第五章 天変地異

(1)

正月のお屠蘇気分も醒めた17日の未明、紳一は衝撃を覚えて目を覚ました。気がついたときには、ベッドから床に放り出されていた。まるでジェットコースターに乗っているように、家が揺れ動いていた。家具類が横滑りし、キャビネットが倒れた。
「優子!」
紳一は叫んだ。
妻は彼と同じように、床に横たわっていた。彼女は無事のようだった。紳一は妻のほうに這い寄った。
「地震だ!それも、とてつもなく大きい。いいか、ベッドの下にもぐっていろ。ぼくは子供たちの部屋に行く」
紳一は一気に話すと、不気味に鳴動する部屋の中を這って、ドアのほうへと向かった。
男の子たちは無事だった。彼らはベッドのわきで抱き合って、なにが起きたのか分からずに、不安そうに震えていた。紳一は、倒れた本棚から散乱した本を踏みつけて、子供たちのそばに駆け寄った。次男坊が紳一にしがみついてきた。
「いいか、トシ。地震だ。また揺れ出すからな。ユウくんと一緒に、ベッドの下に潜り込んでいるんだ。お父さんはお姉ちゃんの部屋に行く。すぐに戻ってくるから、じっとしているんだぞ」
長男は声も出ないほど怯えていたが、紳一の言葉に、けなげにうなずいた。紳一は、子供たちがベッドの下に潜り込むのを見届けてから、隣の部屋に向かった。
床の揺れは収まっていたが、長女の部屋のドアは開かなかった。よく見ると、ドア枠が変形していた。
「恵子!」
紳一はドアの外から呼びかけた。
ドアのすぐ内側から、娘の弱々しい声が聞こえてきた。
「ドアが開かないんだ。いいか、恵子、これからドアを破る。あぶないから、ドアのそばから離れていなさい」
部屋内からの娘の返事を確認すると、紳一はドアに体当たりした。3回目でドア枠が壊れ、ドアが開いた。
見る影もなく散乱した部屋の片隅に、娘がうずくまっていた。額をなにかにぶつけたのか、血が滲んでいた。紳一が娘のそばに近寄ったとき、ふたたび部屋が揺れだした。彼はとっさに娘の体の上におおい被さった。

2回目の揺れが収まると、紳一は家族を家の外に誘導した。
外の世界は一変していた。未明の薄暗い中で、塀が倒れ、通りを挟んだ向かいの家が半壊しているのが見てとれた。紳一の家も外壁に亀裂が入り、窓ガラスが割れていたが、さほどひどい被害を受けていないようだ。
紳一は、子供たちを庭の一画の安全な場所に非難させると、妻と共に家の中にもどった。まっさきにガスの元栓を閉め、電気のブレーカーを落とした。水がまだ出ていたので、浴槽に水を出しっ放しにした。その間に、優子は二階に駆け上がり、家族の衣類や財布、そのほか必要なものをかき集めた。
ふたりが子供たちのもとに戻ったとき、遠くで煙が出始めていた。寒さに震えながら、優子の持ってきた衣類に着替えた。それから紳一は、本格的に家の点検を始めた。
さいわいなことに、家はたいした損傷を受けていなかった。
「あなた、叔父さまのところの電話が通じないの」
あちこちに電話をかけていた妻が戻ってきて、心配そうに言った。
「そうか――優子、ぼくはこれから叔父さんのところに行ってくる。今のところ家は大丈夫だが、いつ避難しなければならなくなるか分からない。必要なものを1ヶ所にまとめておいてくれ。水道は止まったようだが、浴槽に水を溜めてある。火に気をつけるんだぞ。それから、いつ揺れ戻しがあるかも知れん。子供たちに注意して」
「私たちは大丈夫。あなた、気をつけてね」
紳一は出かける前に、家族の顔を見回した。妻は少し青ざめて、気丈そうに微笑んだ。
娘のおでこは青く変色していたが、軽い打撲傷のようだ。男の子たちは元気を取り戻していた。
「トシ、きみは長男だ。みんなを守ってくれよ」
紳一は長男の敏明に話しかけた。7歳になる長男が、誇らしげに胸を張ってうなずいた。

紳一は妻の自転車に乗って、叔父の家に向かった。ハンドルの前のカゴには薬箱、後ろの荷台にはバールなど工具類を乗せていた。
路上は惨澹たるありさまだった。路面はあちこちで亀裂が入り、塀や電柱、屋根瓦が散乱していた。
斜めに傾いたビル、そのまま横移動した家、完全に倒壊した家もあった。その建物の下では――。彼は努めてそのことを考えないようにして、叔父の家に急いだ。

叔父の家は屋根が半壊して、下地がむきだしになっていた。
紳一は一瞬ゾッとしたが、路上の人込みの中に叔父夫婦の姿を見つけて、ホッとした。ふたりとも呆然とした顔をして、家の方を見ていた。
「――紳一」
昇は紳一の顔を見て、あとは言葉にならなかった。
いつもは陽気でほがらかな彼は、すっかり動転していて何をやっていいのか分からず、表情が空ろだった。やつれた顔は、いっぺんに年をとったようだ。
むしろ叔母のほうがしっかりしていた。彼女は紳一の家族の安否を聞き、無事なことが分かると安心したようだ。
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