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(8)蘇った記憶 |
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西棟の水原啓太の部屋の前で、リョウはまだしり込みしていた。ぼくの視線を感じて、彼はつぶやいた。
「すごく怖い。でも――いつまでも逃げておれない。真実を知るために、勇気を持たなくちゃ――」 リョウはぼくを見て、きっぱりと言った。「ドアを開けて」 噴水で拾った鍵をとりだして、鍵穴に差した。ドアが開いた。長年閉めきっていたのか、室内はかび臭い匂いがした。 大きな部屋だがベッドがあるだけで、がらんとしていた。家具類は片付けられたのだろう。部屋の換気をするため、バルコニー側の掃き出し窓を開けた。 バルコニーに出て気づいた。手すりの一部が新しい。おそらくその部分だけ修理されたのだろう。手すりに近づいて思わず身を引いた。すぐ下にギザギザした岩肌の岩場が伸びていた。落ちれば、ただでは済まないだろう。 部屋に戻ると、リョウの様子がおかしかった。彼はベッドに両手をつき、上体を屈めていた。微妙に下腹部をうねらせている。まるであの時のように。 ぼくはリョウに近づいた。リョウは陶然とした表情をしている。おチンチンを勃起させていた。一体どうしちまったんだ? 「リョウ――リョウ!どうしたの?」 ぼくが呼びかけると、リョウが目を開けた。目元が潤んでいる。 「わたしは――」彼は戸惑ったようにぼくを見た。「思い出した。あのとき、啓太小父さんに抱かれていたんだ」 リョウはドアの方を見た。「そこへ大旦那さまが現れて――」 ふいに彼の体は、開いた掃き出し窓のほうに浮遊した。「大旦那さまが、何か叫んでいた。わたしは怖くなって逃げだした」 ぼくは彼の後を追って、バルコニーに出た。 リョウの姿がスッと手すりを乗り越えた。 「あぶないっ!」 ぼくはとっさに右手を伸ばした。幽霊が下に落ちるはずがない――自分の馬鹿げた行動に苦笑した。 しかしリョウは空中で、ショックを受けたようにぼくのほうを見ていた。 「――わたしは大旦那さまから逃げてバルコニーに出た。でも勢い余って手すりにぶつかり、手すりが壊れた。そして下に落ちて死んだ」 部屋の中で、リョウは、ぽつりぽつりと話しだした。「あのとき大旦那さまは、わたしを助けようとして手を伸ばしたんだ。きみの差し出した手を見て気づいた。わたしの胸にある模様は、大旦那さまの手だったんだ。そして――大旦那さまも一緒に落ちて、死んでしまった――」 ぼくの記憶は完全に戻ったわけではない。でもリョウのほうは、自分が何者で、なぜ死んだのか、そのへんの記憶は取り戻せたようだ。 あとは小山陽造の問題だ。ぼくの脳裏に不吉な考えがよぎった。 新聞の記事によれば、祖父と父の遺体が発見されたのは、陽造が島に来たあとのことだ。二人は陽造に殺されたのかも知れない。それにG・Gもまだ見つかっていない。ひょっとしたらG・Gも――。 恐れは怒りに変わった。陽造と対決する。でも力では陽造にかなわない。なにか武器になるものが必要だ。そこで思い出した。水原壮一郎の部屋にゴルフ道具があった。 ぼくは、物思いに沈むリョウを残して、部屋を出て行った。 ――*―― 中庭の機械室の前で、ぼくはためらっていた。片手にはゴルフ道具のアイアンを持っているが、はたして陽造に太刀打ちできるだろうか。それに、彼はまだ中にいるのだろうか。 おそるおそるドアノブに手を伸ばした。鍵がかかっていた。ポケットからマスターキーを出してドアを開けた。中は真っ暗だった。手探りでドアのわきにあったスイッチを入れた。裸電球が点いて室内の様子が分かった。 機械類や太い配管が並んでいた。どうやらこの部屋で機械を動かして給水や発電をしているようだ。右手にドアがあった。もうひとつの部屋があるようだ。 ふいにその部屋から声がした。 「おい、だれかいるのか?」 G・Gの声だった。このドアも鍵がかかっていたので、マスターキーを使って開錠した。 ドアを開けたとたん、あやうくG・Gに殴られそうになった。 「トシ!」ぼくを認めて、G・Gが声をあげた。「てっきりあの男かと思った」 あの男とは、小山陽造のことだろう。 ぼくはこれまでのことをG・Gに話した。リョウのことは、話しても理解されそうになかったから省いた。新聞の切り抜きのニュースで、すでに父さんが死んでいたことを話すと、さすがにショックを受けたようだった。最後に、ぼくが陽造に犯されたことを話すと、G・Gは憤った。 「あの野郎、ただじゃ置かん」 G・Gのほうは、父さんに会わせると男に騙されて、この部屋に入ったとたん閉じ込められたという。なんでも父さんは、中世に暴れていた村上水軍という海賊の遺跡を調査している、ともっともらしい話をされたらしい。 ぼくはパソコン内にあった、父さんのMEMOを思い出した。(――機械室の下に古い洞窟がある――) 「それで陽造という男はどこに行った?」 G・Gに訊かれて、リョウの言っていたことを頭に浮かべた。たしか彼は、陽造のあとをつけて、この機械室に入るのを見たと言っていた。 「まだこの機械室から出てないかも知れない。ほかに部屋が――」 ぼくは機械室を見渡した。奥の隅っこに開口部があるのに気づいた。 行ってみると、下に降りる階段があった。ぼくはG・Gと顔を見合わせ、階段を下りて行った。 下はコンクリート壁の狭い部屋だった。スチール棚に、ロープ類と古いカンデラが数台置いている。壁の一面に、大きな両開きのスチールドアがあった。 ドアは錆びた軋み音をたてて開いた。その奥に岩肌が剥き出しになった坑道が伸びていた。壁の上部に電線が張り巡らされ、ところどころに裸電球が、明かりを点していた。 下り傾斜の坑道を50メートルほど歩いたところで、大きな空間に出た。下の方から水の音がする。右手の暗闇の手前にスチール製の手すりがあり、音はその先から聞こえていた。 そして左手に、木箱が乱雑に積まれたところがあった。そこに陽造の姿があった。彼はしゃがみ込んで、陶器の壺など骨とう品を弄っていた。 ぼくたちが近づいて行くと、陽造はこちらに気づいて驚いた表情をした。彼は立ち上がって、のうのうと言った。 「おやおや、ようやくきみたちは会えたようだね」 「会えたようだね、じゃないよ。あんたはぼくに嘘をついて、G・Gを部屋に閉じ込めていたでしょう」 ぼくは言って、嚇すようにアイアンを振り上げた。 「待った!謝る。謝るから勘弁してくれ!」 陽造は両手をあげて降参のしぐさをすると、その場で土下座した。 あまりにも芝居じみたしぐさに、ぼくは内心で吹き出した。 「G・Gどうする?」 ぼくが訊くと、G・Gはあごに手を当ててうそぶいた。 「そうだな、とりあえずは裸に剥いて、百叩きの刑にするか」 とたん、陽造がうしろに跳ね飛んだ。 「待ていっ!そんな残酷なこと、許されると思うのか。おれは暴力を使ってないんだぞ」 「暴力を使ってないだって。じゃあこのぼくちゃんに何をした?」 G・Gはぼくのほうを見た。 陽造があわてて手を振った。 「待てっ!あれは――愛情表現だ」 「そうかい。じゃあ、わたしもお前に愛情表現してみようじゃないか」 「勘弁!あんたのはでかすぎる」 ぼくは横で聞いていてあきれた。まるで掛け合い漫才だ。真剣さがまったく無い。でも少なくとも陽造が極悪人でないことが分かった。いわゆる小悪人タイプの男だった。悪いことはするが、大きなことはできない。 そこでぼくは気になっていたことを訊いた。 「父さんたちが死んだときのことを話して。一緒にいたんでしょう?」 陽造はとつとつと話しだした。 ――2023年2月10日、瀬戸内地方で大地震があったとき、3人はこの洞窟にいた。中世の村上水軍の足跡を辿って、海から洞窟までのルートを調べていたときだ。縄梯子を使って崖から水路に降りているとき、運悪く大揺れが襲った。それで仙一と圭一郎は水路に落ちて、海に流されてしまった――。 ぼくたちはそのルートを辿ってみることにした。上から下の水路まで、かなりの高低差がある。苦労して縄梯子を下りた先の水路に、手こぎボートが係留されていた。3人乗って、水路を海に向かって進んだ。まるで洞窟探検だ。 やがて外の明かりが見えてきた。 洞窟から出た先は、大きな岩の点在する海だった。ごつごつした岩の間を抜けて左に行くと、砂浜が広がっていた。 「ここできみの爺さんとお父さんは発見されたんだ。――その昔、自殺したおれの親父が流れ着いたように」 ぼくは驚いたが、同時に執事の日記を思い出した。(――西の岩場の海岸で、啓太さまの溺死体が発見された――) ぼくたちは砂浜で舟から下りた。 そのまま靴を脱いで水に入った。打ち寄せる波が、足首を洗う。冷たくて、気持ち良かった。 そのうち、陽造が服を脱ぎだした。泳いで汗を流すという。素っ裸になった彼の肉体は、目のやり場に困るほど、いかにもオヤジっぽく肉感的だった。 いつ来たのか、リョウが横にいた。 「落ち着いたの?」 ぼくの問いかけに、リョウはうなずいた。 「ああ、おかげですっきりした。ぼくが死んだときのことも、ぼくを助けようとした大旦那さまの愛情も――すべて分かった」 そう言うリョウの表情は神々しく見えた。 「これでお別れだ。きみと一緒にいて楽しかった。おかげでわたしは、生きているときの喜びを思い出すことができた」 リョウの姿が薄れていく。遠ざかる声が聞こえる。「ありがとう、トシロウ」 そして彼の姿は虚空に消えていった。 G・Gのところに行くと、彼はおもむろに言った。 「どうやら友達との話は終わったようだな」 「えっ!G・G、見えていたの!」 G・Gはそれに直接答えず、海で泳ぐ陽造のすがたを目で追った。 「どうやらサメの危険はなさそうだな」 言ってG・Gは服を脱ぎだした。「わたしもすっきりしてくるか」 素っ裸になると、G・Gは海に向かって歩き始めた。白い豊満な肢体が、目にまぶしかった。 |
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26/08/11 07:34 神亀
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