第1章 トマの城下町

第1章 トマの城下町



(1)

ウータンは父親のことを、おぼろげにしか覚えていない。
母の話によれば、ウータンが5歳のとき、父は旅に出たという。どういう目的の旅なのか、母にも明かさなかったそうだ。
その後、父は一度も家に戻ってこなかった。便りもまったくなかった。生きているのか、死んでいるのかさえもわからない。父は完全に消息を絶ってしまったのだ。
マリン・モリス――それが父の名前だった。ウータンは父について、母のヘレンから多くのことを聞いた。
トマ城きっての勇敢な戦士であったこと。身長190センチの筋骨隆々とした大男で、どんな敵も彼の前では怖じ気づいてしまう。でも弱者に対しては、このうえなく優しい。彼の高潔な人格は、多くの人々に慕われていた。そしてことのほか、トマ王の寵愛を受けていた、という。
ヘレンは、最後にきまって言うのだ――マリンの特徴は目だと。
ふだんは澄み切ったコバルトブルー。物思いにふけるときはダークグリーン。めったにないことだが、怒ったときは冷たいライトブルーになる。そして、それは息子のウータンにも引き継がれていると。
ウータンは父親を目標にして成長した。いつか自分も父さんのように、立派な戦士になるんだ――。そのために、日夜、勉強と武術にはげんだ。

トマの城下町は、森と湖に囲まれた緑豊かなところである。
ウータンは城下町の郊外にある、ちいさな家に住んでいた。赤い屋根と白い壁、屋根のうえには風見鶏がまわっていた。
井戸のある庭には、いつも洗濯物が干されていた。母は町の人たちの衣服を洗濯して、ふたりの生活の糧としていたのだ。
学校から帰ってくると、ウータンは母の手伝いをした。母は色白の上品な顔をして、聡明な女性だったが、肉体労働には向いていなかった。
彼女は暇ができると、ウータンに読み書きを教えてくれた。その勉強は、学校よりもわかりやすかった。
一方でウータンは、隣の家に住んでいるボッシューさんに剣術を教えてもらった。
ボッシューは60歳を過ぎた老人だが、現役のときは、ウータンの父親と同じ、城の騎士だった。ウータンは老人の都合がよいときに、一緒に森に出かけて剣術の稽古をしたり、馬に乗って狩りをしたりした。
ボッシューは武術だけでなく、自然の中で生き抜く方法も教えてくれた。食用にできる草の根やきのこの見わけかた、野ウサギの獲りかた、火の起こしかた――等々、多くのことを教わった。
そしてまたウータンは、ボッシュ―を父親代わりに、愛情と信頼を寄せていた。

ウータンは成長するにつれ、自分は父親のように立派な戦士になれないのではないか、と悩みを持った。それというのも彼の体格は、母の言ってる父のように、大きくならなかったからだ。
彼は中背、筋肉質で、ほっそりとしていた。それに女のように色が白かった。要するに彼は母親似だったのだ。
その悩みをボッシューに打ち明けたとき、老人は笑って言った。
「じゃあ、わしはどうするんだ。こう見えてもわしだって、城内きっての剣の使い手だったんだぞ」
たしかにボッシューは名だたる剣士だが、背の低い、ずんぐりむっくりした体型をしていた。
老人は真面目な顔つきにもどって、ウータンに言った。
「いいかい、ウータン。立派な戦士になるのは、べつに大きな体格でなくてもいいんだよ。要は、それぞれの体格にあった技を磨くことだ。それにもちろん、心もね」

以来、ウータンの悩みは解消した。彼は、自分が敏捷なのを活かして、小剣を練習した。素早く動いて、相手の隙を突く。それが彼の得意な技になっていた。
いっぽう彼には、自分と母親だけが知る、特異な才能があった。
生まれながらにして、人の心が読めるのだ。
と言っても、複雑なことはわからない。ただ、相手が温かい心の持ち主か、冷たい心をしているのか。自分を愛しているのか、憎んでいるのか。そんなことが、相手に精神を集中すると、読めてくるのだ。
母親は、そんな才能を持った息子を心配した。心を読まれるなんてことが知れたら、他の人にとって、たまったものじゃない。そのことで、いつか息子の身に、不幸なことが起こるのでは――。
彼女はウータンに誓わせた。人の心を読めるなんてことは、だれにも悟られてはいけない、と。
ウータンは自分の才能を、さほど心配していなかったが、母親との誓いは守っていた。
そのことは、彼の尊敬する先生であり友人である、ボッシューさんに対しても秘密にしていた。

ウータンは16歳になり、ヒューマン族の特徴である下腹部の毛が生えてきた。その春、町の公会堂で成人式が行われ、ウータンもその式典に参加した。これで自分も大人の仲間入りだと思うと、誇らしくもあり、嬉しくもあった。
成人式のあと、ボッシューはウータンを自分の部屋に呼んで、ヒトの生殖について講義した。ヒューマン族では伝
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