(2)
「――と言うわけで、耐震構造は、基礎の免震工法が一番いいと思います。多少割高になりますが、それも一般の構造にくらべてであって、耐震構造の中では一番経済的です」
開発室と協力会社のメンバーは、全員揃って打ち合わせをしていた。壁面のスクリーン上では、パソコン画面の映像が拡大されて投影されている。今日のテーマは構造設計で、原建設の設計課長が説明をしていた。
「川田くん、あまり安い工法をきみが推奨すると、原建設にとってはまずいんじゃないかね?」
紳一がニヤニヤしながら冷やかすと、生真面目な設計課長が赤面した。
「冗談だよ。とにかく私は、耐震工法を採用するのは賛成だ。工事費の多少の割高分は、地震に強い建物というセールスポイントでおつりがくる」
「あのう、その工法を採用すれば、この前の地震でも大丈夫なんですか?」
太田が質問した。彼は明るい性格をした30すぎの男で、背の低いやや太りぎみの体型は、福井に似ていた。
川田が慎重に答えた。
「大丈夫です。エキスパンション・ジョイントに多少のクラックが入っても、倒壊するようなことはありません」
「倒壊するようなことはないって――びくともしないと答えてもらいたかったですね」
太田が言うと、あちこちで笑い声が起こった。
紳一が軽口を叩いた。
「大丈夫、びくともしないよ。太田の体型と同じだ」
笑い声の中で、太田がうらめしそうに紳一を見た。
「あのう、ボス。それってひょっとして、お褒めの言葉でしょうか?」
「もちろんだよ。お肉がたっぷりとついて、安定感があるじゃないか」
一同がドッと笑った。
紳一は若いスタッフたちに向かって、いつも言っていた。――仕事の世界では上下はない。違う考えがあれば、相手が上役であろうが堂々と反論しろ、と。
最近は、紳一の自由闊達な考え方が、やっとスタッフの間にも浸透してきたようだ。彼らは紳一に対して、『ボス』と呼んでいた。
「マスタープランも固まったし、いよいよ本格的な実施設計だな。中田さん、開発申請の認可はどれくらい時間がかかりそうですか?」
紳一の問いかけに、それまで穏やかな笑顔で若者たちの会話を聞いていた中田が、おっとりと口を開いた。
「そうですなあ――根回しはすんでいますから、申請書類を出せば3ヶ月くらいですかな。問題は近隣の同意ですが、幸いといえば不謹慎になりますが、震災の影響でさほど問題にはならないでしょう」
「たしかに近隣同意だけで、何年もかかった例がありますからね。まあ、何が起こるか分からないけど、とりあえず開発許可の目標は、来年の2月ということにしておきましょう」
そこで紳一は、福井に向かって言った。「今日は寿司でもとるか。たまにはみんなの食費を浮かしてやらないとな」
それを聞いて、若い連中が喚声をあげた。
そのとき年配者の声が聞こえてきた。
「みんな、元気にやってるな」
木原社長と三友銀行の藤森会長が、部屋の入り口に立っていた。
「あ、社長。それに藤森会長も、いらっしゃい。相変わらずお元気そうですね」
紳一がふたりを出迎えた。
社長と財界の大物の登場に、室内にいる社員たちは、にわかに緊張した。
「どうだね、仕事の進み具合は?」
藤森会長がおっとりと尋ねた。
「順調ですよ、優秀なスタッフが揃っていますからね。あと半年もすれば、造成工事を始めることができそうです」
「それはよかった。必要だったら、わたしのところからもスタッフを寄越しますよ」
「さすが、会長だ。そろそろ資金計画の詳細も、検討しはじめようと思っていたところです。ぜひともお願いします」
「承知しました。さっそく大阪から優秀な人間を寄越しましょう。そのかわり、指定銀行は三友でお願いしますよ」
「もちろんです。三友さんは借入先のメインバンクですから」
藤森がなにげなく付け加えた。「それから、マンションの販売提携も、当行とやってくれますな」
紳一は、老人の老獪な話のもっていきかたに、引っかからなかった。平成不動産にいる友人から聞いていた、銀行の販売提携は、名義貸しだけの口銭かせぎで、なんの役にも立たない、と。
紳一は言った。
「まあ細かいことはあとにして、立ったままではなんでしょうから、応接室に参りましょう」
「わたしは神経が細かいもんでね。細かいことこそ、先にはっきりとさせておきたいですな」
藤森は食い下がった。
「まあまあ、日本財界の立役者が何をおっしゃいます。そんなことは担当者に任せて、さあ、こちらにいらっしゃい。――江口、お茶を出してくれ」
紳一は老人の小柄な体を抱きかかえるようにして、強引に応接室の方に連れていった。
ふたりの微妙な駆け引きを、息を詰めて見守っていた社員たちは、3人がいなくなるとフッと溜め息をついた。
「さすがボスだな。三友銀行の天皇と異名のある藤森会長を相手に、とう
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[*]
感想