(2)
小屋に戻ると、ケインは慣れた手つきで鹿皮を剥ぎ取った。それから肉を解体しだした。火であぶって食べられるように、適当な大きさに切り、残りは屋外にある薫製小屋で、鈎針に吊るした。ウータンの獲った魚も、ケインの手によって同様の処理がなされた。
ウータンは、動物の体が残酷に切り開かれるのを見ていて、少し気分が悪くなった。
ケインの顔には何の表情も浮かんでいない。彼の手には、動物の血がこびりついていたが、まったく気にしていないようだ。無頓着に肉を切り、大きな鉄串に刺して、火を起こしている。ウータンは、ケインがギリウスを槍で突き刺したときのことを思い出した。
(彼は残酷な人なのだろうか。それに、なんでこんな辺境の地に、独りで住んでいるのだろう?)
ウータンは大男の無表情な横顔を見た。そして、思念をおくった。
冷え切った感情が伝わってきた――それに悲しみも。もっと意識を集中していると、かすかに暖かい感情も伝わってきた。美しい女性、愛情、最愛の人を失った悲しみ――怒り。
ウータンは理解した。ケインは過去の悲劇のもたらすもろもろの感情を、長い年月のあいだに、心の底に閉じ込めてきたのだ。
「――それで僧侶になったのですね」
ウータンは我知らず、つぶやいていた。
それを聞きつけて、ケインが振り返った。そこで彼は、ウータンの目に涙がにじんでいるのに気づき、驚いて言った。
「ウータン、おまえは、おれの心が読めるのか?」
ウータンは母の忠告を思い出して、あわててかぶりを振った。
「いいえ。でもなんとなく、ケインがずっと昔に、大切な人を失ったような気がしたんです」
ケインは、しげしげとウータンの顔を見た。彼は、ウータンの目が緑色に変わっているのに気づいた。
「おい、おまえの目はブルーじゃなかったのか?」
「ときどき色が変わるんです。いまは何色ですか?」
「緑色だ。――おまえは、不思議なやつだな」
ケインはつぶやくように言うと、あとは黙って作業をつづけた。
鹿の肉も魚肉もうまかった。ふたりは言葉を忘れたように、肉をむさぼり食べた。とくにケインは、旺盛な食欲を見せて、ウータンの食べる量の倍近くもたいらげた。
ようやく食事が終わると、ケインは満足そうにウータンを見た。
「ふうー、食った。ところでウータン、おまえはどこに行こうとしていたんだ?」
ウータンはこれまでのことをケインに話した。母が死んで、父を探す旅に出たこと。トマ王を山賊の隠れ家から助け出したこと。トマ王から聞いた父の旅の目的。そして護衛のギリウスに襲われたこと。
ケインは辛抱強く聞いていたが、ウータンの話が終わると、静かに言った。
「オーディンの玉とドラゴンか。おまえはその話を信じているのか?」
ウータンは肩をすくめた。
「さあ、ぼくにはわかりません。でも、その謎は、父さんを見つけ出したら、わかると思うんです」
そこでウータンは、逆にケインにむかって質問した。「ケインはこんな所にひとりで住んでいて、寂しくないの?」
「べつに。ここに住みついて1年間、修業をつづけた。そろそろ退屈してきたところだ」
ケインは両手を広げて、大きく伸びをした。「よし、おれもおまえの旅につきあってやる。退屈しのぎだ」
ウータンにとっては願ってもないことだった。ケインのような偉丈夫なら、頼りになること間違いなしだ。
「ありがとう、ケイン。心強い仲間ができて、すごくうれしいよ」
ウータンは手をさしだした。
「あまりおれに期待するな。おまえと一緒にいるのが退屈になったら、おれは別れるからな」
そう言いながら、ケインはウータンの手をがっちりと握った。
翌日、ふたりは小屋を出ると、光の塔目指して旅立った。燻製にしたきのうの獲物は、荷物袋に入れてあった。
峡谷を抜けるのはひと苦労だった。深い森あり、激流ありで、ケインがいなかったら、ウータンはひとりで何日間も彷徨っていただろう。
夜は野宿した。獣の気配がして、ウータンはあまり熟睡できなかった。反対にケインは、どんな地形であろうとぐっすりと寝入っていた。
あるときウータンは、ケインの奇妙な習性を見た。
寝ていたケインが突然、「むっ、いかん!」と言って、あわててどこかに行ってしまった。しばらくして戻ってきたケインの顔は、どことなくすっきりとしていた。
「ケイン、どうしたの?おしっこなの?」
ウータンが訊くと、ケインはちょっと気まずそうに肩をすくめて、つぶやいた。
「お前はまだなのか――」
「まだって何のことなの?」
ウータンは聞いたが、ケインは肩をすくめるだけで、何も答えてくれなかった。
峡谷を抜け出ると、アルメニア国の外れにある小さな村に行きついた。ふたりはその村で泊まることにした。
宿屋はなかったが、親切な村長が自分の家に泊めてくれた。村長は白髪の老人で、食事をするふた
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