(1)
紳一と営業部の青柳取締役は、ことあるごとに衝突した。社内のあちこちで、ふたりが口論している姿がよく目撃された。
すらりと背の高い30代の部長と、ずんぐりむっくりした背の低い50代の取締役。二人の親子喧嘩のようなやりとりは、見ようによっては、どことなく微笑ましい光景だった。
たいがいが、皮肉の言い合いに始まり、最後には口角泡を飛ばして、つかみ合わんばかりになる。
その仲の悪さが社内で深刻にならなかったのは、いつも喧嘩が尾を引かなかったからだ。翌日は、端で見ていても拍子抜けするくらい、二人ともあっけらかんとしている。仲良く社員食堂の席について、昼飯を食べている姿も見られた。
今日も例によって、総務部の室内で、ふたりはにらみ合っていた。
「いいか、紳一。今後一切、わしのとこの仕事に、余計な口出しをしないでくれ」
「なんのことですか?」
「ははん、とぼけおって。新聞の広告や。おまえはこの前、うちの広報担当に手直しを要求したそうやな」
「ああ、あのことですか」
「そう、あのことや」
「ちょっと型にはまりすぎて、新鮮さに欠けていましたからね。もっと消費者の感性に訴えるものが欲しい、と言ったんですよ」
「消費者やない、おまえの感性やろうが。まあ、世の中には独り善がりに批評をしたがるド素人が多いが――とにかく文句があるんなら、正々堂々とわしのところに来い!」
「文句じゃないですよ。客観的に見たビジネス上のアドバイスです。あの新聞広告はテレビのCMに連動させなくちゃ意味がない。せっかくCMのタレントを変えたんだから、そのタレントの持ち味を活かさない手はないでしょう?」
青柳取締役は、紳一の顔をまじまじと見た。
「ちょい待ち!わしの聞き間違いか?確か、CMのタレントを変えたとか言ったな」
紳一は、しまったという顔をして口を閉じた。少し離れた席で、ふたりのやりとりを聞いていた真山取締役の顔にも、不安な表情が浮かんでいる。
青柳は、不気味なほど静かになった。それは嵐の前の静けさを思わせた。
「CMのタレントを変えたやて、わしは聞いとらん!一体、どこのどいつの指図や?」
青柳は押さえた口調で言った。紳一はあいまいな態度で、肩をすくめた。そして真山取締役は、危険な兆候に腰を浮かしかけていた。
はたと気づいて、青柳は紳一の顔をにらんだ。
「おまえかっ!おまえはいつ広報担当になったんや!」
紳一は開き直って言った。
「管理職は自分の部署だけでなく、会社全体のことを考えろ、と社長が言ってたでしょう?CMの件だって、真山取締役とわたしの雑談から生まれた感想を、担当に伝えただけですよ」
真山がエッと言うように、紳一の方を見た。あのCMの件は、木原部長の意見を聞いていただけだった。
青柳取締役は、真山のほうをジロリと見て、ゆっくりと紳一のほうに向き直った。
「坊や、自分をなに様やて思うとるんや。たまたま宇野商事の件がうまくいったからいうて、図に乗るな」
宇野商事の件とは、紳一が宇野社長に再度働きかけて、従来の条件で落ち着いたのを言っているのだ。
「もっともお前には、年寄りを手玉に取る趣味が――」
青柳は最後まで言わず、意味ありげにニンマリとした。
紳一はきっぱりと言った。
「言いたいことがあるんなら、はっきりと言ってください!」
「口先だけ達者な、青二才と言いたいんや!それ以上さえずるんなら、おまえの腹の下に生えてるナニをちょん切って、その生意気な口に突っ込むぞ!」
「ははん、だったらその前に、小父さんの締まりのないケツの穴に突っ込んでやりましょうか。そうすりゃ、前にぶら下がってる自分のモノが、お飾りにすぎないのに気が付くでしょう」
「んぐぐぐ――」
青柳がこぶしを握り締めて、紳一に迫った。
そこに真山が、あわてて二人の間に割って入った。
「木原部長、そろそろ出かける時間や」
「そういえば青柳くん、今やってるテレビのコマーシャルなあ、あれ、なかなか評判がいいぞ。この前うちの女房が、婦人会の集まりでえらい評判がよかったと言うてた。それに、こんどの新聞広告も、よう雰囲気が出てるやないか」
幹部会議の席上のことだった。
木原社長に誉められた青柳取締役は、複雑な表情で紳一をチラリと見た。紳一のほうは、素知らぬ顔をしている。
大園専務が会議を進めた。
「業績も少し上向いてきたが、まだまだ予断をゆるさん。今の経済情勢は、先の見えない状態やからな。――さて次に、川井田くんから提案された商品開発の件に移ろう」
大園専務から指名された、川井田部長が立ち上がった。
醸造部の責任者で、彼自身、杜氏でもある。背が低くぽっちゃりとした、幼児っぽい初老男だ。その風貌に似ず、川井田は張りのある滑らかな口ぶりで説明しだした。
「いま醸造部では、若者向けの酒を造ろうと考えています。
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