(5)
気がつくと、眩しい青空が目に飛び込んできた。
ウータンは瞼をぎゅっと閉じ、ついでそっと目を開けた。灰色の優しい瞳がじっとこちらを見ていた。
ハーブがおだやかな声で言った。
「やれやれ、やっと気がついたか」
「てっきりおまえは、くたばっちまったかと思ったぜ」
ケインが老人の背後から顔を出した。
ウータンは船の中に横たわっていた。彼はゆっくりと上体を起こすと、ふたりに聞いた。
「怪物は?」
「死んだ。きみが、とどめを刺したんだ」
ハーブはそう言うと、船縁の先にあごをしゃくった。怪物が白い腹を上にして、海の上に浮かんでいた。尾にロープが巻かれ、船と繋がれている。
「武器はジョーズの体から取り戻した。さあ、あとはきみたちの仕事を片づけよう」
そう言う老人の脇腹と右腕に、何かで抉られたような深い擦り傷があるのに気付いた。
「ハーブ、その傷は?」
ウータンが驚いて聞くと、ハーブが気丈にほほえんだ。
「なあに、たいしたことはない。海水は消毒に利くんだ」
横からケインが言った。
「その傷は、村に戻ればおれが治療してやる。そろそろムーングラスを取りに行こうか」
ケインの言葉で、ウータンは自分の目的を思い出した。彼は老人に向かって聞いた。
「ハーブ、ムーングラスはどこにあるんですか?」
「どうやらジョーズが道案内をしてくれたらしい。あれを見なさい」
ハーブが海の向こうを指差した。
奇妙な格好をした島が、ポツンと海に浮かんでいた。まるで海の中から剣が突き出ているようだ。
「さあ、出発だ。ケイン、帆を張ってくれ」
ケインが怪我をしたハーブに代わって、帆を張った。船は順風に乗って、島の方向に進み出した。
「きみたちのお陰で、わしの念願がかなった」
ハーブが独り言のようにつぶやいた。「わしの妻は、あのジョーズに殺されたんだ」
ウータンはハッとした。じゃあ老人に感じた深い悲しみは、そのことだったんだ。老人を見ると、彼は遠くを眺めながら話をつづけた。
「わしは、両親を亡くした幼いナズミを引き取って、男手ひとつで育てあげた。ナズミは賢くて、かわいらしくて、明るい性格の子供だった。それに彼女は、運にも恵まれていた。あの娘がそばにいるだけで、悪いこともいい方向に向かうんだ」
老人の顔がふっとなごんだ。
「ナズミは16歳の成人式を迎えると、わしの子供になるより、わしの嫁さんになると言った。わしが60歳の時だ。年は離れていたが、わしたちは幸せな夫婦生活を送った。
そんな5年前――その年はどういうわけか、不漁つづきだった。それで村の漁師たちは、ナズミの運の良さに望みを託した。彼女を一緒に連れて行けば、漁の収穫もあがると思ったんだ。たまたま怪我を負って、漁の出来なかったわしは反対した。いくら穏やかな海でも、漁はいつも危険が伴うものだ」
老人は悲しそうに首を振った。
「しかし彼女は、明るく笑ってわしに言った。大丈夫、わたしが村の人たちのために、幸運を呼び寄せてあげるって。あとで村の産婆に聞いて知ったが、彼女はわしの子供を身ごもっていた。それを内緒にして、彼女は漁師たちと海に出かけたのだ。――そして、二度と戻ってこなかった。船着き場にあった船の残骸は、そのときナズミが乗っていた船だ」
ハーブはしばらく黙り込んだ。
ウータンとケインは老人の心情を思いやって、黙っていた。
ハーブは顔をあげると、ふたたび話し始めた。
「他の船にいた漁師たちが、そのときのようすを話してくれた。突然、巨大な怪物が現れて、船を真っ二つにしたそうだ。そのあとは、見るも無残な殺戮がくりかえされた。その怪物は、海に落ちた人間たちを、ひとりずつ食いちぎっていった。ナズミもその中にいた――」
彼は話しながら立ちあがると、船縁に手をつき、空を振り仰いだ。
「わしは自分に誓いをたてた。きっとナズミの仇を取ってやるってな。村人はそのときから怪物のことを、ジョーズと呼び出した。わしはジョーズを退治するために、二度海に出た。そして二度とも失敗した。そのときわしの弟も、海で行方不明になった」
ハーブはふたりの顔を見た。「そんなとき、きみたちが村に来たんだ」
ウータンは何とも言えなかった。口を突いて出たのは、間の抜けた質問だった。
「ハーブは何歳になるの?」
「――66歳だ」
ハーブは素直に応えて、顔をあげた。「さあ、着いたぞ」
船は島のすぐ側まで来ていた。近くで見ると、島は天まで聳え立っているかに見えた。足元は大岩が転がっていたが、上のほうは切り立った灰色の一枚岩だ。岩の裂け目のあちこちで、小さな松の木が緑を添えていた。
老人の指示に従って、ケインが器用に櫂をあやつり、船を島に着けた。
彼らは島に降り立った。
「頂上にきみたちの求めるムーングラスが生えている。白い小さな花の咲いている草だ。ただし効果のあるのは、
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