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(4)リョウの記憶 |
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応接室にあるもうひとつのドアを開けると、そこは廊下だった。すぐ左手にあるドアは玄関のホールに通じている。右側、廊下沿いに3つのドアがあった。
まず、手前のドアを開けてみた。シングルベッドと書き物机、飾り棚、部屋の隅に床置きの金庫があった。 壁にスケジュール兼用のカレンダーが貼られていた。2022年のもので、スケジュール蘭に記入されたのは2月までだった。細かい記入内容から推測すると、この部屋は執事が使っていたようだ。 リョウは書き物机のところで、何かに気を取られていた。近寄ると、机上に2つの写真立てがあった。可愛らしい幼児の手をつないだ細身の男性の写真。もうひとつはリョウ自身の写真だった。20歳くらいだろうか、童人形を思わせる可愛らしい顔立ちをしている。 試しに写真をケースから取り出して、裏面を見た。メモがあった。親子連れらしい写真には、1971年5月、良一5歳。もう一枚には、1989年3月と書かれていた。 「この写真はリョウだね」 ぼくが訊くと、リョウはうなずいた。 「ああ、思い出した。一緒に写った人はわたしの父さんだ。父さんは、この屋敷の執事をしていた――」 「記憶が戻ったんだね。ほかに何か思いだした?」 リョウは肩をすくめた。「ほかにはとくに――」 ぼくは写真に書かれたメモから、ざっと計算した。 「1971年に5歳ということは、リョウは1966年生まれ。だから今年60歳になるね」 不思議な感じだった。いま目の前にいる可愛らしい顔をしたリョウが、ぼくの父さんより年上だとは――。 机の引き出しは空だった。横の壁に金具の突き出たボードがあり、2本の鍵がぶら下がっていた。鍵の1本はその形状からみて、マスターキーのようだ。ぼくは2本ともポケットに入れた。 部屋の隅にある金庫は精巧なダイヤル錠で、とても開きそうになかった。 ほかには取り立てて、役に立ちそうなものは見当たらなかったが、頭の片隅に何かが引っ掛かっていた。 部屋を出ようとして、その引っ掛かっていたものに気づいた。 ぼくは机に戻ると、親子の写真を取り上げた。写真のしたの方に、数字が書かれていた。『16・5・21・9』さっきは、気にも留めなかった数字だ。 (ひょっとして――) ぼくは写真を持って、金庫のところに行った。そして扉の前に屈んで、ダイヤル錠を回した。右16・左5・右21・左9。かすかにカチッという音がした。 ビンゴ!ぼくは胸躍らせて、扉を開いた。中には一冊のノートがあった。 ぼくはノートを手に取った。表紙に、宮田誠二と書かれていた。ページをめくってみた。どうやら私的な日記帳のようだ。ぼくはざっと拾い読みした。 (宮田誠二の日記) 1984年6月/仙一さまの長女、綾乃さまが生まれて、屋敷内は急に華やいだ雰囲気になった。このころ、大学を卒業した啓太さまが、若い女性を連れて島に戻られた。大旦那さまは、二人のご子息が島に戻られて、おおいにご満足されたようだ。 長男仙一さまは、大旦那さまのお仕事の手助けをされている。少し心配なのは、次男啓太さまが定職につかず、書庫に入り浸っていることだ。なんでも小説家を目指しているという。 1985年11月/啓太さまの連れの女性、恵子さまが男子を出産された。啓太さまが陽造と名付けられた。お二人はまだ正式には婚姻されていない。 1988年4月/恵子さまが2歳の陽造さまを連れて島を出て行かれた。大旦那さまはそのことについて、とくに何もおっしゃっていないが、啓太さまに対する態度は冷たかった。 1989年3月/大学を卒業した良一が、島を訪ねてきた。すでに東京のコスモ本社に就職が決まっていたので、会社オーナーである大旦那さまにご挨拶させた。大旦那さまは良一を一目見て、たいそう気に入られたようだ。 同年4月/息子を大旦那さまに会わせたのが、間違いだったのかも知れない。大旦那さまは良一を島に留め、お屋敷の2階に部屋まであてがわれた。大旦那さまのお気持ちがよく分からない。 1990年5月/長男の仙一さまが、奥さまと綾乃さまを連れて、島から出て行かれた。表向きは綾乃さまの進学のためとおっしゃっているが、大旦那さまやご次男の啓太さまの性癖が原因のように思われる。明るい性格をされた綾乃さまがいなくなって、お屋敷の中は急に火が消えたようになった。 「思い出した。アッちゃんだ!」 背後から覗き込んでいたリョウが声をあげた。「ここで書かれた綾乃さま――わたしたちは、アッちゃんと呼んでいたんだ。よくピアノを弾いていた子だよ」 綾乃という女の子がぼくの母だろう、ということはすでに気づいていた。それでもあらためてリョウの口から聞くと、心臓が高鳴った。子供時代の母さんの一端が窺えたからだ。 ぼくは先を読み進めた。 1991年8月/わたしの不安が的中した。夜、良一の部屋に行ったとき、見てはならない光景に出くわした。なんと全裸の大旦那さまと良一が、ベッドの上で抱き合っていたのだ。 1995年12月/大旦那さまと啓太さまが、激しく言い争いをされた。啓太さまの日頃の素行の悪さから、もともとお二人の仲は悪かったが、今回は、良一が原因のようだ。ああ、何とかしたいが、一介の執事に何ができようか。 1996年6月/ついに恐れていたことが起きた。それも最悪の形で。良一と大旦那さまが死んだのだ。こうなる前に、何とかならなかったのか。自責の念に囚われたが、今となってはどうしようもない。 同年7月/小雨の中、生前の大旦那さまのご要望に従って、良一の遺骨を大旦那さまと同じ墓に納めた。でもわたしは、良一の墓を密かに注文した。せめてあの世では、大旦那さまから離してやりたかった。 夕方、警察から知らせがあった。西の岩場の海岸で、啓太さまの溺死体が発見された、というのだ。 同年8月/長男仙一さまは葬儀のあと、そのまま島に残られて、大旦那さまの仕事を引き継がれた。奥さまと綾乃さまはこれまで通り東京で生活されるという。忌まわしい記憶の残る島に、奥さまたちを住まわせたくないのだろう。 仙一さまが鍵を中庭の噴水に投げ込まれるのを目撃した。西棟の啓太さまが使われていた部屋の鍵だ。6月の事件を思い出したくないためだろう。 ――*―― 執事の日記は、そこで終わっていた。書く気力が失せたのか、それとも続きの日記帳があるのか、それは分からない。でも、これで少なくとも、リョウに関わる事情がだいぶ分かってきた。念のため執事の日記を撮影して、スマホに残した。 日記を読んだリョウは考え込んでいた。彼と屋敷の主人が男色関係にあった。そして1996年の6月、二人は同じ日に死んだ。リョウがちょうど30歳のときだ。ということは、今の姿は30歳のままということだろう。 その日、なにがあったのだろうか?仙一は、弟啓太の部屋の鍵を噴水に投げ込んでいる。その部屋が、事件となにか関係あるのだろうか? ぼくはリョウに、当たり障りのない聞き方をした。 「この日記を読んで、何か思いだしました?」 リョウはまだ考え込んでいた。 「わたしのことが書かれていても、なんだか――他人事のように感じる。でも父の書いていることは、すべて実際に起きたことだろう」 ぼくは彼を慰めた。 「すべて思い出せなくても、一歩前進ですね。他の部屋をまわりましょう。別の手掛かりが見つかるかもしれない」 ぼくたちは執事室を出て、奥の二部屋を見たが、従業員用の部屋とトイレや浴室があるだけで、とくに手がかりは無かった。 廊下の端に行くと、2階への階段をあがった。 階段を上がってすぐの部屋には鍵が掛かっていた。先ほど執事室で入手したマスターキーを使ってみたが開かない。マスターキーでも開かないドアがあるのかと思って、もう1本の鍵を試した。ビンゴ!ドアはなんなく開いた。 部屋は片づけられていたが、一部、昔のまま残されているところもある。 書棚には書籍や雑誌類が並び、壁に掛けられたコルクボードには、日本各地の風景写真がピン止めされている。そのうちの一枚、古民家の前に立つ若者を見て、この部屋がリョウのものだと気づいた。 リョウは思い出そうとするように、部屋の様子を見ていた。その姿を後ろから見ていて、ぼくは不謹慎なことを考えた。(へーえ、クリッとしてかわいらしいお尻をしてるんだ。あのお尻を大旦那さまは愛していた――) リョウは若いころの自分の部屋を見ても、大した記憶は蘇らなかったようだ。 廊下に出たとき向かいにもドアがあった。開けると、屋根付きの開放廊下が伸びていた。下には噴水池や花壇のある中庭が見える。どうやらパティオ形式の建物らしく、廊下は向かいの建物まで伸びている。その廊下の中間地点に、2階建ての建物が繋がっていた。 外廊下を歩いているとき、リョウの歩みが止まった。不安な表情をしている。 「どうしたの?」 ぼくが訊くと、リョウは恐る恐るといった足取りで近づいてきた。 「なんだか心臓がどきどきしてきて――以前こんな気持ちになったような」 (幽霊でも心臓が動くんだ)ぼくは妙なことで感心した。 途中にある建物のドアは、拍子抜けするほど簡単に開いた。まるでつい最近まで使われていたような感じだ。 最初に、古風な天蓋付きのベッドが目についた。最近まで使われていたのか、清潔なシーツが掛けられている。 窓際にはどっしりしたオークの机があった。その上に写真立てがあった。近づいて取り上げた。背の高い老人が若い男の肩に手を置いたツーショット写真。 色褪せているが、老人はこの家の主、水原壮一郎だと分かる。そして若い男は、リョウだった。 リョウはベッドのそばに立ちつくしている。 「大旦那さま――」 リョウはつぶやくように言った。「このベッドでわたしは――」 色褪せた写真を手に、ぼくは奇妙な気分だった。時代めいた天蓋の下で、リョウと家の主が絡み合った姿が浮かんでくる。リョウはそのときのことを思い浮かべているのだろうか。ぼくはあえて声をかけなかった。 部屋を見渡していて、壁の一面の模様に気づいた。壁紙の中央部分に、色褪せていない四角形の跡が残っていた。壁に掛けていた何かを取り外した跡だ。 その何かはすぐに分かった。隅の方に裏返しに立てかけられたボードがあった。表向きにすると、立派な油彩画だった。 椅子に腰かけた水原壮一郎と、その両サイドに立つ二人の若者の姿。二人はあまり似ていないが、おそらく壮一郎の息子たち、仙一と啓太だろう。この若者のどちらかが、ぼくの祖父だと思ったが、特別な感情は湧いてこなかった。それにしてもなぜ、この絵を壁から外したのだろう? ![]() |
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26/08/07 04:37 神亀
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