愛欲の海(17)

向原新之助と柳原誠司の出会いは、運命のいたずらに他ならない。でもその出会いが、新たな物語を紡ぎ出していくから面白い。

 白い肌の芳香

柳原誠司は好青年だった。向原伸之助が気にいったのも無理はない。肌の色が抜けるように白くて、眼は大きくて青みがかっている。その上、かぐわしい匂(にお)いがするのだ。ちょっと日本人離れした風貌だが、両親は生粋の日本人。つまり埼玉県出身のテーラー、つまり、注文服を仕立てる専門の洋服屋だったのである。

彼らが住む飯能市は、都心から40キロ北に位置している。風光は明媚だが、産業は振るわない。典型的な田舎町なのだ。両親は、子育てには随分と苦労した。洋服を注文できる人は、この町には、ごく少ししかいない。だから家の経済は大変だった。注文服の受注は限られているから。だから新学期になると、制服の注文を取るのに、精一杯の努力をした。

そんな環境でも、子供は元気にすくすく育つ。ずっと子供に恵まれなかった夫婦たが、何か身体に原因があったわけではない。あきらめかけていた40歳の時に授かったのが、一人息子の誠司だった。狂気乱舞ではないが、夫婦は飛び上がって喜んだ。この子供を立派に成人させねばならない。両親はそう神に誓ったはず。二人はそれまで以上に仕事に精を出した。

目の中に入れても痛くないというのが、正直な気持ちだった。最大限の可愛さの表現だが、夫婦にはそれが実感出来たはずだ。大事に大事に育てていきたい。神様から預かった大切な子供。そんな気持ちだったに違いない。祈るような気持だったはずだ、そんな親の想いは、子供には届かない。それでも誠司は元気に生育した。

精神も身体もすべて順調だった。近所の子供と、元気に遊びまわる普通の子供だった。野球、卓球、相撲、子供のやる遊びは、どれもみな上手にこなした。親の心配など気にもかけず、子供のリーダー格に成長した。塾も予備校もない田舎町のこと。父も母も教育ママとは程遠い。普通の親だった。でも誠司は、周りに好かれる子供だった。

中学生になったとき、誠司は卓球部に入部した。どうして選んだのかは、彼自身にもよく分からない。ただ、敏捷に身体を動かせることは、生まれつきのもので、彼自身がそのことは、自覚していたようだ。練習は週二回で、ジョギングや、うさぎ跳びなど、メニューは、結構きつかったが、その練習にはついていけた。

卓球部の顧問は、日体大卒業のがっちりしたタイプだった。新潟県出身の寺の息子で、朴訥な性格だった。いつも真っ白な越中を締め、子供たちに「ふんどし先生」と呼ばれていた。卓球部の練習でよかったことは、足腰の訓練を重視し、フォーミング・アップに時間を惜しまなかったことだ。

その成果はすぐに表れた。地区大会で優勝すると、知らぬ間に、全国大会にまで駒を進め、強豪校の一つにになった。あと一歩のところで全国大会の優勝は逸したが、相当の実力を備える強豪校こなった。誠司は三年生の時に、対外試合に出場して実力を発揮、将来を嘱望されることになった。だが、人の運命はよく分からない。誠司は、家庭の事情で高校進学を諦めて、就職することになった。

 父親の重病と就職

高齢の父親が倒れたからだ。脳溢血だった。誠司は、すぐにアルバイトを始める。それ以外に収入を得る道はなかったからだ。人生には何が幸いするかわからない。高校には進まずに就職の道を選んだ誠司は、向原の会社の従業員となり、彼のもとで働くことになった。人の一生は、無数なファクターの重なりで、誰にも予測しがたいのが事実だ。

誠司は頭のいい子供だった。だから、誰もが進学校に進み、奨学金を得て大学に進むものと考えていた。ところが中学を出てすぐに働くことになった。周りの大人は、可哀想にと思う。でも、人生の女神は、思いがけない出会いを用意していた。人生の新たな展開である。還暦近い向原新之助は、仕事一筋の男だから、それまで、幸せな家庭なぞ知らなかった。

向原は、決して独身主義の変わり者ではない。結婚もありと考える普通の男であった。たが、いい相手に恵まれなかった。波乱万丈ではないが、相手に恵まれず、年を重ねてきただけのことだ。とりわけ不遇ではなくて、良縁に恵まれなかっただけのこと。でも血のつながりだけが、社会を作り社会を発展させていく、主要因ではない。

15歳の子供を雇うのには、大きな覚悟がいる。手垢のついていない子供をどのように一人前の青年に育てあげたらいいか。考えたこともない課題に、向原は直面した。まず、土台となる知識を身に付けさせなければならない。高校で体系的に知識を学ぶのが普通である。でも、海外で事業を展開するのだから、実際に使える英語を、すぐに身に付けなければならない。向原はそう考えた。

もともと型破りな性格で、アイデアマン。新しいことに
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