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(1)2時間前 |
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――あなた、どうしたの?
――ブレーキがきかないんだっ!緊迫した声が聞こえる。 不意に血も凍るような悲鳴――。 きゃあーっ! そこで目が覚めた。これまで何度も繰り返されてきた、夢のシーンだ。 横たわるぼくの体に、微かな振動が伝わって来る。寝汗をかいていた。ぼくはあくびをして、クッション代わりのリュックサックから身を起こした。 小型船が、瀬戸内海の穏やかな海を滑っていく。青い海の中、切り裂かれた白い波が、船側をうねりながら流れ去る。 操舵室の中で舵を握っている後ろ姿が見える。60代、無精ひげを生やした船長だ。ぼくは部屋をすり抜けて、船首のほうに向かった。 G・Gが手すりをつかんで、流れ去る海の景色を眺めていた。太めの体型、大きなお尻――いつ見ても癒される姿だ。 声をかけると、振り返ってニッと白い歯を見せた。灰色の瞳がぼくを見る。 「ようやくお目覚めのようだな、ぼくちゃん」 ぼくは思わずぼやいた。 「どうしていつも、同じ場面で目が覚めるのだろうな――」 「また悪い夢を見たのかい?」 G・Gの問いに返事をせず、すねたようにそっぽを向いた。 「まだあのことを怒っているのか。だから謝っただろうが」 あのこととは、G・Gが父のことで大きな嘘をついていたことだ。 ぼくは、ぼそっと言った。 「本当に申し訳ないと思ってるの?あまり誠意が感じられないけど」 「おいおい――」 G・Gが何か言おうとしたとき、操舵室から船長の声が届いた。 「浄土島が見えてきたぞ。そろそろ降りる支度をしてくれ」 海の向こうに小さな島影が現れた。緑に覆われ、一部切り立った崖も見える。島はみるみる近づいてきた。 えっ、ぼくは何者なんだって?そうだな、名前は浅香俊郎、大学3年生で21歳になったばかりだ。色男、金と力は無かりけり――少なくとも、ぼく自身はそう思っている。 7月の終わり頃、行方不明だった父親から手紙が来た。寝耳に水だった。 会いたい、今度の夏休みに瀬戸内海の浄土島まで来てくれないか――という内容と10万円が同封されていた。 G・Gにそのことを伝えると、彼は驚いたようだが、どことなく作られた反応に見えた。 (何か事情を知っているな)そう思ったぼくは、G・Gを問い詰めた。 G・Gは考えた末、意を決めたように話しだした。 「きみのお父さんに強く言われていたんだ。息子には、行方不明だとしておいてくれ。時期が来たら、きっと会いに来るから――と」 それでも疑問が残った。(なんで父さんは、ぼくを置いて行っちまったんだ) ぼくは父の身勝手さに怒りを覚えた。そして、父のことでずっと嘘をついていたG・Gにも怒っていた。 「実は怖かったんだ。あの当時起こった事件のことを話せば、きみの精神に重大な影響を及ぼすんじゃないかって――」 G・Gは真実をとつとつと話しだした。ぼくが5歳のとき、親子3人のドライブ旅行中に事故が起きた。ブレーキが利かずに、車はガードレールを突き破って側道に転落した。そのとき母が死亡した。ぼくと父は一命をとりとめたが、しばらくは病院生活だった。 退院した父は地獄を見た。車の整備不良。妻の死。父は世間から冷たい目で見られた。また警察から、保険金殺人の疑いをかけられた。妻が資産家の娘だった上、死亡保険金もかなりの高額だったからだ。結局、その疑いは晴れたが、父は失意のどん底に陥り世間から姿を消した――。 実は、ぼくには5歳までの記憶が無い。父や母の記憶もない。彼らがどんな顔をしていたのか、どんな性格だったのか――。 精神科医によれば、極度のストレスやトラウマが引き金になって、特定の記憶や情報が失われることがあるという。G・Gから車事故の話を聞いて、ぼくの症状や悪夢の原因が、ようやく分かったような気がする。 G・Gはぼくの育ての親だ。アメリカ人で名をゲイル・グッドマンという。現在56歳になる。どうして幼いぼくを育ててくれたのか。後日、そのことを訊いたら、父の親友だった、と言うばかりだ。今どきそんな理由だけで、他人の子供の面倒をずっとみるなんて、よほどのお人良しだ。 G・Gはさっぱりした性格と恰幅の良い体つきをしている。仕事はプロのジャズバンドでベースをやっている。彼をG・Gと呼ぶのは、ちょうど日本の子供が祖父のことをジージと呼ぶのと似ている。G・Gがそう呼べと言ったのだ。 ――*―― 島には小さな波止場があって、船はそのまま岸壁に寄せられた。 ぼくたちを待っている者は、だれもいなかった。所どころ剥がれたコンクリート床の亀裂に雑草がはびこって、気分を滅入らせる。 「なんだよ、父さん、島に来いと言っておきながら、待っていないじゃないか」 ぼくが不平たらしく言うと、G・Gも予想外だったようだが、父をかばった。 「何か事情があったのだろう。こちらから出向くか」 「やっぱりここに来るべきじゃなかったんだ。16年もぼくをほったらかして、おまけにいざという時には迎えにも来ない」 ぼくはすねたように船のほうを見た。「ねえ、このまま船に乗って戻ろうよ」 G・Gは困った表情でぼくのほうを見ていたが、少し考えて言った。 「じゃあこうしよう。私がお父さんを探してくるから、きみはここで待っていなさい。そんなに大きな島じゃないんだ。すぐに見つかるさ」 G・Gは身支度を整えると、さっさと出発した。 どうやら居住区は島の高台にあるらしく、今いる波止場から崖に沿って石の階段が伸びていた。その階段を上っていくG・Gの後ろ姿を見送っていると、肉付きの良い大きな尻がもくもくと動いている。ぼくは下腹部がざわつくのを覚えた。 実は、ぼくとG・Gは特別な関係にあった。ぼくが18歳の誕生日を迎えた夜、G・Gがぼくの部屋に来て――男同士の世界を教えてくれたのだ。 めくるめく一夜を過ごして、ぼくは白人男性の豊満なお尻に夢中になった。しかし何事も、楽あれば苦あり、そのうちG・Gはぼくのお尻も所望しだした。 産みの苦しみ――いや受け入れの苦しみだった。年配者のやわらかさはあっても、外人の性器は太いのだ。でも慣れてくると、大きな安心に包み込まれているような気分になった。快感らしきものも覚えた。 それ以来、ぼくとG・Gは、入れて、入れられて、男同士の裏表の悦びを楽しむようになっていた。 「あの外人さんの後を追わなくてもいいのかい?きみのお義父さんだろう」 船長の声に、ぼくは振り向いた。 「大丈夫です。本当の父さんは、この島にいるらしいけど。でも事情は複雑なんです。父さんはずっと行方不明だったんで――」 「ちょっと待ってくれ。それ以上の説明は無しだ」 船長はぼくの話をのんびりと遮った。「悪いが、他人の事情に、首を突っ込む性質じゃないんでね」 それではそっけないと思ったのか、船長は言い訳した。「それ以外のことなら、何だって話してやるよ」 ぼくはそっと船長の顔を見た。よく日焼けした肉厚の顔に、灰色の無精ひげを生やしている。茶色の瞳が、象のような優しさを帯びている。大柄で太目の体つきだが、潮風に鍛えられた健康的な逞しさを感じる。白いズボンの前の膨らみを見て、好色な気分になった。G・Gの影響で、ぼくはフケ好みなのだ。 (いきなり、チ○ポを咥えさせてください、なんて言ったら、船長、どんな顔をするだろうな)不意にそんな考えが浮かんで、ぼくは頬をゆるめた。 「なんだ、何かおかしいのかい?」 船長の声に、ぼくは慌てて否定した。 「いえ、何でもありません。あのう――船長さん、すごく体格がいいけど、何かスポーツでもやってたんですか?」 「ああ、柔道をやってた。これでも一時期は、警官だったんだ」 「えっ、警官だったのですか――なぜ辞めたんですか?――あっ、すみません。プライベートなことを聞いて」 「いや、構わんよ。警官をやめたのは、ある朝ベッドから起きたら、制服が体に合わなくなっていたからだよ」 ぼくは船長の顔をまじまじと見た。(真面目な顔をして、この人、ぼくをからかっているのか?) 「あ、きみは今、からかわれているんじゃないか、と思っただろう。正解!」 そう言って、船長はぼくの背中をドスンと叩いた。 (面白い――ちょっとむかつくけど、大部分は面白い) ぼくは気を取り直して、そっけなく言った。「今のジョークは、暇なときに笑っておきます。ところで、この島のことはご存じですか」 「島のことか――浄土島はその昔、村上水軍という瀬戸内の海賊どもの拠点になっていた、といわれている。島のどこかに、奪った財宝が隠されているんじゃないか、なんてうわさもあったが――」 船長は笑った。「まあ、根も葉もないうわさだ。それから――出るそうだ」 「えっ、出るって――何が出るんですか?」 船長は意味深にぼくの顔を見た。 「夜、島の上で火の玉が飛んでるのを、見た者がいるんだ。海賊どもに殺された亡者じゃないか、てね」 「――」 「怖くなったかい?」 船長はニヤッとした。「戦後、ある大金持ちがこの島を買って豪邸を立てた。永らく住んでいたが、良くないことが次々と起こってな。結局、家人はよそに引っ越したようだ」 (良くないことが次々に起こった?)ちょっと気になったが、話題を変えた。 「船長さんは、この島によく来るのですか?」 「滅多に来ない。3年ほど前、一人の男を乗せてきたことがあったが」 「えっ、どんな人?」 船長はしまったという顔をした。 「悪いがこれ以上は話せない。他人事について、とやかく言いたくないんだ」 そこで腕時計を見た。「おっと、もうこんな時間か。他に行くところがあるので、わしはいったん引き上げる。迎えは夕方5時に来るからね」 船長と別れたぼくは、一人でいるのが寂しくなって、結局、G・Gの後を追うことにした。 階段をのぼって崖の上に出たとき、霧笛が聞こえた。海のほうに目をやると、船が白い航跡を描いて、島から離れて行くのが見えた。なんだかひとりぼっちで、無人島に取り残されたような気分になった。 ぼくは気を取り直して、島の探検に乗り出した。 |
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26/08/05 08:21 神亀
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