| 戻る / 目次 / 次へ |
(2)そして今 |
|
急に火の玉が現れたお陰で、ぼくはかろうじて難を逃れることができた。しかし落石のあおりを食って地面に倒れ込み、埃まみれになっていた。
服にこびりついた土埃を払いながら、周りを見まわした。だれもいない。さっきの声、そして火の玉は何だったのだろう?島の上で火の玉が飛んでるのを見た者がいる、と船長は言っていた。マジで、と思った。 それはともかく、ぼくはふたたび、先の道を歩きだした。高い空に白い雲が浮かんでいた。丸っこい雲が二つくっついて、豊満なお尻のようだ。ついG・Gの大きなお尻を連想してしまう。先端が膨らんだ細長い雲もある。あ、あれはG・Gのおチンチンだ。いかん!なんてこと考えるのだ、ぼくは――。 尿意を覚えて、道端で立ちションした。少し大きくなっている。包皮の先から覗いたピンク色の一つ目小僧――ちょっとエロい気分になって、しごいてみた。 えっ!――人の気配に、ぼく慌ててまわりを見た。だれもいない。ぼくは気を取り直して、歩き始めた。 前方に大きな洋館造りの屋根が見えてきた。 ようやく屋敷の一画にたどりついた。周囲は高い煉瓦塀で囲まれ、中央の開口部は人を遮るように、いかめしい鋳物の門扉がある。扉の鉄枠に鍵穴を見つけた。試しに前後に揺さぶってみたが、軋み音がするだけでびくともしない。 (なんだよ、G・Gはどうやって入ったんだ) 鉄扉の向こう側に広い石畳が伸びて、玄関ポーチにつながっている。玄関ドアは両開きの重厚な木製で、当然のことにぴっちりと閉ざされている。 「G・G!」 ぼくは声を張り上げた。しばらく待ったが、屋敷からは何の動きもなかった。 「父さん!」 今度は父を呼んだが、すぐやめた。16年間のブランク、期待と不安と苛立ちがこれ以上父を呼ぶのを思いとどまらせた。 ふと気づいた。右手のほう、塀伝いに細い道がある。ひょっとして屋敷の裏手に通じているのかもしれない。ぼくはその小道を歩きだした。 左手に小さな墓地らしい敷地があった。雑木が茂り、隙間越しに西洋風の墓石が見える。小道沿いのレンガ塀は途切れ、それと直交して板塀が奥に伸びている。おそらく屋敷と墓地を区画する塀だろう。 ぼくは墓地に入り込んだ。丈高い雑草がはびこっていて、長い間、放置されていたのがわかる。 石板状の墓石が並んでいた。 中央に一段と大きな墓石、横書きで水原壮一郎1925〜1996とある。その両側には少しサイズの小さい石板がある。 左側は水原仙一1959〜と記され、下にすこし小さい文字で、美智子1960〜2010、綾乃1984〜2011と刻まれている。 右側は水原啓太1961〜1996とある。 父親と二人の息子の墓だろうか?西洋風の墓石から類推すると、キリスト教徒かなにかだろう。 それより、水原仙一の墓石にある綾乃という文字を見て、ハッとした。ぼくの母親の名前と同じだったからだ。(母さんの旧姓は水原と聞いている。じゃあ母さんはここに――) それにぼくの祖父と思われる、水原仙一の死亡年度は記入されていない。祖父はまだ健在で、屋敷に住んでいるのだろうか? なんだか不思議な気がした。ぼくはこれまで親族のだれとも会っていない。それが今、母方の親族がいちどきに分かったのだ。それもほとんどが、物故者ばかりだ。 ふと、だれかに見られているような感覚に襲われた。 振り返って、墓地の周囲を見渡したが、人の影は無い。そのとき墓地の片隅に、小さな墓石を見つけた。近づいて見た。小さくてレリーフの無い素朴な墓石だ。銘は縦書きで、良一とだけ刻まれている。 その寂しげな墓石の風情が、妙に気になった。ぼくは、良一という人物がかわいそうに思えて、墓石の周りの雑草を抜いた。そして最後に、生えていたヒナギクを折って、墓前に供えた。 「ふーん、親切なんだね」 背後から声が聞こえ、ギョッとした。 後ろを振り向いて、ぼくは固まってしまった。 半透明の青白い男が宙に浮いていた。明らかに幽霊の容相だが、足がある。しかも全裸で、股間のおチンチンもしっかりと付いている。 その物体は、ぼくに向かって言った。 「きみ、わたしが見えるの?声も聞こえるの?」 「あ、わ、わ、見えてます――聞こえてます――」 ぼくは震え声で答えながら、これは夢の中だと自分に言い聞かせた。眼をぎゅっと閉じて開けたが、青白い男の姿は消えてない。 「ふふ、わたしが見えるんだ。――ずっと待っていた。きみのような人が、ここにやって来るのを」 「きみのような人って――」 「わたしのことが見える人だよ。それに声も聞こえる人だ」 「他の人は出来ないの?」 「ああ――これまでわたしに気づいた人は、だれもいなかった」 ぼくは幽霊と普通に会話していることを、奇妙に思った。そこで火の玉のことを思いだした。 「さっき落石にあったとき、火の玉を見かけたんだ。あれって何なの?」 「ああ、あれはわたしだ。空を飛ぶときは火の玉になるんだ」 「じゃあ、ぼくは、あなたにお礼を言わなくちゃ。あの火の玉のお陰で、落石を避けることができたんだ。ありがとう」 そこで船長の言葉を思い出した。「ねえ、船長さんが言ってたけど、夜中にこの島で火の玉が飛んでるのを見た人がいるって。その人も、あなたを見ることが出来るってことでしょう」 幽霊はすこし考えているようだった。 「あるいは、火の玉になっているときは、人に見えやすいのかも知れない」 (そうかもね)と思った。だいたい幽霊話に火の玉はつきものだし、火の玉を見た類の話はけっこう多い。 「ずっと一人だったの?」 「そう、一人ぼっちでずっとこの島にいた」 なんとなく同情した。改めて幽霊を見ると、背が低くふっくらとして、子供のような体型をしている。それに年齢の分かりにくい顔つきをしていた。童顔なのでぼくより若く見えるし、あるいはもっと年上にも見える。 「ねえ、何歳になるの」 ぼくが訊くと、幽霊は困ったように肩をすくめた。 「分からないんだ。わたしには記憶が無い。自分がだれだったのか、何をしていたのか。またどうして死んだのか――すべて分からない。だから天国にも行けずずっとこの世をさまよっているんだ」 幽霊が気の毒になったが、ぼくにはどうしょうもない。そこで我に返った。 (そうだ、早くG・Gを探さなくちゃ) で、ぼくは言った。 「ぼくは、あの屋敷に行かなくちゃいけないんだ。白人なんだけど、ぼくの義父にあたる人が、屋敷に入ったと思うんだ」 「さあ――その人は見ていないな。今日はきみが、波止場から歩いて来るのを、ずっと見ていたから」 (ああ、それで、だれかに見られているような気がしていたんだ)そこでハッとした。(じゃあ、ぼくが道端でおしっこをしているときも――) 急に恥ずかしくなったので話題を変えた。 「ねえ、あなたの名前は良一さんでしょう?」 幽霊は怪訝そうにぼくを見た。 「どうしてそう思うの?」 「だって、この良一って書いているお墓は、あなたのものでしょう?」 ぼくは目の前の墓石を見やった。 「りょういち――りょういち」 幽霊は何度かつぶやいて、ハッとした表情をした。 「思い出した。わたしはリョウと呼ばれていたんだ。でもこのお墓に、わたしは入っていないよ」 「じゃあ、どのお墓なの?」 幽霊は3つ並んだ墓のほうを指さした。 「あの真ん中のお墓に入ってるよ」 水原壮一郎1925〜1996と書かれた墓だ。でも幽霊はとても71歳とは思えない。ぼくの疑問に答えて、幽霊は言った。 「あのお墓は別の人のものだけど――なんでだか分からないけど、わたしだった骨はあそこに入っているよ」 「ふーん。じゃあぼくはG・Gを探すので、お屋敷に行くね」 ぼくは断りを言って、歩きだした。それで幽霊とは別れたつもりだった。 |
|
26/08/06 04:20 神亀
|