(2)

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ハワイから戻ってくると、紳一は久しぶりに木原酒造を訪問した。土産を両手いっぱいに持った福井が一緒だった。
「おかげさまで、社員一同、すっかりリフレッシュできました。また明日から、仕事に精を出します」
社長室に行くと、紳一は明るい声で言った。
木原昇社長は、ジロリと紳一の顔をにらむと、ちっとも嬉しくなさそうに言った。
「ほう、ふたりともいい色に日焼けして。さすが大会社のやることは違うな」
つづいて、大園が皮肉たっぷりに言った。
「おかげさまでって、わしは反対したんですがなあ。そちらで勝手に、ハワイに行ったんでっしゃろ」
冷ややかな目で紳一を見るふたりの横で、北田相談役だけがおだやかな顔をしていた。
紳一は、横で縮こまっている福井の肩に手を置いて言った。
「そういじめないでくださいよ。木原ビルが発足して以来、社員たちは死にもの狂いでがんばってきたんですから。彼らの苦労に報いてやりたかったんですよ」
木原社長が鼻で笑った。
「それはお優しいこって。ま、木原ビルの社長はきみだ。わしらがとやかく言うことでもないか」
「社長、そんな突き放した言い方はよしてください。そんな言われかたをされると、気になって、落ち着いて仕事が出来なくなるじゃないですか」
「ふん、おまえがそんなタマか!」

これ以上ここにいても、事態はますます悪くなりそうだった。紳一がおいとまを告げると、昇社長がひきとめた。
「ところで紳一、来年の木原酒造の決算取締役会には必ず出席しろよ。おまえ、取締役になってから、一度も出席してないやないか。芦屋の長老がえらい怒っていたぞ」
昇社長の言う芦屋の長老とは、紳一の祖父の妹婿で、木原酒造の非常勤取締役をやっている高村だった。紳一は子供のとき、この老人に何度か会っていたが、祖父が死んで以来、老人と顔を合わせたことがなかった。
口うるさい老人で、苦手としていた先代社長が亡くなったあとは、会社の経営にも我が物顔にあれこれと口出しをしていた。
年に一度の決算取締役会は、社長ほか重役たちにとって、一番緊張する会議だった。と言うのも、この高村老人が何を言い出すか分からなかったからだ。紳一が青雲荘の再開発の件を持ち出したときも、最後まで反対していたのがこの老人だった。
「この前、ひょっこりと長老がわしのところに寄られてな、いろいろとお前のことも話されていたぞ」
「私のことを――どんなことを言ってたんです?」
「仕事が忙しいと言い訳して、木原酒造の重要な会議に出席せんとは、どういうことや。若造のくせに、自分を何さまやと思うてるんや。ちょっと仕事がうまくいってるから言うて、増長してるんやないか。――そんなことをおっしゃってたぞ」
「あのう、そんな意地悪なことを長老が言ったんですか?社長の考えじゃなくて」
「おまえ、なに言ってるんや。温厚なわしが、そんなこと言うわけないやろ。とにかく次の取締役会には出席して、ちゃんと長老にご挨拶するんやぞ」
「へーえ、そんな面白いことを言うじいさんなら、会議まで待たなくても、挨拶しておく必要があるな」
紳一は、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
木原社長は、急に心配顔になった。
「おまえ、何をするつもりや。長老に失礼なことをするなよ。わしの叔父さんやからな」
「大丈夫ですよ、社長。長老には敬意をもってご挨拶するだけです」
紳一はにんまりとした。

ふたりが退室したあと、木原昇は浮かぬ顔をしていた。それに気づいて、大園が聞いた。
「社長、なにか気になることでも?」
「ああ、先ほどの紳一の顔を見たやろ。あいつがあんな顔つきをしたときは、きっと何かやりおる。長老の身が心配や」
北田が、横からおっとりと助け船を出した。
「なんでしたら、紳一社長が長老のところに行かれるとき、私が同行しましょうか」
古くから木原家に仕えてきた北田は、社内では高村長老と一番つきあいが深かった。そんな北田の言葉に、他のふたりは一も二もなくうなずいた。

――*――

「中田さん、民間会社はどうですか?最近、ちょっと疲れぎみのようですが」
紳一は、中田専務と福井部長を連れて、ポートアイランドのホテルに来ていた。窓の外には遠く神戸市街のネオンサインが瞬いていたが、震災の傷跡を残して、所々が欠けて暗くなっていた。
「私はそんなに疲れた顔をしていますか」
中田は上品に眉をひそめた。その横顔を、福井がそっと見つめている。紳一は気づいていた、ときどき福井がうっとりとした表情で、中田を見ていることに。
確かに中田は魅力的な初老男だった。60歳を過ぎてなおスマートな体型を維持し、老俳優と言っても通るような整った顔をしている。そして、いかにも穏やかで優しそうな雰囲気を持っていた。
ポールと同棲してすっかり男色に染まっている福井が、そんな中田に淡い恋心を抱く
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