(5)
ウータンは、王の派遣した護衛をともなって旅に出た。
ギリウスと名乗る護衛は、どことなく薄気味が悪かった。雲を突くような大男で、あごには黒々とした髭を生やし、目つきが鋭かった。ふつうなら、凶悪犯の顔つきだ。
ウータンは、この男の心を念力で読もうとした。
(ウータンを助けて護衛をする――)
男の思念はそれだけだった。奇妙なことに、それ以外の感情はまったく読めなかった。まるで、ウータンの護衛をすることが、生まれながらの使命であるかのように――。
ウータンはギリウスと連れたって旅を続けながら、トマ王のことを考えた。今朝会ったときの王さまは、きのうまでの王さまとは違う感じがした。あれほど天真爛漫で、幼児のように純真なほがらかさを見せる王が、今日はどことなくよそよそしくて、冷たいムードを漂わせていた。
高貴な人の持つ二面性なのだろうか?それにしても、彼の思念を弾き飛ばしたあの力はなんだろう?まるで王さまのまわりに、厚い障壁が張りめぐらされているようだった。あれは王さま自身の力なのだろうか?
ウータンはギリウスに聞いてみた。
「ギリウスさんは、ずっとお城にいたんですか?」
「ええ。王さまをお守りしていました」
「今日の王さまはちょっと変でしたけど――何かあったのですか?」
「いいえ。わたしには、いつもの王さまとお変わりないように見えました」
ギリウスの声は妙に平板だった。それに口振りがそっけなかった。
(もともと無口な人だろう)
ウータンは肩をすくめると、先を急いだ。
トマの城下町を出て10日目に、山道にさしかかった。まだ日が高かったので、ふたりはその日のうちに峠を越えて、アルメニアの国に入ろうと決めた。
歩くにつれ、道の勾配はじょじょにきつくなってきた。右側は切り立った崖。その向こうは深い緑でおおわれた急峻な山々が、幾重にもかさなって遠くつづいていた。
山の大気はすがすがしくて、気持ちよかった。
ようやく坂道をのぼりつめると、峠にさしかかった。道のはしに大きな樫の木があった。緑の傘をさしたような格好で、深い葉の茂みが上部をおおっていた。
先を歩くウータンは、ふいに、憎悪にあふれた敵意を感じた。まるでふって湧いたような感情波だ。
彼は反射的に、右に跳ね飛んだ。
鋭い刃風とともに白刃が、つい最前までウータンのいたところに閃いた。
「何をするんだ、ギリウスさん!」
ウータンは護衛の男に向かって叫んだ。
ギリウスは長い剣を構え、無言でウータンににじり寄った。彼の顔つきは、急に人が変わったように見えた。その目は、激しい敵意をにじませて、らんらんと輝いている。
ウータンはわけがわからず、じりじりと後退した。手に持つのは、トマ王にもらった小さな短剣のみ。とても大男の持つ、長剣に太刀打ちできそうになかった。
ギリウスが無言の気合で、剣を横に払った。ウータンは後ろに飛び退って、その攻撃をかろうじてよけた。
――待て!――。
遠くで声がした。
ふたりは同時に声のしたほうを振り向いた。黒い僧服を着た長身の男が、こちらに向かって走っていた。その手には、穂先が二つ又になった長い槍を持っている。
ギリウスは予期せぬ邪魔者に舌打ちして、いっきに決着をつけようとした。彼は激しく剣を振りまわしながら、ウータンに詰め寄った。
「あっ!」
ウータンは崖っぷちでバランスをくずした。彼の体が空中で泳ぎ、崖からずり落ちた。彼は必死で木の根っこにしがみついた。体の下から石ころが深い谷底めがけて転がり落ち、虚ろな音をたてた。
木の根を持つ手がしびれてきた。ギリウスは仁王立ちになって、ウータンを見下ろしながら、にんまりと笑った。
「小僧、年貢の納め時だ」
大男は剣を振りあげた。
(もうだめだ!)
ウータンは目をぎゅっと閉じて、死を覚悟した。彼は無意識のうちに、強い思念を送っていた。
「うわあーっ!」
男の叫び声がした。
目を開けたウータンは、大男の顔が炎に包まれているのを見て、びっくりした。
ギリウスは、ふいに自分の顔を襲った炎にのけぞった。
(何だ、この炎は?)彼は顔をかきむしった。
そのとき駆けつけた長身の男に気づき、彼は男めがけて剣を振りまわした。
勝負はあっけなかった。ギリウスは男の槍で胸を突き刺された。そのまま彼の体は宙へと飛び出し、谷底に落下していった。
長身の男は息を弾ませていた。彼は兵士を倒すと、若者を助けようとして崖の縁から身を乗り出した。
しかしそこに、若者の姿はなかった。
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