(3)
2日後の夕方、紳一と青柳取締役は、宇野商事のビルの玄関口にいた。
青柳は落ち着きなく、そわそわとしていた。そして、後悔していた。行きがかり上とは言え、木偶の坊の若造を大事な商談の場につれてきたのだ。
青柳は咳払いをして、念を押すように言った。
「紳一、横で聞いているだけでいいんやぞ。話すのはわたしがやる。いいか、じっとしているんや」
「息はしていいんですか?」と紳一。
ビルの入り口で、背の高い男と頭ひとつ低い初老の男が、顔をくっつけ合わせるようにして睨み合う横を、サラリーマンたちがけげんそうに避けて通った。
宇野社長の部屋に入った途端、紳一はヤバイと思った。なんと宇野商事の社長は、前に碁会所で痛めつけた老人だった。あわてて回れ右をして部屋から出て行こうとすると、宇野社長の声が届いた。
「おや、きみやったのか。さあ、なにをしている、こちらに来なさい」
青柳は紳一の顔を見て、ついで宇野社長の顔を見ながら、ソファーに腰を下ろした。
「宇野社長は、うちの木原をご存知やったのですか?」
「ああ、この若い人には大変お世話になった――というより、適当に可愛がられたと言うべきかな。ねえ、木原さん」
「えっ、ああ――いつぞやは――」
紳一は口ごもった。
「なに、慌ててるんや。ところで、きみ、木原社長と親戚か何かか?」
「まあ、祖先を溯ればどこかで――」
紳一は直答を避けた。青柳が、おやっというように眉をあげた。
宇野社長が豪快に笑った。
「これや。わしの質問をはぐらかしおって。きみは若いのに、なかなかのタヌキやね。どうりでこの前、わしが化かしにあったはずや」
そこで彼は青柳のほうを見た。「会社でもそうなんか?」
青柳がニンマリした。
「タヌキと言うよりはキツネでんね。まだうまく化かしきれまへん」
ふたりの年配者は、そろって笑った。紳一だけはブスッとしていた。
商談に入ると、宇野社長は時間を無駄にしなかった。彼は単刀直入に切り出した。
「青柳さん、あんたのとことは古いつきあいや。それにこの若い人と知り合ったのも、なにかの縁や。高野酒造さんには悪いけど、またあんたとこのシェアをアップしよう」
難行を予想していた青柳は、にわかには信じられなくて、宇野の顔を見た。拍子抜けする彼の耳に、老人の声が聞こえた。
「しかしわしのとこは、なにも慈善事業してるわけやない。どや、25パーセントで」
青柳は咳き込んだ。ここに来る前に、最大20パーセントの値引きは、木原社長の了解を取りつけてあった。宇野社長は、それ以上のことを要求しているのだ。
「それは厳しいでんね。いまでも宇野商事さんには、ほかより5パーセント安くしております。それに当社の酒は品質では、どこにも負けんと自負してます」
「もちろんや。木原酒造の酒は天下一品や。しかし、わしら客商売をやってるもんにとっては、いくら品質だけよくても、食っていけへんのや。人件費も高うなりおったし」
「ごもっともです。できるだけ勉強させてもらいます。しかし、25パーセントとは」
そのとき、黙って聞いていた紳一が口を挟んだ。
「宇野商事さんの経営している店は、どこも超一流です。どの店も、お客さま第一主義の精神が行き届いているし、少々高くても客は充分満足しています。私もその一人です。
それは、お店の原点である食材に、頑固なまでのこだわりを持っているからです。素人の私でも、出てくる料理の材料が、どれも充分吟味されて仕入れられたものだということが分かります。
それに店内の雰囲気も、控えめですが金をかけて、客がひとときの贅沢を味わえるような品位を保っています。だから、御社の店には、信念があると思っています」
紳一は一息ついて、老人の顔を見た。
「ところで、御社と商売は違いますが、私どもも信念を持っております。それは、長い歴史を経て試行錯誤してきた味であり、醸造工程での細やかな品質管理です。お客さまの手元にお酒が届くまで、さまざまな役割の従業員が働いております。彼らはけっして手抜きをしない。人が口にするものを造っているんです。手抜きをすれば、いつ重大な事故につながるか知れない。彼らはそれを知っているからです。もちろん経費はかかります。でも味と品質を失ったら、何が残りますか?」
青柳は驚いた顔で、紳一を見ていた。いっぽう、宇野社長は腕組みをして、眠ったように目をつぶっていた。
「それで――何が言いたいんや?」
宇野が目を開いて、おもむろに先を促した。
紳一はすかさず言った。
「一流の料理店と一流の酒の組み合わせです。今までどおりの条件でお願いします。うちの従業員の給料を減らさないでください」
青柳は横のほうから、紳一の顔をにらみつけていた。
いっぽう宇野老人は、微笑みを浮かべていた。
「うちの店をえらい誉めてもろうて、おお
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