老画家の想い(4)

ふんどしがいい

おやじはすでに70歳だが、肌の色つやはすごくいい。だから若く見られるし、誰もが60代だと思ってしまう。おやじ自身も、若く見られることは分かっているが、それが嫌(いや)ではないようだ。

爺さんは、偶(たま)に男の店に出かける。多分、新橋あたりだろう。そして、高齢の爺さん達と仲良く交流する。適当に遊んで、楽しい時を過ごすのである。人生は山あり谷ありだ。辛いことも楽しいことも、代わりばんこにやってくる。日々に変化をする老いた心と身体を上手に管理するのは難しい。

私から見ると、爺さんの頭は、結構、柔軟だと思う。仲間の助平な話に合わせるセンスもあるし、過去には、あまりとらわれない。もちろん爺さんの能力は、凡庸(ぼんよう)ではない。。例えば、ある日突然、「男の店」を明日からやると宣言した。私は吃驚(びっくり)したが、病気の仲間に変わって、男の店を切り盛りして見せた。やすやすとだ。もちろん短期間の話たが。

いろいろな能力の塊(かたまり)、それが爺さんを形容(けいよう)するのに、ぴったりの言葉だと思う。

爺さんの多様な能力の一例が、経営する力だ。たとえば、仲間の店を突然やらなければならなかったとき、爺さんならどうするか。これは、実際に見た話だ。だから、簡単に説明できる。爺さんは、頭の中でまず手順を考える。次に問題点を探す。うまくいかない、ネックになる問題のこと。もちろん頭の中、心の中でのこと。

仲間の店の経営は、実際に見て知っているから、手練(てだ)れの起業家と同でよくわかる。思考実験を繰り返して、順序よく実際にやってみる。企業の軽々は、規模の違いはあるが、仕組み同じだから、爺さんにはわけもない。
 
 儲けた金で家を買う

爺さんは、川口のマンション暮らしだ。かなり昔に、新橋で男の店を経営し、儲けを出した。若い客店にが押しかけ、流行(はや)っからだ。稼いだ金は使わずに貯(た)めて、40のときにキャッシュでマンションの部屋を購入した。過去の生き方を話す序(つい)でに、儂(わし)に話してくれたのだ。

埼玉県川口は、戦後間もなくは、鋳物(いもの)の街だった。規模の小さな鋳造(ちゅうぞう)工場が沢山あったが、今は、賃貸住宅が増え、若いサラリーマンや学生たちで溢(あふ)れている。爺さんは、早くから目をつけて、適当な物件を探していた。

爺さんに初めて会ったのは、20代後半のこと。爺さんが40歳になろうとする頃だったと思う。新橋の男の店が、順調に売り上げを伸ばしていた時だ。若いゲイの卵たちが爺さんの店に集まり、大変活気があったと記憶する。不思議だったのは、たいした容貌(イケメン)でもない、爺さんのところに、なぜ、若いゲイの卵、がそれほど多く集まるのかという事だった。爺さんも今より若かったことは確かだが。

爺さんは北海道出身で、苦労人だった。家が貧しくて、学校にもろくに通えない境遇だった。早くから東京で働き、金をためて独立した。年下の妹や弟を、東京に呼んで、学校に通わせるためだった。散々苦労した爺さんだから、人の気持ちが分かる。だから若い人が、そばによるのだと思っている。

繰り返しになるが、爺さんに知り合ったのは、30歳の時だった。受け入れてくれたのは、爺さんの言葉に、躊躇(ちゅうちょ)なく、私が従ったからだと思っている。だが、現実はもっと直接的、具体的だった。

好きな爺さんが、突然、叫んだ。

「おい、褌はずして、素裸(すっぱだか)になってみろ。」

相手を好きになる事は、相手も自分を意識して、好きになる事だと思う。そのことをすっかり忘れていた。普段と違う眼付きで相手を見れば、それは好きになった証(あかし)でもある。人は動物だから、相手の気持ちは直ぐに分かる。生殖にかかわる愛の想いは、具体的で、特別な反応を伴うものだ。

私は衣服を脱ぎ、褌を外して素裸(すっぱだか)になった。好きな爺さんの鋭い目が肌に突き刺さるようだ。だがすぐに、その目は、慈愛溢れる老爺の目に変わった。裸の肩を温かい手が抱きしめる。目から涙が溢れた。顔を手で軽く挟むと、爺さんは、素早くキスをした。あっという間の出来事だった。そして私の身体を隠すように、強く抱き締めた。(つづく) 
18/08/22 08:23更新 / 向原盛次(集約)

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