第12章 アトラスの城塞

第12章 アトラスの城塞

(1)



帆船は、おだやかな海を滑るように進んでいた。大空は真っ青に澄み渡り、微風が白い帆を柔らかくふくらませている。
船の中は、商人らしい服装の男、武器を持った兵士、子供連れの夫婦、どこかの王族らしい一行、その他大勢の乗客でにぎわっていた。
この先、アトラスまで3か月あまりの船旅だった。途中でいくつかの港に寄らなければならない。その長い船旅に、ウータンらはそれぞれの過ごしかたをしていた。
ハーブは漁師の血が騒ぐのか、ひとときもじっとしていず、船首から船尾まで精力的に歩きまわり、船乗りたちに声をかけていた。
ケインは相変わらず人から離れて、孤高の人になっていた。彼はたいがい船底の大部屋で寝そべっているか、そうでなければ甲板に登って、船首で瞑想していた。
サキはまだケインの悲恋物語に興味があったが、ケインに疎んじられて、手持無沙汰に船内をうろついていた。

ウータンはユーミンと一緒にいた。ふたりはよく船縁に寄りかかって、海を眺めながら話をした。
「ほら、空を飛んでいたカモメの姿が見えなくなった。陸地が遠くなったってことだね」
「ああ――ぼくたち、ずいぶん遠くまで来たんだね」
ユーミンは物思いにふけりがちだった。
そんな彼を、ウータンは愛おしそうに眺めていた。
「そうだね。でもみんなのおかげで、少しずつオーディンの玉に近づいているような気がするんだ」
「イジリが死んだあと――。ウータンたちがいなければ、とてもここまで来れなかった」
ユーミンはウータンの顔をまぶしそうに見あげた。「ところで、ウータンは目的を遂げたら、その後どうするの?」
ウータンは、遠くを見るような目つきで海のほうを見た。
「さあ、とくに考えていないけど――トマ王と約束したんだ。王さまのところに戻るって。でもぼくは――」
ユーミンはウータンを見ていると、なにか体が疼くような思いがした。アルルの町で富豪のレッチに凌辱されそうになったとき、思いがけず未知の快感を覚えていた。
(あのとき、ウータンが相手だったら――)
そんなことを思う自分に気づいて、彼は頬を染めた。

そのとき、小さな男の子がユーミンの袖を引っ張った。高価そうな服を着て、愛くるしい顔をした5歳くらいの男の子だった。
「ねえ、小父ちゃん、もう陸地は見えないの?」
「陸地は見えないけど、海を見るかい?」
ユーミンは、小父ちゃんと呼ばれても気にせず、男の子を抱きあげた。彼の腕の中で、男の子が物珍しそうに海を眺めた。
「坊やの名前はなんていうの?」
「アロイシウス――でも長ったらしいから、アロイでいいよ」
ユーミンが微笑んだ。
「アロイ――可愛らしい名前だね」
男の子は、船縁の横に固定された救命ボートに、興味を持ったようだ。
「ねえ、あのお船は使わないの?」
「ああ、あのボートね。あれは滅多に使わないんだ。この船が沈むとか大変なことが起きたときに――」
説明しかけて、子供が心配することに気づき、あわてて言い直した。「もちろん、この船が沈むことはないさ。だからあのボートは飾りみたいなもんだな」

背後から、サキの声がした。
「ユーミン、すごくさまになってるよ。親子3代の家族みたい。ウータンが父親、そしてユーミンがお爺ちゃん」
ふりかえると、サキがいたずらっぽい顔つきでこちらを見ていた。
ユーミンが怒ったようにそっぽを向いた。
ウータンがサキに向かって何か言い返そうとしたとき、きらびやかな服を着たふたりの女性が近づいてきた。彼女らは男の子の召し使いらしく、警戒するような目つきでウータンらを見て、アロイを連れていった。

最初の1か月が過ぎた頃、海が荒れだした。
大粒の雨が降り、風が吹き荒れた。乗客たちは、船底の大部屋に集まっていた。船が右に左に大きく揺れた。ウータンは仲間たちと寄り集まって、嵐の過ぎ去るのを待っていた。中でもケインは、船酔いになって青い顔をしていた。
しばらくして、特別室に泊まっていた人たちが大部屋にやってきた。彼らは部屋の中を、うろうろと歩きまわりだした。その中に会ったことのあるアロイの連れを見つけて、ウータンは声をかけた。
「あのう、何かあったのですか?」
中年の女性がウータンの顔を認めて、心配そうに言った。
「ああ、この前のお方ね。じつは、アロイシウスさまのお姿が見えないんで、探しているんです」
「アロイがいない?」
「ええ、船内をお探ししたんですが、どこにもおられなくて――」
「ひょっとして甲板のほうかなあ。でも上は嵐だから、小さな子供が行くはずがないと思うけど――」
ウータンが思いを巡らしているとき、上の方がなにやら騒がしくなった。
「なにごとだろう?ぼくはちょっと様子を見てくる」
ウータンは仲間達に声をかけて、甲板にあがった。

甲板にあがると、吹き荒れる雨
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