(2)
トマ王は湯浴み場にいなかった。
壁の灯火がプールの水をわびしげに照らしている。バルコニー側を見ると、雲が流れて月をなかば隠し、風が出て、ウータンを誘うようにプールの水面に細波が立った。
ウータンは水の誘惑に抗しきれずに、服を脱ぐと、ゆっくりと水に入っていった。人肌の温もりがウータンの下半身を包んだ。ウータンは水の中の寝椅子に歩み寄り、その上に寝そべった。温もりが肩まで包み込んだ。さらさらとした液体が肌をなで、清澄な気が体の中に浸透してくるようだった。ウータンは緊張を解いて、ゆったりと横になった。
「ウータン、ここにいたのか」
ふと声がした。ふりかえるとトマ王がいた。
「あ、王さま。すみません、勝手に水に入って」
「なに、かまわん。わしも水につかるか」
トマ王はガウンを脱ぎすてると、水に入ってきた。トマ王の体はまるまると太って、異様なほど肌艶がよかった。
ふたりは寝椅子に横たわり、心地よい水の感触を味わっていた。
トマ王がのんびりと聞いた。
「ウータン、旅はどうだった?」
「外の世界を見ることができて、すごく勉強になりました。それに、思いがけずも仲間ができましたから」
「それはよかった。あの者どもは、どんな素性の連中だ?」
「男はケインともうします。イギの峡谷に住んでいた僧侶です。もうひとりのユーミンは、アルメニアの国で知り合いになりました」
ウータンは、ユーミンがアルメニア城の王子だということは伏せた。王の本心がわからぬうちは、光の塔やアルメニア城で起きたことは、話さないほうがよいと思ったのだ。
トマ王はあっさりと話題を変えた。
「ところでウータン、おまえといっしょに旅に出たギリウスはどうした?姿が見えないようだが」
(いよいよ聞いてきたな)
ウータンは何食わぬ顔をして言った。
「あれっ、ギリウスさんは城に戻りませんでしたか?おかしいなあ。国境のところで別れたんですが」
トマ王は黙り込んだ。
(動揺してるのかな――)
ウータンはこの機会を利用して、王に聞いた。
「ところで王さま、町の人たちの税金を3倍にしたそうですが、どうしてですか?」
「税金を3倍に――。そんなこと、わしは知らぬぞ」
「でも、現実にそうなっていますよ。それに、なぜ町の若者たちを城に集めているのですか?」
それに答えずトマ王は、まぶしそうに月の明かりを見て、立ちあがった。それから、水の中を歩いてプールから出た。
ウータンは、王の後ろ姿を見ていて気がついた。――王のお尻から、赤い星型の痣が消えていた。
トマ王は水からあがると、ゆっくりと振り返った。
「ウータン、こちらにおいで」
王の青い目が、異様な輝きをおびていた。
――*――
ウータンが出ていった後、ケインは落ち着きなく、部屋の中をうろうろと歩きまわった。そんなケインを、ユーミンは心配そうに見ていた。
ついにケインは、我慢できなくなって言った。
「どうもじっとしているのは性に合わん。ユーミン、おれはウータンのあとを追う」
ケインは、ユーミンの制止も聞かずに、槍をつかむと部屋を出た。
廊下に出たのはいいが、ウータンの行き先がわからない。彼は当てずっぽうに廊下をさまよった。途中で階段があったので、上にあがった。奇妙なことに、衛兵にはひとりとして出くわさなかった。
(この城の警備はどうなっているんだ?)
ケインはいぶかったが、衛兵がいないということは、彼にとって好都合だった。彼は見当をつけて、王の寝室を探した。
もうひとつの階段をあがって上の階に出たとき、廊下に人影を見て、あわてて下がった。
そっと廊下をのぞき見ると、アッサムとかいう侍従長が、奥の方へと歩いていた。手に持つ灯火が、あたりをぼんやりと浮かびあがらせている。
(こんな時刻に、あいつ、何をやっているんだ?)
ケインは廊下の暗がりを縫って、侍従長のあとをつけた。
廊下のはしで、アッサムが立ち止まった。
あわててケインは柱の陰に隠れた。
アッサムは振り返って背後のようすをうかがうと、手にしたバスケットを床に置いた。それから前の壁に手を伸ばした。こすれるような音がして、彼の足もとの床が開いた。
ケインは柱の陰から、一部始終を見ていた。侍従長の姿が消え、床がもとの位置におさまると、彼は走り寄った。
壁は見たところ、なんの変哲もなかった。しかしよく見ると、四角形の切れ目があった。彼は手をあてがい、すこしためらい、そっと押してみた。足もとの床が音をたてて開いた。
階段が暗闇の先までつづいていた。
ケインは階段を降りた。
ずっと下のほうに、ぼんやりとした明かりが動いていた。侍従長の持つ灯火だ。彼はその明かりを目指して、階段を降りつづけた。
ようやく階段はなくなった。すぐ前に、鉄の扉があった。縦に細い光が漏れているところを見ると、扉は完全に閉まって
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