(3)

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荒川高志はスナックで、藤森司郎と会っていた。
相手は株式会社フジモリの常務取締役で、死んだ藤森伸郎の実弟だが、さほど尊敬の念を覚えなかった。この上司は52歳になって、会社の仕事はそっち退けで、ますます男色の世界にのめり込んでいるようだ。
藤森家の使用人だった父親の縁で、高志がフジモリに入社してまもなく、この重役は彼に接近してきた。アメリカでポール・フェイガンと同棲していた高志は、この手の好色家の扱いに慣れていた。最初の頃は軽い気持ちで抱いてやったが、重役の欲求は止まるところを知らず、そのうち高志は嫌気が差してきた。
藤森司郎は、ふっくらとして生白く、女のような尻をしていた。艶やかな頬と、丸く後退した額。薄い眉毛と、金縁眼鏡の奥の小心者らしい瞳。二重になりかけた丸いあごに、熟年の甘ったるいムードが漂っている。
そして今、藤森司郎はカウンターの上に置かれた高志の手をそっと握り、哀願するように言った。
「今夜つきあってくれないか」
「だから今、お付き合いしてるじゃないですか」
高志は、年配者の柔らかい指から自分の手を引き抜きながら、そっけなく言った。
一瞬、重役の顔にすねたような表情が浮かび、上目使いに高志を見た。
「意地悪言わないでよ。私が言ってるのは、分かってるだろう?」
もちろん高志には、充分、分かっていた。この年配の男色者は、ふたりきりでいると、いつも高志をベッドに誘い込もうとした。
年配者は、艶っぽい唇を舌先でなめた。まるで年増のさかり猫だ――高志は、重役の顔にクールな視線を投げると、さりげなく訊いた。
「ところで常務――社長が亡くなられた後、フジモリは、どなたが社長になられるのですか?」
高志はこの質問をするために、葬儀のあと、重役のお付合いをしたのだ。
藤森司郎はちょっと顔をしかめた。
「親父が兼務するよ」
「会長が――」
「ああ、おれじゃ、頼りにならんのだろう。兄貴がいなければ、親父にとって恐いもの無しだからな。いまや親父の天下さ」
藤森司郎はいじけたように言うと、カウンターの下に手を伸ばして、荒川高志の太ももを撫でた。

――◇――

藤森一郎の学生生活も、残り一年を割った。神戸に戻った彼は、以前と同じ規則的な生活に戻っていた。大学の授業とアルバイト――彼はアメリカ留学に備えて、こつこつと金を貯えていた。
北沢爺を、鎌倉の実家に残しておくのには苦労した。老人は神戸に戻って、一郎のお世話をしたいと言ってきかなかったからだ。
一郎は、北沢老人がいるときの伊藤の苦り切った顔を思い出して、頑固な老人をなんとか説得したのだ。
大学を卒業するまでの一年間、前にも増して伊藤と会話をすることが多くなった。伊藤は、彼自身の経験にもとづく、サラリーマン社会の諸相をよく話してくれた。

「――数え切れないほど悩んだり失敗したりしたけど、今考えてみると、ずいぶん些細なことであくせくしていたなあ、と思うことがあるよ。もっとも、その当時は私も若かったし、まわりが見えていなかった。それだけ真剣で純粋やったんやろうね」
経験に裏打ちされた伊藤の話は面白かった。
いっぽうで、一郎は別の問題を抱えていた。藤森家はもともと、精力の強い家系だった。一郎とて例外では無い。北沢老人の体によって、いったん肉欲に火を付けられた一郎は、伊藤の体にも欲望を覚えていた。年配者に対して、とても口に出せることではないと分かっているが、思いはますます強くなっていた。
その思いは、伊藤のほうも同じだった。彼は、若者が家に来て以来、ほかの男とひとときの慰めを得る行為を中断していた。これまで相手にした男は熟年ばかりだったが、一郎と同棲して、この若者にたいする想いは募る一方だった。
ふたりの自制心は、ほんのひと振れで落ちる椿の花のように、脆いものだった。

伊藤の誕生日のとき、アルコールも手伝って、ふたりは初めて男色関係を結んだ。
最初は控えめだった行為も、じょじょに熱情が高まると、裸になって求め合った。一郎は年配者のやわらかい肉体を、そして伊藤は若者の逞しいオトコを。
愛の行為は稚拙だが、求め合う気持ちは大きかった。やがて一郎が、うつ伏せになる年配者の後ろに覆いかぶさった。
「お父さん――ここ――ここでいいんですね」
「ああ――そこ――一郎くん、そっと――そっとね」
「――う、むっ」
「ひっ!――ああぁ――」
ふたりの肉体がひとつに重なった。息詰まる快感と、興奮に満ちた疼痛――。筋肉質の肉体と柔らかい肉体が絡み合い、うねり、ひらめいた。

いったん肉の交わりをすると、一郎は毎晩のように伊藤のやわらかい肉体を求めた。北沢爺とも違う感触だった。年配者の熱くて滑らかな内部は、めくるめく快感だった。
そして伊藤自身も、若い息吹を直に吸収して、失った喜びを取り戻していた。

とき
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