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「ガーデンシティー六甲苑では、えらいもうかりましたな。さすが宗一郎さんのお孫さんだ。どこか違う人だと思っていました」
「いえいえ、藤森会長のおかげです。会長のご支援がなかったら、とてもこんなに順調にいかなかった」
紳一と中田専務は、東京から出張してきた三友銀行の藤森会長に会っていた。場所は神戸三宮にあるホテルのロビー。老人は高齢にもかかわらず、あいかわらずの艶やかな顔をしている。
「これからも、おおいに私を利用してください。わたしら年寄りは、喜んであなたのような、前途有望な若い人たちの踏み台になるつもりです」
「――」
「もっとも私自身は、銀行内部でだいぶ立場が悪くなりました。莫大な資金を融資したのに、なんでマンションの販売提携が取れなかったんだ、と非難されましてな。いや、私自身は、そんなこと、気にもしていませんが」
老人特有の、慇懃無礼で、チクチクと刺す皮肉を聞きながら、紳一は内心苦笑していた。彼の姿を見ただけで直立不動の姿勢をとる銀行員たちが、この老人に文句など言えるはずがない。
紳一はずけずけと言った。
「そんな事を言う人がいるんですか、藤森天皇といわれているお方に対して。そんな人間には、はっきり言ってやったらどうですか。マンション入居者6百世帯の銀行口座だけやない、オフィスや店舗のテナント、スポーツセンターの会員客。それが全部、三友銀行の顧客になるんだぞって。それも超優良なお客さんばかりだとね」
藤森がしとやかに笑った。
「だからあんたが好きなんだ。のうのうとして、言いたいことはしっかりとアピールして――そのしたたかさは、どこで覚えたんだね?」
「私は先輩諸氏の真似をしているだけです。宇野社長や川勝会長――どこかの銀行の会長さんもいましたね」
「はっきりと言ってくれなくて有り難う」
上品な顔をほころばせて、藤森が言った。それから真顔に戻った。
「しかし、万事が順調なときは、気をつけなさい。なにか落とし穴があるかもしれないよ」
「おっしゃる通りです。前を見るばかりじゃなく、時には立ち止まって振り返ることも必要ですね。中田専務にもよく言われています」
紳一に言われて、中田が横でおっとりと微笑んだ。彼は紳一と同行したときは、もっぱら聞き役にまわっていた。
「それに、万事が順調でもなかったんですよ。たいしたことじゃないんですが、ちょっとしたトラブルもありました」
「ほう、どんなことですかな?」
藤森が眉をひそめた。
紳一は、暴力団とのいきさつを簡単に話した。
「それで、なんという暴力団です?」
きゅうに藤森老人は、興味を示してきた。
「龍神組という小さな組です。なんでも関東岩井組の傘下の暴力団らしいんですが」
そこまで話して、紳一は老人を心配させてはまずいと思った。「心配いりませんよ。そこの組長と直接会って、はっきりと断りました。それに警察にも相談していますから、何かあれば警察も動いてくれるでしょう」
藤森は考え込んだ。それから紳一に言った。
「しばらく気をつけたほうがいい――暴力団のなかには、しつこい人間もいますからね。いざとなったら、なにをやらかすか分からん」
「会長、暴力団のことに詳しいんですね」
「これだけ長く生きていれば、いろいろと耳に入ってきますからな」
藤森宗春は紳一たちと別れると、すぐ東京に電話した。
「会長をたのむ――宗春だ」
しばらくして先方が出た。
「ああ、兄さん。ご無沙汰しています。じつは兄さんに頼みたいことがありましてな」
「お前の頼みごととはめずらしいな。何事だ?」
宗春は木原紳一から聞いたことを、かいつまんで話した。
「龍神組からは、このあと、何も仕掛けてこないかも知らん。しかし気になるんだ。紳一は姉さんの孫ですからね。それで兄さんに電話をしたんだ」
「宗春、心配するな」
受話器のむこうから、安心させるような声が聞こえてきた。「すぐ私のほうで手を回す。紳一には手をだすなとね」
宗春は電話を切ると、ほっと小さく溜め息をついた。彼の実兄、フジモリグループの総師である藤森喜一郎は、全国的な勢力を持つ岩井組と、密かなつながりを持っていたのだ。このことは彼ら兄弟だけの秘密だった。
しかし、そのときの宗春は、思いもしなかった。彼が兄に電話をしている最中に、重大な事態が進行していようとは。
三友銀行の藤森会長と別れたあと、紳一は中田と連れたって、ガーデンシティー六甲苑に立ち寄っていた。
暮れなずむ梅雨空に、工事中のビルの黒いシルエットが浮かび、その背後では、すでに生活の始まっている住戸の暖かい光が瞬いていた。
ふたりは、敷地内の散策路を、のんびりと歩いていた。現場はその日の工事が終わり、ひっそりと静まり返っている。
紳一は立ち止まって、仮囲いで区切られた一画を見渡した。その塀の内部では、日増しに
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