたりと老管理人だけ。
管理人はぐっすり眠っていて、気がついたときには、二階は手のつけようもないほど燃えあがっていたらしい。
焼け跡から、キャンドルスタンドと溶けた注射器が見つかっていた。
状況からすれば、ふたりは麻薬をうって陶然としているときに、キャンドルスタンドを倒して火事になった、ということらしい。
しかし石川は、これといった理由はないのだが、意識の片隅では、なにかがおかしいと感じていた。彼は電話機に手を伸ばすと、県警の担当官に電話した。
石川尚は次の日曜日に、伊豆の火災現場にきていた。息子の聡が、ドライブにつきあってくれていた。
焼け跡はそのまま残っていた。家はほとんど全焼に近く、わずかに基礎の部分と一階の壁面の一部が、原形をとどめている。まわりの樹木も焼けただれ、無惨な残骸をさらしていた。
「自分で言うのもなんだが、私も、もの好きだな」
そうつぶやく石川の横で、息子が無表情な顔で父親を見つめた。聡はアメリカでの後遺症があって、いまもって笑顔を失っていた。しかもその顔色は、異様なほど白かった。
現場の横で、年配の男が花をささげていた。男は事件当夜、別荘にいた管理人だった。
石川は自ら名乗って、その男と話をした。
「このたびはご愁傷さまでした。――ところで亡くなられた藤森芳郎さんは、この別荘によく来られていたのですか?」
「月に2、3度くらいは来られていました。それがこんなことになって――」
管理人は涙をぬぐった。
石川はすこし間をおいてたずねた。
「キャンドルの火が原因らしいですね」
とんでもないと言うように、管理人は石川を見上げた。
「とても信じられません。いつも若旦那さまは、人一倍、火の始末には注意されていましたから」
「でも、うっかりして――ということもあるでしょう?」
「若旦那さまにかぎって、そんなことはありません。じつはお小さいときに、屋敷の庭で火遊びをされて、あやうく火事になりかけたことがありました。あのときは大旦那さまにこっぴどくしかられまして、それ以来、若旦那さまは極端なほど、火の後始末に気をつけるようになられたのです」
石川は、もう一歩踏み込んで訊くことにした。
「藤森さんは、そのう、麻薬をやっていたのですか?」
管理人がびっくりしたように、石川を見つめた。
石川は説明した。
「焼け跡から、麻薬を打つときに使う、注射器が見つかったのです。ほとんど溶けていましたが」
それを聞いて、管理人がほっとしたように言った。
「だったら、若旦那さまは麻薬なんかやっていません」
なんで管理人は、そんなに確信があるのだろう。石川はその疑問を、管理人にぶつけた。
「だって、若旦那さまはお小さいときから、注射が極端にお嫌いでしたから。だからご自分で注射されるなんて、絶対にありえません」
管理人は、自信たっぷりに言った。
そのとき、石川の車の後ろに、黒塗りのベンツがとまった。車から出てきた男を見て驚いた。彼がアメリカで息子を捜しているときに助けてくれた、荒川高志だった。荒川は若い男を連れていた。
「まさか、ここで石川さんにお会いするとは。よう、聡くん、お久しぶり」
荒川の呼びかけに、めずらしく息子の聡が笑顔を見せた。
荒川は、横の若者を紹介した。
「藤森一郎さん――亡くなられた芳郎さんの弟さんです。どうしてもここに来てみたいと言うので、お連れしたのです」
若者が石川に頭を下げた。育ちの良さそうな、感じのいい顔をしていた。お祖父さん似だな、と石川は思った。彼は新聞で何度か、藤森喜一郎の写真を見たことがあった。
「ところで、石川さんは、なんでここに来られたのですか?」
荒川がたずねた。
石川は返事をする前に、すこし考えた。これが事故でない可能性があるなんて、滅多なことでは他人に言えない。しかし管理人の話を聞いて、彼の疑問はますます深まっていた。それに、荒川とは危険をおかして、行動を共にした仲だ。彼が男色家だと知っていたが、冷静沈着な行動には感服していた。
そこで石川は、自分の
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[*]
感想