(3)

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陸地から海に向けて、爽やかな風が吹いていた。コバルトブルーの海は無数の細波が立ち、すべてが穏やかだった。これから海の怪物と戦うこと自体が信じられないほどだ。
船が陸地から離れると、ハーブは櫂を船底に置き、マストに帆を張った。そよ風が白布を膨らませて、船は水上を滑るように走り出した。数羽のカモメが、彼らの船出を歓迎するかのように、上空で丸く輪を描いて飛んでいた。
ハーブがときおり帆の向きを修正した。
フンドシ姿の彼は、水を得た魚のように生き生きとして、まさに海の男そのものだった。小麦色に日焼けした裸体が、右に左にと力強く傾き、その肌に汗がみるみる噴き出してくる。年齢を感じさせない肉感的な体は、まるで黄金の彫像のように輝いていた。

ウータンとケインは所在なさそうに、舳先のほうに座っていた。船の中は、生臭い魚の匂いがただよっている。
そのうちケインが立ちあがって、船首に並べられた銛を調べた。切っ先が鋭い光りを放っている。ハーブが朝のうちに、研いだのだ。
「ケイン、銛の柄についている輪っかに、ロープを結んでくれ。2本ともだ。それからロープのもう一方の端は、舳先に結びつけるんだ」
ハーブが帆をあやつりながら叫んだ。ケインが慣れた手つきで、ロープを銛に結びつけた。それを見て、ハーブが満足そうにうなずいた。
「慣れたもんだ。前に船に乗っていたのか?」
「世界中をあちこち旅していれば、こんなことぐらいは覚えるさ」
ケインはこともなげに言ったが、その口もとが嬉しそうにむずついていた。
「ケインって船に乗ったことあるの?泳げないかと思っていたけど」
ウータンがからかうように言うと、ケインが無言でにらみつけた。

ミサキの村のある陸地が遠のいたころ、ハーブは帆を畳んだ。それから錨を海中に落とした。振り返ったとき、彼の顔からおだやかさが消えて、別人のように厳しい表情になっていた。
「このあたりだ。覚悟はいいか?」
ハーブが声をかけた。ふたりが緊張した面持ちでうなずくと、彼は船尾に置かれた木の樽を指し示して、ウータンに言った。
「ウータン、樽の中身を海にぶちまけてくれ」
ウータンは歩み寄って、樽の蓋を開けた。とたん、生臭いムッとする匂いが鼻をついた。
「うえっ!これはなんだい?」
「豚の内臓だ。ジョーズの大好物だ」
ウータンは、鼻が捻じ曲がりそうになる匂いを我慢して、ヒシャクで樽の中身をすくいあげ、海に流し出した。そのあいだにハーブは、ケインに銛の使い方を教えた。
「いいか、ジョーズをじっくりと引きつけて、これをぶち込むんだ。それから、ロープに気をつけろ。うっかりしてるとロープが足にからまって、海に引き込まれるぞ」
ケインが銛を片手に持って、重さを量るように前後に動かした。ハーブがケインの持ち方を修正してやり、自分ももう一本の銛を手に持った。

3人は船上で、怪物の現れるのを待った。
風が止まっていた。
下に危険が潜んでいることなどまったく感じさせないほど、海は穏やかだった。聞こえるのは、船縁を打つ波の音だけ――。
「来るぞ」
ハーブがつぶやいて、上を見た。
そこでウータンは気づいた。これまで船の上空で輪を描いていたカモメたちが、いつのまにか姿を消していた。

突然、ウータンの目の前、数メートルのところで、海水が盛りあがった。と見る間に、巨大な何かが海中から躍り出た!
大きく裂けた口。ズラリと並んだ白い歯。黒灰色の肌には、フジツボのような硬い突起物が無数についていた。
怪物は、その巨体をまざまざと見せつけて、海中に潜った。
大きな水飛沫が立った。
その反動で船が揺れ動いた。
ケインがめずらしく、恐怖のにじんだ声で言った。
「冗談じゃない。5メートルどころか、7、8メートルはあったぜ」
「あいつ、また大きくなりおった」
ハーブが怒りのこもった声で言った。
ウータンは、ぼう然としていた。彼は怪物の巨大さよりも、さきほど垣間見た、怪物の目に恐怖を感じていた。死人の目のようにどんよりとして、無表情で、いかにも冷酷そうだった。ほんの一瞬だったが、その目が彼のほうを、まっすぐに見たのだ。
「ウータン、何をぼんやりと立っているんだ!早く餌を撒け!こっちのほうだ!」
ハーブが怒鳴った。
われに返ったウータンは、腐った豚の内臓をヒシャクで汲み取り、船側の海中にばら撒いた。
「じいさん、この船、大丈夫なのか?あんな怪物がぶつかってきたら、ひとたまりもないぜ」
ケインが銛を構えたまま叫んだ。
「運がよければ、壊れないさ」
ハーブが海中の動きを見守りながら言った。

不意に船がガクンと揺れた。
その反動で、3人は危うく海中に投げ出されそうになった。慌てて船縁につかまると、船が横滑りしだした。
「あいつ、船をひっくり返そうとしている」
ハーブが叫んだ。
ケインの反応
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