(4)
「シンイチ、ほんとうに会社を辞めちゃうの?」
「なんだ、おれをデートに誘ったのは、そんなことを聞くためか」
紳一はポール・マッケンナと会っていた。こうやってプライベートな時間に二人きりで会うと、ごく自然にニューヨークで付き合っていた頃の関係に戻る。
「で、どうなんだい?」
「ああ、そのつもりだ」
とたんにポールは黙り込んだ。いつもは飄々と仕事をこなして、のんびり屋の彼は、妙に沈んでいた。
「なんだよ、いつものポールらしくないぞ。おれ一人抜けたって、会社は潰れやしないさ」
紳一はつとめて明るく言ったが、ポールは生真面目な顔をしていた。
「じゃあ、私はどうするんだ?シンイチが声をかけたから、日本に来たんだぞ」
「あ、それはずるい。おれのせいにするなよ。ポールは前々から、日本で働いて、永住するんだって言ってたじゃないか」
「そうだっけ――じゃあ、他の人たちを、どう思ってるんだ?みんな、シンイチを必要としているんだぞ」
紳一は目を逸らすと、背を向けて、手すりに寄りかかった。灰色の海がどんよりと広がって、水平線のかなたで曇り空に溶け込んでいる。その寒々とした景色を眺めながら、彼はぼんやりとつぶやいた。
「みんなの買いかぶりだ。おれの本質が分かっていないんだよ。おれの本質は独裁者なんだ。おれが会社にいれば、その内、みんなを意のままに扱おうとするだろう」
背後からの反応がなかったので、彼は話をつづけた。「やはり、おれは、アメリカにいたほうが良かったかもしれんな」
「じゃあ、なぜ日本に戻ってきたんだ?」
「子供たちを日本の学校に行かせたい、と女房が言ったからだよ」
「家族思いなんだね」
紳一は自嘲気味に笑った。
「おれはファミリーパパってタイプじゃない。ただ、おれの親父の二の舞になりたくないだけだ」
「――」
「親父は家族よりも仕事を優先させた。だから、おれの子供たちには、おれの味わった寂しさを経験させたくなかった」
親一は振り返ると、おどけたように肩をすくめた。
「もっとも、女房にはさんざん苦労をかけたよ。若い頃のおれは、手当たり次第に女と遊んでいたからな」
ポールはまぶしそうに紳一を見上げた。
「でも今は、オールドマンがいいんだろう」
「ああ、否定はしない。うちの会社には、それぞれに魅力のあるオールドマンが多い。それにおれを好いてくれるダディも、結構いるんだ」
ポールがぽつりと言った。
「私もシンイチが大好きだ」
紳一はにやりとした。
「ああ、おれもポールが大好きだ。なにしろきみは、おれが女から男に乗り換えることにした、初めての男だからな」
「どうしてそんな気になったの?」
「それはもちろん、ポールが魅力的だったからだ」
紳一はそっとポールの腰に腕を回した。「それに女房のこともある。女房はセックスに淡白な割に、おれの浮気には嫉妬深い。でも、おれが年配の男と付き合うのは、許容範囲なんだ。女と浮気するより、男のほうが許せるってわけだ」
紳一は肩をすくめた。
「それに、もともとおれは年配の男が好きだった。おそらく、親父との葛藤が作用してると思うけど――で、ふたつのことが合致して、おれは男に乗り換えたってわけだ」
ふたりの視線が絡み合った。
ポールは少し恥ずかしそうに言った。
「でも日本に来て、私たちは一度も愛し合っていないね」
「ああ――おれも久しぶりに日本に戻って、慣れるのに大変だったからな」
「慣れるって、日本人のオールドマンにだろう」
「おっと、そうきたか。おれはいつだって、ポールを抱いてもいいんだぞ」
ポールは熱っぽい目で、紳一を見上げた。
「だったら私を抱いておくれ――踏ん切りをつけたいんだ」
「何の踏ん切りだ?」
「私はサトルと同棲することにした」
「サトルって、福井覚のことか?」
「ああ――」
ポールの言葉は、まさに青天の霹靂だった。
まさかポールの相手が、福井次長だとは。55歳と45歳、しかも受けタイプ同士。
ポールが恋人にするとしたら、てっきり若い江口だと思っていた。ポールという人間が分からなくなった。
紳一は、そのへんの疑問をポールにぶつけた。
「まさかポールが福井とできちゃうなんて、思いもしなかった。どちらが男になるんだ?」
「それは――私がなったり彼がなったり――でも、セックスが全てじゃないんだ。サトルは地味で大人しいけど、自分が優秀だというプライドを持っている。そんなアンバランスなところが、可愛らしいんだ」
「いかにもポールらしいな。それで、なぜ、おれに抱かれたいんだ?」
「シンイチはサトルと正反対だから。シンイチとセックスしてると、いつも大船に乗っているような安心感、それに死ぬようなオルガスムスを味わう。だからサトルと同棲する前に、もう一度、そうした気分を味わってみたかった」
紳一はすこし考えて、そっ
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