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(6)サムライ・スピリッツ |
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1)
剛速球が鋭く空気を切り裂いて飛んでくる。バシッ!小気味よい音を立てて、ミットに沈む。球が重いので、翔が相手のときは特製ミットを使っている。 今度は変化球を要求した。スライダー、カーブ、シンカー、スプリット。多彩な球種だが、切れが鋭く、いずれもゾーンのコーナーに収まる。 おれ(マット・チャップマン35歳)は、17年間キャッチャーをやってるがこんな投手は初めてだ。しかもMLBを代表するスラッガーときた。 投球練習を終えた翔が、おれの所に来た。おれたちは握手して、軽くハグを交わした。新監督のスチーブンスが翔の肩を叩いて、声をかけた。 「翔、今年も調子良さそうだな」 翔は表情を変えずに軽くうなずいた。おれには彼の気持ちが痛いほどわかる。ボブが監督を解任されたとき、一番落胆しているのは翔だろう。二人は親子のように仲が良かったからな。 マスコミでは、ジャイアンツの新旧監督を比較して、あれこれ報じているが、翔は取材に対して一切ノーコメントで押し通していた。 後任のスチーブンスは、打撃コーチだったので、おれたちは良く知っていた。頭の切れる40男、野手出身でアグレッシブな指導方針で知られている。 2年前、25歳でスーパースターと評される有栖川翔が、チームにやって来たときから、でかいタマを持った奴だと感じていた。 チームのメンバーと翔を早く馴染ませようと、おれの家で歓迎パーティーを開いたときだ。スピーチを求められた翔は、気負いなく、それでいてきっぱりと、自分の目的はWS優勝だけなので皆さんよろしく、とぶちあげた。 日本人は控えめな人間が多いと聞くが、翔は最初から堂々としていた。皆は、翔の流暢な英語に驚き、来たそうそう大口を叩く新人に拍手喝采した。 そのうえ芸達者だった。パーティーの途中で、だれかが翔に対して余興を要求した。翔は少し考えて、やおら気障なポーズをとった。それからMJの「ビリージーン」を口ずさみながら、ダンスを披露した。ムーンウォークをやると、歓声が沸き上がった。これで一気に翔は、チームの人気者となったのだ。 トレーニングの後で、シャワーを浴びているときも驚かされた。やつの裸は、まるで筋肉の浮き出た彫像のようだった。それに男のシンボルは、文字通りタマのでかい奴だった。 さて、新監督のもとジャイアンツは、ラッキーな要素もあったが、開幕3連勝した。これで波に乗って、4月は2勝1敗ペースで進んだ。若い選手が多いだけに、自信を持つと実力以上の力を発揮する。その中心には、翔がいた。打撃が好調で、とくに長打が多かった。圧巻だったのは、4月最後の試合でホームランを含む5本の長打を放ったことだ。シングルヒットが出ればサイクルヒットだが、翔は手抜きせず、果敢に2塁ベースまで走った。記録より勝利だ。 5月以降もジャイアンツは好調だった。選手個々を見れば、調子を落とす者もいたが、代わりにだれかが活躍して穴を埋めた。スチーブンス監督のアグレッシブな采配によって、選手たちは絶えず、カンフル剤を注入されているようなものだった。 6月の後半から故障者が出始めた。絶えず全力疾走を求められたので、予想されたことだった。おれもすでに35歳、疲れが引きずっていた。 チームはトップを走り続けていたが、2位以下のチームと差が徐々に詰まってきた。9月に入って、ドジャースが驚異的な追い上げを見せた。そしてシーズン終了間際、ついにドジャースが同率首位に並んだ。 迎えたドジャースとの直接対決の3連戦、ここで翔が、神がかり的な真価を発揮した。ライト守備で出場した彼は、2試合で5本のホームランを打つという離れ業を演じた。そして第3戦は、投手として7回無失点に押さえ、ドジャースをスイープした。 これが決定的となって、ジャイアンツはナ・リーグ西地区で優勝を果たした。 ポストシーズンでは、勝率の関係でワイルドカードは戦わずに済んだ。おれたちは、十分な休養と軽めのトレーニングで英気を養った。 地区シリーズは、予想通りドジャースが勝ち上がってきた。試合が始まって、両チーム接戦に次ぐ接戦だった。そして勝負は、オラクルパークでの第5戦に持ち越された。ここで翔は、シーズン終了間際のときのようなパフォーマンスを見せた。4打数4安打1四死球、内ホームラン3本の活躍だった。 3勝2敗!ついにポストシーズンで、ドジャースを破ったのだ。 次のリーグ優勝決定シリーズの対戦相手は、中地区のシカゴ・カブスだった。 このシリーズも接戦続きで、勝負はカブスの本拠地、リグレー・フィールドの第7戦まで持ち越された。この球場はMLBの球場の中でも2番目に古く、外野フェンスにツタが生い茂っていることが特徴だ。 翔は第2戦6戦で投げて2勝していたが、第7戦でもDH3番バッターで出ていた。シーズン中、投げた次の日は休養日に充てていたが、前夜、スチーブンス監督から打診があって、出場を引き受けたのだ。 おれは翔の体がぶっ壊れないか、心配していた。 最終戦は両軍合わせて7ホームランの壮絶な打撃戦となった。8回が終わって9対8、ジャイアンツが1点リードしていたが、両軍ともブルペンの投手を使い果たしていた。この状況を見ていた翔は、監督の許可を得て、7回あたりからブルペンで肩慣らしの投球をしていた。仲間の選手たちは、えっ、ウソだろう、という顔つきをして見ていた。 9回の裏、カブス攻撃の番だった。観客席の大半はカブスファンで、彼らは大逆転の予感に応援歌を合唱していた。 しかし出てきたジャイアンツの投手を見て、ざわめきが起こった。なんと昨日投げたばかりの有栖川翔が、ピッチャーマウンドに立ったのだ。およそアメリカのスポーツ医学では、狂気ともいえる行為だった。 翔は1球も遊ばなかった。いきなり160キロのストレート。意表を突く落差の大きいカーブ、大きく左にスライドするスライダー、ベース手前で鋭く落ちるスプリット。持てる球種を駆使して、わずか9球で三者三振に切って取った。 ナ・リーグ優勝!おれたちはマウンドの翔めがけて走った。普段はあまり感情を見せない翔も、もみくちゃにされながら飛び跳ねて、喜びを爆発させていた。 2) いよいよ世界一を決める、ワールドシリーズが始まった。相手チームは、唯一カナダ在住のトロント・ブルージェイズだ。 オラクル・パークで始まった第1戦は、ブルージェイズが先勝した。さすがMLBで1位のチーム打率を誇るだけはある。 第2戦は満を持して、翔がマウンドにあがった。事前に翔は、投球練習でストレートが走っていないので、変化球主体で行く、と言っていた。そして言葉通り、丁寧にコーナーを突く投球をした。 ヒット性の当たりを打たれても、味方野手の好守に助けられて、7回まで一度も一塁ベースを踏ませていなかった。 8回あたりから球が走り出したので、要所をストレートボールに切り替えた。そして迎えた9回表。ジャイアンツは1対0で勝っていた。 (あと3人で勝ちだ)おれと翔は強い気持ちで視線を交わした。観客席が妙に静かなのがおかしいと思ったが、おれたちは相手バッターだけに集中した。 最後のバッターを三振に切って取ったとき、観客席で地鳴りのような歓声が沸き上がった。チームの皆もベンチから飛び出してくる。 (な、なんだ。何が起こった?)おれは戸惑った。そこで初めてチームメイトから、翔が完全試合を達成したことを聞いた。 移動日休みを2日挟んで、カナダ・トロントのロジャーズ・センターで第3戦が始まった。カナダのファンは熱狂的な応援を繰り広げ、ブルージェイズはそれを力に有利な試合運びをした。 ここでの3戦はブルージェイズの2勝1敗、通算でも3勝2敗で、ジャイアンツは追い詰められた。 再びオラクルパークに戻っての第6戦、もはや後のない状況で、スチーブンス監督は、翔を投手兼DHとして出場させる非常手段に出た。これが功を奏して、8回表が終了して、ジャイアンツは5対1で勝っていた。 8回の裏、翔が左打席に立ったとき、大変な事態が起きた。相手ピッチャーの投じた4シームが、翔の左ひざを直撃したのだ。彼は激痛で倒れ込んだ。 球場内が静まり返る中、翔はスタッフたちに抱えられて退場した。 試合は5対1でジャイアンツが勝って、勝負をタイに戻した。しかし皆は心配していた。有栖川翔の足は大丈夫なのか? 最終戦、翔はベンチスタートしていた。骨折はしていないが、酷い打撲傷で、1週間の安静が必要と診断されていた。それでも彼は出場した。スチーブンス監督も、翔がベンチにいるだけで、チームが活気づくと認めたようだ。 翔が出ないジャイアンツにとって、分の悪い試合となった。ブルージェイズが着実に点を入れるのに対して、ジャイアンツ打線は凡打が続いた。 9回の裏を迎えて、0対3。絶望的な点差だった。それでも、おれたちはあきらめず最後まで粘った。ツーアウト満塁でおれは3塁にいた。ホームベースに戻って、意地でも1点は取りたかった。 ここでスチーブンスが勝負に出た。なんと代打を告げられて、有栖川翔が出てきたのだ。 場内に異様な歓声が上がった。 たまらず相手監督が、投手を交代した。次に出てきたのは、剛速球で知られる若手ピッチャーだった。 翔は少し左足を引きずりながら、右打席に立った。傷ついていない右足をスイングの基軸にするためだろう。 ピッチャーの投球は荒れ球で、なかなかストライクが入らない。翔は一回もスイングせずに、辛抱強く好球を待っていた。カウントが3ボールとなったとき、おれはフォアボールを確信した。これで0封だけは免れる。 ピッチャーが投じた4球目は、思いがけず中に入った。 翔は初めてバットを振った。 ボールは快音を残してセンター方向に舞い上がった。センターフライと思えたボールは意外に伸びた。外野手がフェンス際で待ち受ける中、ボールはフェンスの向こうに落ちた。 爆発したような大歓声を受けながら、翔はもがくように走っていた。左膝が痛むのか、思うように走れないようだ。 おれは大声で叫んだ。「翔、ゆっくりでいいんだ。ゆっくり走れ」 起死回生の逆転満塁ホームランで勝利したおれたちは、3日後にサンフランシスコの大通りをパレードした。少し落ち着いた翔も、松葉杖をついて夫人と参加していた。二人の子供を産んだ彼女は、早くも3人目を懐妊したばかりだ。 「この好き者め」 おれがからかうと、すかさず翔が返した。 「とっくに子供3人いるマットには、言われたくないや」 ワールドシリーズが終わると、世間の話題はFAとなった有栖川翔がどの球団に行くかだった。翔はロースター期間6年のサービスタイムを経過して、自動的にFA権を取得していた。 移籍先との契約金額はおそらく史上最高額になるだろう、と予想されていた。なにしろ、MVP3回サイヤング賞2回の実績がある。そして、悲願のワールドシリーズ優勝を果たしたのだ。WSでの完全試合と代打逆転満塁ホームランは、後世まで語り継がれるだろう。 自己犠牲とどんな逆境もはね返す意志力、まさに翔はサムライ・スピリッツを体現した男だった。 移籍先の有力候補は、ジャイアンツのほかに、ロサンゼルスのドジャース、ニューヨークのヤンキースだろうと言われている。 しかしその前に、おれには分かっていた。 シーズンオフに、前監督のボブ・マッカローが、ヤンキースの監督に返り咲いていたのだ。翔がボブ監督のチームを選ぶのは必然だろう。おれには、ヤンキースが翔を欲しいばかりに、ボブを監督にしたのでは、と勘ぐりたくなる。もっとも、おれは引退表明したので、翔がどこを選ぼうとかまわないが。 おれの予想通り、翔はヤンキースを選んだ。聞くところによると、最終決定したのは夫人のようだ。彼女が選んだのは、野球チームではなく、夫の健康を優先してくれそうなボブ・マッカロー監督だった。 |
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26/02/21 06:19 神亀
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