(3)男性機能の復活
家には電気を引き込んでいないので、部屋の明かりは、隅に置かれた燭台と囲炉裏の火に頼っていた。
老人はふたりのために、豪勢な晩飯を用意してくれていた。
魚介類の刺身にカキ鍋で、味噌仕立ての出汁がまた絶品だった。海の幸はすべて、地元の漁師が持ってくるという。
ふたりは思いがけないご馳走に、舌鼓を打った。それに加えて、地酒がうまかった。温泉の湯と同じように、白濁して、とろりとした舌触りだが、奥深いうまみがあった。
老人は食事の間、わが身に起こった出来事を、ぽつりぽつりと話しだした。
「――桂介さんが、新しい秘術を編み出したので試させてくれ、と言ったのがことの始まりでした。そのとき、お師匠さまと洋平爺は出かけられておりました――」
5年前、天山の屋敷には、この修三と洋平爺、それに高城桂介が同居していた。
「わたしは桂介さんのお相手をしましたが、それはもう凄まじいほどの交合でした。わたしは何度も高みに押しやられ、気を失ったのも一度だけではありません」
修三は、ふたりの空いたコップに酒を注ぐ時だけ話を中断し、そしてまた話を続けた。
「桂介さんが離れたとき、わたしはもう前の体ではありませんでした。お師匠さまもご存じのように、わたしはウケですが、それ以上に――男の機能をまったく失って、生まれついての女になったような気がしました」
そのとき天山がつぶやいた。
「――妖婦転位だな」
修三がうなずいた。
「ええ、桂介さんもそんな表現をしていました。そして、わたしに言いました。お前の直腸は稀有な能力がある。おれと一緒に来れば、その能力を伸ばしてやる、と」
昌輔は話を聞きながら、老人の衣服の下で息づく肉体を意識した。女にされたというだけあって、74歳にしては妙に艶っぽかった。背丈があってしっとりとした物腰は、歌舞伎役者の女形を思わせる。
修三はとつとつと話を続けた。
高城桂介は修三を伴って、九州の別府に行った。温泉地として有名なところで、そこの奥地に珍宝山という山があり、その麓に高城は豪邸を持っていた。彼の愛人である金持ちのパトロンが建ててくれたという。
地元の人たちはそこを、珍宝御殿と呼んでいた。屋敷には数人の老人たちが住んでいて、高城のために仕えていた。彼らは皆、高城の性技に魅せられた老人たちだった。
屋敷に連れていかれた修三は、老人たちと共同生活を送るようになった。
ときおり日本各地から、金持ちの客が来た。大半はウケの老人たちで、高城が目当てだった。いっぽう、タチの客たちは、屋敷にいる老人たちを抱いた。当然、修三も客の相手をさせられた。
そのうち修三の人気が出て、彼目当てで来る客が増えてきた。高城にも目を掛けられていた修三は、俄然忙しくなった。高城とは週に一度、夜のお相手をして、そのほかの夜は客の男たちに抱かれた。
修三は、隷属的な屋敷の生活に我慢しきれず、ついに逃げ出した。しかし、高城桂介の追及の手は厳しく、各地を逃げ回ったあげく、現在の地に隠れ住んでいる、という。
修三の話が終わったあと、天山が訊いた。
「妖婦転位されたということは、お前は陰潤腔を身に付けている、ということだな」
「はい。それに、『蘇陽根』を覚えさせられました」
「なにっ、蘇陽根を!」
天山は驚いたようだ。「道理で高城が、お前に執着するはずだ」
横で聞いていて、昌輔は意味が分からなかった。その表情を見て、天山が説明した。
「蘇陽根は、男の精を吸い取るのではなく、男を元気にする秘術だ」
つまり、人間の小腸や大腸は分節運動や蠕動運動を活発に行う。蠕動運動は、物質を先に送るため、波が伝わるように収縮する動きだ。
修三の場合は、直腸でも蠕動運動ができる。それは非常に珍しい例で、よほど輪状筋が発達しているのだろう。その蠕動運動が、侵入してきた男根に対して、先端から根元方向に波状の刺激を与える。それが男のエネルギーを貯め込む効果につながる、というのだ。
就寝する段になって、天山が言った。
「わしは鼾が激しいので、ひとりで寝る。おまえたちは、別の部屋で寝てくれ」
結局、天山ひとりが畳の部屋で寝て、昌輔と修三は囲炉裏の横で寝ることにした。
その夜、昌輔は寝苦しさに悶えていた。どうやら地酒を飲み過ぎたようだ。夢を見ているのか、それとも覚醒状態にあるのかさえも分からなかった。
朦朧とした意識の中で、全身が靄のようなものに押し包まれている気がした。その靄は実体があるように、穏やかな息吹と生命のぬくもりを感じさせるものだった。靄が全身から腰の周りに凝縮してきた。と同時に、うずうずとする熱気を帯びてきた。
(この感覚は!)
そこで目が覚めた。
横を見ると、修三の布団はもぬけの空だった。
(どこに行ったのだろう?)
昌輔は訝った。奥の部屋からは、天山の豪快な鼾が聞こえている
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