第8章 氷雪のアラバ山脈

第8章 氷雪のアラバ山脈



(1)

三人がミサキの村に戻ったとき、ハーブはサキの顔を見て、ひどく驚いたようすだった。サキが彼の死んだ若い妻、ナズミに似ていたからだ。
ウータンが、サキを旅に連れて行くかどうかの意見を皆に求めたとき、真っ先に反対したのはハーブだった。
「それは駄目だ。この子を旅に連れて行くことは出来ん」
サキが猛烈に抗議しだした。
「どうしてだ、髭のじっちゃん。どうして駄目なんだ」
「髭のじっちゃんじゃない。わしの名前はハーブじゃ」
「じゃあ、ハーブ。どうして駄目なんだ?」
「それは、おまえが娘っこのように生っちょろい子供だからじゃ」
「ぼくは、生っちょろいガキじゃない!こう見えても16歳だ!喧嘩だって強いんだぞ」
サキは一気にまくしたてると、ハーブを揶揄した。「じっちゃんはどうなんだい?ヨレヨレの老いぼれのくせして」
「わしがヨレヨレの老いぼれじゃと。まったく、生意気なガキだ。親の顔を見てみたいよ」
「フン、あいにく親はいないよ。ふたりとも死んじまった」
サキの両親が死んだと聞いて、ハーブはちょっと気まずそうにしたが、それでも強情に言い張った。
「――とにかく厳しい旅だ。子供には危険すぎる」
「子供じゃないったら」
サキが地団駄踏んだ。
「――精神年齢は子供だろ。連れて行くのは無理だな」
横からケインがボソリと言い、サキに睨まれてそっぽを向いた。

このままでは埒があかなかった。ウータンはユーミンに聞いた。
「ユーミン、きみはどう思う?」
ユーミンは少し考えた。彼の顔色は、休養を充分にとったので、すっかり生気を取り戻していた。
「ぼくは賛成です。同い年の仲間が増えるから。それに危険に出会ったら、3人の頼もしい戦士がいるから」
言いながら、ユーミンはウータンたちを見た。
サキが手をたたいて喜んだ。
「わあ、やっぱり、小父ちゃんは話がわかる。でも――同い年の仲間って、どういう意味?」
「サキ、ユーミンは、きみと同じ年なんだ。彼も16歳」
ウータンが言って、サキは飛びあがるほど驚いた。
「ええっ!うっそー!どう見ても小父さんだよ」
ユーミンが気まずそうに目を反らせた。彼を庇うように、ウータンが説明した。
「ユーミンはホーリー族なんだ。――アルメニアの王子だぞ」
「ふーん、ホーリー族の王子さまか」
サキは気にも留めなかった。「それでと――ウータンは賛成だから、今のところ2対2か。それにぼくが賛成だから3対2。決まったね」
「ちょっと待て。ぼくはまだ賛成とは言ってないぞ」
ウータンがあっけに取られて言うと、サキは彼の顔をにらみつけた。
「じゃあどっちなんだよ?」
「賛成だ」
ウータンはあっさりと言った。それから、喜色満面のサキの横で、仏頂面をしたハーブに向かって声をかけた。
「ハーブ、彼は身寄りがないんだ。ぼくたちと一緒でなければ、彼はまた独りぼっちになってしまう。ナズミを失ったあなたの気持ちはわかるけど、彼をひとりにしても危険は解消しないよ」
ハーブは肩をすくめた。
「――わかった。この子を連れていこう」
そこで彼は、サキのほうを見た。「ただし、いい子でいるんだぞ」
こんどはケインがブスッとして補足した。
「それに、オイタをするなよ」
サキがケインに向かって、イーッと舌を出した。

「ところでウータン、ジョーズを浜に引きあげて腹を割いたら、これが出てきた」
ハーブが黒ずんだ大きな鍵をウータンに手渡した。鋳物製の古めかしい鍵で、表面にドラゴンの姿と奇妙な文字が彫り込まれていた。
「ジョーズの腹の中には、食器や燭台やらのガラクタがたっぷりと入っていたが、その鍵だけは妙に気になってな。ドラゴン探しの手掛かりになるかも知れんと思って、取っておいたんだ」
「そうだね。何かの役に立つかもしれない」
そう言ってウータンは、鍵を手荷物に加えた。
そのウータンの様子をじっと見ながら、ユーミンがそっと言った。
「ウータン、そのう――お父さんとは残念な形で会えたけど、ウータンの目的は遂げたんだね。それでもぼくと旅をしてくれるの?」
ウータンはさわやかに笑った。
「当たり前だよ。きみの目的は、ぼくの父さんの目的と同じだ。だからぼくが、父さんに代わってやるんだ」

5人はミサキの村で、山登りのための装備を整えた。魚の薫製や果物、水の入った皮袋、寒さ防ぎの毛皮や靴。
馬車は村に置いていくことにした。急峻な山越えでは、途中で馬車を捨てなければならず、それでは馬が可哀相だ。そのため、馬車に乗せていた荷物が加わった。
5人はそれぞれ割り当てられた荷物を持ったが、食料の入った布袋がひとつだけ取り残されていた。一番重い荷物だ。
「おい、これはだれが運ぶんだ?」
ケインが食料袋を指差して言った。
サキが、そんなこと当たり前のことだ、という顔つきで言った
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