画家とシカゴの爺との愛の話
アメリカンの好意
シカゴは、ミシガン湖の南東にある巨大都市です。つまり五大湖で二番目に水量の大きいところです。また、ニューヨークに次ぐ交通の要衝(しょう)です。オヘア空港は規模広大で、フリーウエイ(高速道路)に乗るには、現地人の案内が必要不可欠なところです。
無謀にも、案内人抜きで現地を目指しました。フリーウエイに出るのはひと苦労でした。規模の広大、これが米国に対する第一印象です。道路も二車線、三車線が普通で、日本とは較(くら)べものにならない。頑丈なインフラの上を、車が疾走しています。
画家の親爺さんは、車が動き出すとすぐに寝てしまいます。それはいいのですが、地図を見ながら走るのは大変です。空港で渡された地図はすべて英語表記。赤のフエルトペンで、大事な箇所にマークが付いていますが、分かりづらい。異国人には、運転は難儀でした。
どの車も100キロ以上のスピードで走り回っています。危険だし、道を間違えると簡単には引き返せない。何度も道路を降り、地図を確認してミシガン湖を目指しました。左ハンドルの車は苦手です。眠くなると危険です。だから、休み休み自動車を運転しました。
現地の人々は親切でした。白人も黒人もアジア系も混合する人種の坩堝(るつぼ)。誰もがアメリカンです。見知らぬ日本人でも地図を見ながら順路を教えてくれました。人工国家の強さはこの辺にあるのでしょう。目を覚ました爺さんも、やりとりを聞いています。
何度も道路を上ったり下りたり、最後にはパトカーに先導してもらって、郊外の目的地に到着しました。かなり遅れています。現地の空は、真っ赤な夕焼け。印象的でした。禅さんの連絡より、相当に遅れました。それでも現地の人々は、ずっと待っていてくれました。
遠路はるばるやって来た日本人のカップル。それを迎える現地の日本人。。差別のきつい現地です。その中を懸命に生きて来た日本人達です。ここには、日本とは違った厳しさがあります。また、その厳しさを超えた人間の温か味がるある。心に滲(し)みました。
屋敷の前まで先導してくれたパトカーの運転手は黒人です。いかつい顔で、「グッドラック」といいました。「どうか幸運に恵まれますように」という祈願文ですが、そのニュアンスが、われわれの心に響いたのも確かです。苦労を乗り越えた人に対する共感なのだと思います。
ふんどしは自ら洗うもの
画家の爺さんは英語はダメな人です。その小柄な爺さんが、シカゴの老人をベアハッグしました。熊のように相手をぐっと自分の腕(かいな)に引き寄せたのです。相手を労(いた)わる気持ちを、素直に表現したのだと思いました。印象的な抱擁(ハグ)でした。
抱きしめられたシカゴの爺さんは、嬉しそうに目をパチクリさせています。米国では、気持ちを大げさに表現することが大切です。日本国内とは違って、控えめな表現は、美徳ではないのです。ともかく手振り身振りで、はっきり言わなければ通じない国なのです。
シカゴの爺さんの嬉しそうな様子。その姿を見て日本人の爺さまの気持ちがどれだけ和(なご)んだことか。大切なのは、気持ちを表現して、それを正確に伝えることに尽きます。画家の爺さまは、言葉の壁を乗り越えて現地の人々に受け入れられた。その瞬間でした。
英語の話せない画家の爺さま。温かい人の輪の中にいます。連れてきてよかったと思いました。爺さんも着物が好き。下着は手縫いの「ふんどし」です。普段は六尺ではなくて、越中を締めています。小便が零(こぼ)れても、すぐに取り換えられるから便利です。
もちろんフケたちには分かっています。爺さんは何も隠さない人。着替えの時も前を隠すことはしません。風呂に行く時も皆の人前でも平気で裸になれる人です。誰もが見ても恥ずかしくない振舞いを心掛けよ。それが先人の教え、武士の矜持(きようじ)なのです。
祖父の家は何代も続いた武家屋敷。昔の封建時代の名残です。家屋敷には、昔から老若男女、多くの使用人が暮らしています。食事も、洗濯も、掃除も、人の手を煩わせなくては成り立たないくらしです。人の目の届かない場所はどこにもない暮らしなのです。
汚れた「ふんどし」を洗濯籠(かご)に入れれば、若い下働きがそれを洗うことになる。それはだめだ。汚れを落としてから入れよ。それが祖父の教えでした。母親はもっと厳しくて、下着は自分で洗えと躾(しつ)けました。わずか3歳の幼少時からです。
生活の隅々にまで生きているのは、「誰が見て恥ずかしくないことをせよ。」です。武家のくらしの原則は、恥を知ること。恥の文化と言い換えてもいいでしょう。もちろん行き過ぎれば、弊害も生まれます。でもこの厳しい規範には、いいところもあった筈なのです。
狭い国土では、暮らしは多く
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