私と親爺さんは、もちろん男の関係でした。露出狂ではないのですが、正直にかいてみます。もともと、私はスケベ爺なのです。
薄いガーゼの寝間着を着て寝るのは私のおやじです。夏でも冬でも私は裸です。祖母は埼玉の庄屋の娘で、裁縫が上手でした。12歳になるとき、晒で「越中ふんどし」を作ってくれました。サイズは、祖父のものと同じサイズでした。それから下着は自分で洗いました。たぶん祖父がそうせよと言ったからだと思います。
私が裸で寝るのは、昔からの習慣です。なぜそうするのか。理由などありません。寒くても裸で通しました。子供の頃は、寒いと祖父が人肌(ひとはだ)で温めてくれます。祖父が亡くなってからは、祖母が一緒に寝てくれました。冬の寒い夜は、人肌は温かいですね。
秋山のおやじは、胴長(どうなが)ではあませんでした。足腰はしっかりしていて、腕力は強い方です。何時間でも絵筆を握って仕事をするには、それ相応の体力がなければだめですからね。会ってすぐに、ひどい風邪をひいたことがあります。それ以来私は、病気らしい病気はしたことがありませんでした。
私は画家ではないので、おやじのようなすごい目は持っていません。でも、わたしにも形のよし悪し、とくに欠点は分かります。おやじの顔の作り、目鼻立ちが、たとえば、月形龍之介のようだった。たぶん世間が放っておかなかった筈です。おやじの顔は、小顔でかわいいのですが、でも、」美形とは言えない。本人もそれをよく分かっていた筈です。
愛を左右するホルモンの話
ところで、愛を左右する物質は、本当にあるのでしょうか。人が人を好きになる。あるいは人が人を愛するのには、何らかの物質が作用としているのか否かという問題です。あるというのが最近の答えでしょう。脳内ホルモンの話だと思います。人体には、頭の先から足の指先まで、性感帯が備(そな)わっています。皮膚は身体全部を覆い、セックスの喜びを、相手と自分に伝える、伝達器官です。(以下ややこしいので省略します。)
愛撫は、男であっても、身体を震わせ、心を満足させる手段なのです。セックスの快楽は、性感帯の感度に比例すると言ってよいと思います。乳頭に触れただけで身体を震わせる人は、セックスの感度が抜群の人なのです。愛しのおやじのベットのそばで寝てみて、おや抜群のセックス巧者だと、気づきました。何度も寝てみて、確かにそうだと思いました。
皮膚の接触は脳に伝わり、大量のホルモンが分泌され、気持ちよくなります。二人の愛撫は、相互的なものです。性感帯を一人で刺激しても、快感は大して高まらないのです。よろこびに震える相手の姿を見て、こちらも打ち震えるのが、普通の愛の姿ではないかと思いました。
男性志向の強い人物は、セックスの敏感がいいと言われています。自慰、マスターベーションの快感を知ったのは、私の場合は、なんと7歳の子供の時です。誰に教えられることもなく、白濁した精液がパンツを濡らし、驚いたのを憶えています。性的な成熟は早い子供だったと言っていいでしょう
おやじさんにも聞いてみました。「儂(わし)か。おれも7歳か、8歳の時だったよ。」母親にそのことを言うと、黙ってパンツを換えてくれました。悪ガキに、センズリが気持ちいいと話す奴がいました。でも、家ではその話はタブーでした。父親が厳しかったからだと思います。父親はクリスチャンのような、自分に厳しい人でした。子供の教育には熱心でした。
おやじさんの身体
惚(ボケ)る前に、おやじさんの身体についても、書いておきます。身体全部が性感帯の人でした。瞼(まぶた)、耳、唇、喉(のど)、どの部分も、刺激に反応しました。磨けば磨くほど、敏感になる例です。おやじさんは、何も言わなかったですが、すぐに分かりました。
キス、接吻のテクニックは、抜群でした。昔の恋人が伝授したのでしょう。軽い口づけから、舌を絡ませる本格的な接吻まで、内容は多岐で、その都度変わります。もちろん相手によって変わるのは、当たり前です。キスが好き。キスを大事にする人でした。本当に好きな人とだけやるのだ、と言いました。そのことは、徹底していました。
無我夢中で舌を絡(から)めたら、歯に当たって怪我をすることもあります。口内炎ができたと言って、内科の医師に診てもらうと、強い抗生物質をくれました。医師は黙って薬をくれますが、本当の見立ては、細菌の感染予防なのです。
おやじさんの裸体をまっすぐに見たことはありません。身体を合わせた時見える、断片的な画像を並べてみて、全体像を浮かべました。小さい身体で、載っかってくるのは、いつもおやじさんです。薄暗いランプの中に、おやじさんの裸体が、浮かび上がります。
「なで肩」ではなく、衣紋(えもん)かけのような「いかり肩」でもない。普通の形の肩
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