(3)

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翌日、始業のチャイムとともに、総務部に北田相談役が現れた。紳一をのぞく全員が緊張して、古老の相談役に挨拶をした。
「なんだ、みんな二日酔いか」
相談役は、真山や福井の顔を見て、いつものおっとりとした口調で言った。昨晩、紳一と店に行った者は皆、むくんで赤みの残る顔つきをしていた。憮然とした表情で、手にした書類を見ている紳一でさえ、疲れきった表情をしている。
北田はさりげなく紳一に近寄ると、おずおずと言った。
「木原部長、ちょっといいかな?」
紳一は無表情に相談役の顔を見上げ、それから無言で立ち上がると、打ち合わせ室に向かった。
北田はどう切り出そうか、と考えているようすだった。女子社員がお茶を持ってきたとき、ふたりは押し黙ったまま、あらぬ方向を見ていた。
ふたりきりになると、北田相談役は咳払いをして話し出した。
「まず、きみに謝る。きのうの会議のことは――」
「べつに、相談役に謝ってもらうことはありませんよ」
「しかしあれは、われわれのとるべき態度やなかった。総務部の皆が真剣にやっているのに――今考えても、恥ずかしい」
「過ぎたことです。プッツンした私も、悪かったんですから」
紳一は、相談役との話を早く切り上げたかった。これから会社を脱け出して、サウナ風呂でゆっくりとしたかった。
「あのときは、ほんまにびっくりした。まるで繁社長が生き返られて、私たちを叱咤されているのかと――」
紳一は老人の顔をジロリと見た。
「その話はもうやめてもらえませんか」
「悪かった。それはそうと、どうだい――今晩、久しぶりに社長と一緒に晩飯でも」
北田の魂胆は分かっていた。まず彼が偵察部隊として紳一の様子を見に来る。そのあと食事に誘って、社長とふたりして懐柔策にでる。
「お誘いは、ありがたいんですが」
紳一はこめかみを押さえた。「今日はちょっと体調が悪くて――」

北田相談役が帰ったあと、10分ほどして秘書から電話があった。社長室に来てくれという伝言だった。紳一は舌打ちして、植田に言った。
「マロちゃん、墨書きしてくれ。白封筒と紙をもって、打ち合わせ室だ」
植田とふたりになると、紳一は厳かに言った。
「いいか、これから書く内容は、ぜったい他人に洩らすなよ。もし洩らしたら――お前のタマを引っこ抜くからな」

社長室には、社長の他に北田相談役と大園専務がいた。
「おまえ、大丈夫か。顔色が蒼いようやが」
紳一の顔を見て、社長が心配そうに言った。
「大丈夫です。ご心配かけてすみません」
「きのうはだいぶ飲んだようやな」
「この一年間の慰労会をやったものですから」
「ふむ、飲むのはいいが、そう無茶をするんやないぞ。若いといっても、もう37やろ」
「はい、すみません」
社長はしばし口をつぐんだ。それから、慎重な口振りで言った。
「それにしても、きのうのお前の一喝はきいたぞ」
「すみません」
「謝ることはない。悪いのはわしたちのほうや」
「――」
頭痛がひどくなってきた。紳一はお茶を飲み干した。
「おまえたちが苦労して作り上げた計画や。じっくりと検討させてもらう」
「――」
「しかし、おまえたちスタッフと、われわれ経営者の考えは、多少違うことは理解してもらいたい」
紳一は顔を上げた。
「どう違うんですか?」
「つまり――」
社長は口ごもった。「われわれ経営者には、失敗が許されない。そのためには、スロー・アンド・ステディーでやると言うことや」
彼は珍しく英語を使った。ポールの影響か。
「ナッシング・ベンチャー、ナッシング・ウィンという諺もあります」
すかさず紳一が言った。その顔を、木原社長が睨んだ。彼の声がすこし大きくなった。
「お前は、ものごとを性急に考えすぎる。せいてはことを仕損じる、と言うだろうが」
今度は日本の諺だ。それに応えて紳一も言う。
「先んずれば人を制す、とも言いますけど」

「ばかもん!」
まったく唐突に、社長が爆発した。「減らず口ばかり叩きおって!おまえは、自分をなにさまだと思うているんや。昨日は昨日で、若造のくせに、年配の幹部たちを怒鳴り散らしおって」
紳一は社長の剣幕にも動じず、顔を真っ赤にして怒る相手の顔を平然と見ていた。また頭痛がひどくなってきた。
「ははん、やっと本音が出ましたね。社長はさっき、謝ることはない、悪いのはわしたちだ、とおっしゃったんじゃなかったのですか?」
紳一の言葉に、木原社長は激しい怒りから、卒倒せんばかりだった。紳一めがけて掴みかかろうとする社長を、北田と大園があわてて押しとどめた。

もみ合う3人を前に、紳一はスーツの内ポケットから、白い封筒を取り出し、黙ってテーブルの上に置いた。
怒りに震える社長が動きを止め、けげんそうに封筒を見た。封筒の表面には『辞表』と墨書きされている。
「なんや、それは?」
社長は
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