(4)

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8月に入ると、一郎をたずねて、神戸から伊藤たち年配者3人がやってきた。彼らは新幹線で東京駅につくと、その足でフジモリビルを訪問した。
応接室に案内された伊藤たちは、室内の豪華な雰囲気に圧倒された。部屋はほどよく空調が効き、淡い間接照明が落ち着いたムードを醸しだしていた。
ローズウッドの壁板とワインレッドのふかふかのカーペット、部屋の中央にはゆったりとした座り心地のよいソファーセットが配されていた。
片隅には、滝を抽象的に表現した石の彫刻があり、流れる水が、耳に心地よいせせらぎの音をたてている。その音以外はシーンとして、ここが大都会にあるとはとても思えない。
大きな窓からは、皇居外苑の緑が遠望され、室内の水の音とマッチして、部屋に居ながらにして森林浴をしているような錯覚を起こさせる。

「おい、おとうちゃん、なんだか面接試験を受けるような気分やな。もう、わしは帰りたくなったよ」
太田が落ち着かなさそうに、伊藤に言った。
「なんだい、ケイちゃんらしくもない。ゆったりとして落ち着いた、いい部屋やないか。なあブンちゃん」
伊藤の問いかけに、それまで物珍しそうに室内の様子を見ていた池田が、こっくりとうなずいた。
「お前さんたちは、いいよな――鈍感で。その点、デリケートなわしはたまらん。こんなだだっ広い、シーンとした部屋にいるなんて」と太田。
「ケイちゃん、そんなこと言わずにお茶でも飲めよ。このお茶、どこから取り寄せたのかなあ。すごくうまいぞ」
伊藤はすっかりくつろいで、お茶をすすった。

若い女性がノックして、ドアを開けた。
ダークスーツを着た、白髪の上品な老人が部屋に入ってきた。3人はその老人が一郎の祖父だと気づいて、いっせいに立ち上がった。
簡単な自己紹介が済むと、老人はにこやかに微笑みながら、3人に座るようにうながして、自分も向かいに腰を落ち着けた。
好奇心旺盛な子供のような黒い瞳が、しばらく客人たちをながめた。
「一郎の戻りが遅れているようですな。せっかく神戸から来られたお客様をお待たせして、一郎もけしからんやつだ」
「なあに、神戸にいるときも毎度のことやったから、慣れっこになって――」
太田が悪たれ口を叩こうとするのを、伊藤が肘で突ついて、代わりに答えた。
「いえいえ、かまいませんよ。それにしても、ご立派なお部屋ですね」
「ここに来られるお客さまには、出来るだけくつろいでいただこう、と工夫をこらしています」
「それに、このお茶はとてもおいしい。あとで秘書のかたに、どこの銘柄なのか、お聞きしようと思ったほどです」
伊藤の言葉に、藤森喜一郎はうれしそうにうなずいた。
「じつは、静岡で実験農場をやっていましてね。いま流行りの、バイオテクノロジーとかいうやつですよ。このお茶はそこで栽培されたものです。今年はとくに出来がいいみたいですな。よろしければ、あとでお持ちいたします」
「お願いいたします。どうも年を取ってくると、お茶が一番、楽しみになりまして。市販されているんですか?」
「いえ、もっぱら内輪で使うのと、お客さまへの贈答用だけです。――それはそうと、皆さんにお礼を申し上げるのが遅くなりました。一郎が神戸で、大変お世話になりました」
喜一郎は、丁寧に頭を下げた。
「いえいえ、とんでもありません。私こそ一郎さんのおかげで、老後の楽しい生活を過ごせました。しかし、藤森会長も、ご立派なお孫さんをもたれて、うらやましい限りです」
伊藤が言うそばから、太田がつづけた。
「たしかに、お世話になったのは、むしろ私どものほうでしてね。とくにゴルフなんか、お孫さんにはずいぶん可愛がってもらいました」

喜一郎はおもむろに、伊藤から太田へと視線を移した。
「一郎が、ご迷惑をおかけしたのではないですか?」
「なあに、大したことではありまへん。ただちょっと、わしらが40数年間こつこつと貯めた小遣いを噛り取られたこと、それにときどき夜中にうなされるほど、ひどくプライドを傷つけられたくらいですわ」
そう言う太田の横では、すっかりあきらめ顔で、伊藤と池田が顔を見合わせていた。
「一郎は、皆さんがたに対しても、そんな失礼なことをしていたんですか?」
喜一郎の言葉に、太田がすかさず聞き返した。
「と申しますと、会長にたいしても一郎くんはなにか?」
我が意を得たとばかりに、喜一郎はうなずいた。
「あれには年寄りを敬う心遣いが、ちっともない。この前も、財界のある高名な長老をつかまえて、まるで友達のように話しかけていましたよ。それも、私の悪口をネタに」
「会長の悪口を、ですか?」
太田がうれしそうに、大柄な体を前に乗り出した。
「つまり一郎は、私が頼りない公家面をしている、と言うんですな。その血を継いだ自分も、なさけない顔になったんだ、とその長老に嘆いていまし
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