(1)
アメリカに留学している息子と音信不通になったとき、石川尚(たかし)は即座に仕事を放り出して、ロスアンジェルスに飛んだ。
飛行機の中で、尚は後悔していた。
一年前、ひとり息子の聡(さとし)がアメリカの大学に留学したいと言い出したとき、彼は猛反対した。聡はまったくの世間知らずで、世の中の穢れとは無縁で育っている。ましてや、日本にくらべて治安の悪い海外で生活するのは、危険な罠がいくらでもあると思ったからだ。
しかし彼は、ひとり息子の意志に押し切られた形になっていた。
石川尚は、警視庁鑑識課の主任技師をやっている。背が低く色白童顔、ずんぐりむっくりとした小太りの風采から、彼が警察官だとは、とても思えない。しかも彼の澄んだ瞳は、長年殺人事件の犠牲者を見てきたにも関らず、子供のように純真な輝きをおびている。
妻は早くに亡くなった。そして今、男手ひとつで育ててきた息子の行方も知れなくなったとき、目の前が真っ暗になる思いがした。
ロスアンジェルスに着いた尚は、まず地元の警察署をたずねた。英語が話せない彼は、旅立つとき買い求めた英会話の本を片手に、四苦八苦していた。
応対に出た若い警官は、手振り身ぶりでなにやら訳の分からない言葉を話す小太りの日本人に、しばらくけげんな表情をしていたが、そのうち奥のほうに引っ込んでいった。
しばらくして、50年配の男が出てきた。
「警部のジムだ。なにか困っているそうだね。中に入りなさい」
男は、かたことの日本語でしゃべった。およそ警官らしく見えなかった。アメリカ人にしては、ずんぐりとして背が低かった。禿げ上がった丸っこい額に、小作りの目鼻立ちと優しそうな目は、人のよい田舎のおやじといった風情だ。
尚は自分と身体的特徴が似ているジムに、親近感を覚えた。
ジムは子供時代、隣に日本人が住んでいて、それで日本語が話せるようになった、と説明した。彼は尚の話を聞き、聡の写真を見ながら、気の毒そうに話しだした。
「息子さんは、事件にまきこまれた可能性があるね。毎年、若者や子供が、同様のケースで行方不明になっている。たいがいが、性犯罪がらみだ。とくにきれいな肌をした東洋人は、ゲイに狙われやすい。あなたの息子さんが、犯罪に巻き込まれたとは断言できないが、とにかくその線から調べてみよう。明日、またここに来てくれ」
次の日、尚はジムに連れ添って、市内のゲイバーを聞き込みに回った。
尚はその種の店の、一種異様な雰囲気にどぎまぎした。そこにいる客たちは独特の風体をしていた。それぞれが自己主張した奇抜な髪型や服装をして、店に入ってきた尚たちを興味深そうに見ていた。彼らの注目をあびて、尚は落ち着かなかった。それに、店に入っただけで、息苦しさを覚えた。
ジムは聡の写真を店にいる連中に見せて、情報を収集した。
結局、9軒の店を回って、なんの収穫もなかった。
「タカシ、今日はあと一軒でおしまいにしよう」
ジムは車を運転しながら言った。さすがに目許が疲れていた。
ジムの運転する車は、古風な煉瓦造りの建物の前でとまった。エンジンを切ると、店に入る前にジムが言った。
「ここは名うてのハードなゲイの集まるところだ。それに彼らは警官ぎらいだ。だから、店には分かれて入ることにしよう。店に入ったら、あなたは私と離れた席に座っていてくれ。いいかい、私が呼ぶまであなたは動かないで」
「もしも騒ぎが起こったら?」と尚は聞いた。
「それでも無関係でいるんだ。一般人のあなたを巻き込むわけにはいかない。私の身になにかあったら、署に応援を求めるんだ」
ジムは車を出ると、地下のバーに通じる石の階段をおりていった。
数分後に、尚は店に向かった。ドアは古めかしくて、どことなく秘密めいた雰囲気を醸し出していた。横の壁に掛けられた看板は、文字も見えないほど古ぼけている。
店の中は想像通りの古風な造りで、羽目板張りの壁や木の床は、歴史をにじませて黒っぽく鈍い光を反射していた。予想外に広くて、西部劇に見るような、どっしりとした木製のカウンターのほかに、木の円形テーブルと椅子が10セットほど配置されている。
客はまばらだったが、男臭さを剥き出しにした革ジャンにスキンヘッドの男たちが数人、ミュージックボックスの前でたむろしている。
カウンターのわきにジムが立っていた。尚はそ知らぬ顔でカウンターに近づき、ビールを注文した。ジムと話をしていたサンタクロースのようにでっぷりと太った赤ら顔のバーテンが、にこやかな笑顔でビールをついでくれた。
尚はバーテンからグラスを受け取ると、カウンターを離れ、隅のテーブルに向かって歩いた。そこからだと、カウンターに寄りかかっているジムの姿がよく見えた。
淡いブルーの半袖シャツと紺のズボンが、ずんぐりむっくりした体にぴっちりと貼りついて、腰のベルトに
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