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ガーデンシティー六甲苑の建物がすべて竣工した。
そのグランドオープンには関係者だけでなく、新聞社やテレビ局の報道陣も多数つめかけていた。
それほど世間の注目を集めたわりには、式典そのものは質素だった。
木原酒造の木原社長、木原ビルの中田専務、マンションの管理組合理事長、テナント企業代表のフジ電子会長、そのほか工事や設計に携わった人たちが参列していた。代表者たちがテープカットをすると、集まった人たちがいっせいに拍手をし、カメラのフラッシュが湧き起こった。
竣工パーティーは、多目的ホールで行われた。このホールは、結婚式の披露宴や大きな会議、各種催しのための施設だったが、利用スケジュールは、すでに半年先まで予約で埋まっていた。
パーティーの席上、木原昇がスピーチをした。彼は青雲荘の思い出、震災復興と再開発スタートの経緯、竣工までの関係者に対する感謝の意を述べた。
そして最後につけ加えた。
「本来なら、いま皆さまにご挨拶するのは私ではなく、木原ビルの社長、木原紳一です。彼はこのプロジェクトを企画し、われわれ経営陣を啓蒙しつつ、この計画を現実のものとしました。
彼がいなかったら、このガーデンシティー六甲苑は出来ていませんでした。不幸にも彼は、不法な組織の銃撃を受けましたが、最後まで自分の信念を貫きました。
木原紳一の卓越した先見の明と不屈の精神に敬意を表して、私の挨拶とさせていただきます」
つづいて木原ビルを代表して、中田専務が、木原紳一社長のメッセージを読み上げた。
『ガーデンシティー六甲苑の竣工、おめでとうございます。今日にいたるまで、さまざまな形でご協力いただいた方たちに、心からお礼申し上げます。
さて、私たちは、このガーデンシティー六甲苑の開発にあたって、いくつかの新しい可能性を追求してきました。今回の開発事業のデスクワークは、すべてパソコン上で行ったのも、そのひとつです。
ネットワークを使ったパソコンは、素晴らしいパワーを発揮してくれました。ご協力いただいたフジ電子さんに感謝いたします。
しかし大切なことは、必要な情報をインプットし、最適な結論をアウトプットするのは、人間だと言うことです。その意味で、最大の功労者はスタッフの皆さんでしょう。
ガーデンシティー六甲苑は、いくつかの異なる機能を包含しておりますが、この各機能のコンセプトを決めるに当たって、さまざまな立場の方々から、多くの貴重なご意見をいただきました。
ある方は、これからの会社組織のあり方について話されました。これからは、専門分化された小単位の企業が、ブドウの房のように繋がりあったネットワークで、相互補完して成り立っていくのではないか、と。
ある方は、隣近所のお付き合いについて語りました。古い街に比べて、新しい団地は、とかく特定の世代層に偏りがちだ。より良いコミュニティーは、お年寄りから赤ちゃんまで、広い世代の交わりによるバランスが必要ではないか、と。
またある方は、私たちの地元、神戸の特性について教えてくれました。文明開化して以来の世界に開かれた街、神戸の独特の雰囲気。明るくて、おっとりとして、おしゃれ感覚あふれる神戸の風土について。
わたしたちは、これら貴重なご意見を参考に、『神戸らしさ』『人間らしさ』をもつ街を創ろうとしてきました。
そして今、その『らしさ』を追求した街の器は出来上がりました。これからは、ここに住まわれる方々、仕事をされる方々が、いかに上手にこの器を利用されるかにかかっています。
ガーデンシティー六甲苑で生活される皆さん、この街を世界一素晴らしいコミュニティーの場にしようではありませんか。
また木原ビルの社員諸君、きみたちの仕事は、いまスタートしたばかりだ。これまで培ってきた多くのことを反芻し、ここで生活される方々に協力して、明るく、楽しく、仕事をして欲しい』
主催者側の挨拶がおわり、パーティー会場のあちこちで四方山話が花開いた。その多くは、木原紳一に絡む話題が多かった。
「竣工パーティーにしては、ちょっと静かすぎるんじゃないですか。やはりあの男がいないと、もうひとつ場が盛り上がりませんな」
「川勝さん、あんたも相方がいなくて、えらい物静かじゃな。私はあんたと紳一くんの、タヌキ親子の掛け合い漫才を楽しみにしていたのに。それが見られなくて残念だ」
「藤森会長、あなただけはお上品な紳士やと思っていたのに、存外に口が悪いんですね。しかし残念ながら、本当のタヌキ親父は私じゃない、宇野さんだ」
宇野商事の社長が、話に加わった。
「わしの噂をしましたかな?でも、タヌキ親父の座は川勝さんに譲りますわ。腹の出っ張り具合と厚かましさでは、到底かなわないさかい」
「ここにも口の悪いのがおった――それで、子ダヌキの具合はどうなんですか?」
「ああ、こ
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