始まりは上野から

 上野公園の西郷像の前に到着したのは、午後三時前で待ち合わせ時間より早かった。十月もあと数日で終わるというのに夏のように暑い日で上はポロシャツ一枚で十分だった。像の前に日傘や扇子を手にした観光客がいるのはいつもの光景なのだろう。上京して半年が経ち、初めてみる像をゆっくりひと回りした後、木陰で日差しを避けて待った。
「よおっ」
 大きな声で太い右手を頭の上まで挙げながら田口さんは白い歯を見せ近づいてきた。百七十センチ程で七十キロを割るぐらいの自分と比べると、田口さんは縦にも横にも僕より二回りほど大きいがっちりした体格だった。
 年齢も十九の僕と四十過ぎの田口さんさんでは親子ほどの差があった。その体躯をラコステの紺色のポロシャツとジーンズに包んでいた彼は、端正で小ぶりな顔立ちながら浅黒い肌と太い首と腕が特徴的だった。田口さんとは一か月前に知り合って、会うのは今回が二度目だった。何年も前からの知り合いのように、田口さんは会うなり僕の肩を抱き寄せた。
「コーヒーでも飲もうか」
 と、声を掛けられ、何艘かのボートが浮かんでいる大きな池の周りの歩道を喫茶店に向かった。道行く人々には似たような体格で仲の良い二人は親子に見えてたのかも知れない。
「変なところに行かないで、ちゃんと大学行ってるか? 」
 冗談めかして、僕に訪ねて来た。
「しっかり行ってますよーっ」
 弟が兄に甘えるかのように僕は唇を尖らせて応えた。
 歩きながら、頭の中をひと月前の田口さんとの衝撃的だった出来事が駆け巡った。
 大した希望もなく、東京に行って大学生になりたいだけで入った大学なので、さほど期待はしていなかったが、いざとなると現実も、さほど面白いものでなかった。サークルにも入ったが、アルバイトを始めると参加する機会も減って夏休み以後は顔を出すこともしてなかった。
 このままではいけないと決意し、切り替えてアルバイトを頑張ろうと決意した。駐車場の管理の他に自由に通える深夜のタクシーの洗車のバイトも始めた。
 両親に「生活費は自分で稼ぐ」と断言して上京した手前、後には引けない。その大学生活も半年たち、夏休みも帰省しないでバイトしたため金銭的には少しながら好転してきたと言えないこともなかった。
 念願だった童貞も夏休み中にソープランドで卒業できた。いろんな意味で一皮剥けた気がしたのだった。そして、名実ともに大人になった僕はなぜか、この時から性欲が一段強くなった気がした。
 かといってガールフレンドがいるわけでもなく、日々自分で慰める日々だった。自慰のおかずがないかとネットで探し、ある日、上野近辺での情報に辿り着いた。
 映画館で男がしゃぶってくれるという。ソープランドでされたフェラチオの良さが頭をよぎった。事実、僕にとってはソープでの挿入してからの射精より一発目のフェラチオの方が気持ちよかった気がした。そして、ふと四月の上京したての頃の出来事を思い出した。
 大学の入学式の数日前のことだった。駅裏にある名画座と呼ばれる映画館に入った時のことだった。料金は安く、そのせいか館内は結構込み合っていた。コートを畳んで膝の上に載せて洋画を観ていたのだが、しばらくすると太もものあたりがもぞもぞしてきた。
 隣席の男がジャンパーを自分の膝に乗せその下から手を伸ばして僕の股間を撫でて来たのである。
 気にせずスクリーンを観ていると、その見知らぬおじさんはジッパーを引き下ろして手を潜らせてきた。肩を肩にくっつけて身体を寄せ大胆にもトランクスの中のモノを直に握ってきた。
 戸惑う僕におじさんは耳元で、
「トイレに行こう」
 と囁いた。
 驚いた僕は立ち上がり、急ぐように映画館を出た。
 後で考えると気持ち良かった気もするが、その時は驚きの方が上回った。
 東京は凄いな、というのが僕のその時の率直な感想だった。
 このことが契機になったのかも知れない。数か月経ち、放出できるなら男でも女でも構わないという気持ちが芽生えてきた。
 夏休みが終わり、大学の授業が始まっても周囲には何も変化がなかった。と言うより誰もいなかった。アルバイト先の同僚を除けば。 
そしてネットの情報をもとに、飛び込んだ上野の映画館の圧倒的な淫靡さに圧倒されたのは一か月前のことだった。
 平日の昼下がりにも関わらず、そこは男の性気で溢れかえっていた。
 自分の股間に伸びてくる幾多の手を振り払いながら薄暗い館内を凝視すると、蠢く男達の陰猥な性の一端が館内の表現しがたい淫臭とともに垣間見えた。
 座席は中央付近がぽつんぽつんと2席空いていたが、ほぼ満員だった。
 席は空いても直ぐに次の客で埋まった。まとめて二、三席が空いて直ぐ埋まるのが特徴だった。
 後ろから二列目の席に白い半袖シャツの若い学生風の男が座ったのが見えた。挟みこむよ
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