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(5)スーパースター覚醒

1)

サムから知らせがあったのは、レストランで女房と食事をしている時だった。
「――有栖川翔が、うちに来ることが決まった」
わたし(ボブ・マッカロー56歳)は、思わず万歳した。周りの客が不審そうにわたしのほうを見る。わたしがサムから聞いたニュースを披露すると、今度は客たちが歓声をあげた。

どこで聞いたのか、何百人ものファンが空港に集まっていた。集団の前には「Welcome back 翔」と書かれた横断幕が掲げられている。
やがて有栖川翔が、夫人を伴って姿を現した。腕にはあどけない女児を抱いている。スマートな長身が、ムービースターのように、絵になっていた。
湧き起こる歓声。女の子が驚いてパパの胸にしがみついた。翔は爽やかな笑顔でファンたちに手を振っている。その前後を警備の男たちがガードする。
わたしは前に出ると、用意した車まで家族を誘導した。

有栖川翔の獲得を強く働きかけたのは、わたしだった。翔がスタンフォード大学の学生だった頃、何度か野球論議に花を咲かせたことがある。だから彼の人と成りはよく知っている。世間は彼の野球能力の高さに感心するが、わたしが評価するのは彼の人間性だ。翔がジャイアンツに入れば、野球ファンを魅了するカリスマ性だけでなく、チームを活性化させる影響力も持っている。戦力アップと経済効果の両方がおおいに期待できる、とフロント陣に訴えたのだ。

さて有栖川翔を迎えて、まずわたしがやったのは、ポジションやトレーニング方法について、話し合うことだった。翔は、オリオールズのときから専属トレーナーをやっている、日本人の小田誠を連れてきた。小田は60歳というが、わたしより若く見える。
翔は率直に自分の考えを言った。基本的には、オリオールズの時と同じ野球スタイルがいい。外野手とピッチャー。投げるのは中5日、できれば翌日は完全休養させて欲しい。
わたしは聞いていて、内心驚いた。この若者は投打両方やっていながら、投げた翌日の休養を申し訳ない、と思っているのだ。
わたしも率直に話した。自分もピッチャー出身なので、投げたあとの疲労は理解できる。むしろ1日だけの休養が信じられない。普通なら、2、3日の休養が必要だ。それから、目先の勝利より、選手たちが故障無しにシーズンを戦い抜くことに主眼を置いている。だからきみも、決して無理をしないでくれ、と。

いよいよ今シーズンの始まりである。
開幕第一戦は、常勝軍団ドジャースを迎えての3連戦。ナ・リーグの同じ西地区なので、直接対決の多いライバルチームだ。
試合は前半から盛り上がった。翔が開幕投手を務め、対するは1番バッターの大谷翔平。日本人同士、それも同じ二刀流である。
第1球、内角高めの4シーム。大谷がのけ反ったがストライクの判定。第2球は外角低め、これも4シーム。振り遅れてファウルチップ。
(次はスプリットだな)わたしは思った。翔が首を振って、捕手のマットとサインのやりとりをしている。サインが決まって、翔が投球動作に入った。
外角高めの4シーム――。見逃し三振!
わが目を疑った。なんと164キロのスピード表示が出ていたのだ。三振してダッグアウトに引きあげながら、大谷翔平はチラリと翔のほうを見た。
(やるじゃないか)そう言っているようだった。
その日、翔は7回無失点で投げぬき、試合は3対1で初戦を制した。

次の日はドジャースに大敗した。ファンが期待する翔が出ていない試合だったので、心なしかファンの応援も力が入らないようだ。
3戦目はライト守備で翔を出した。コンタクト率の高い1、2番コンビがいて4番には重量級のマットがいるので、翔の打順は3番にした。休み明けの翔は、チームに大声を出し、のびのびとプレーしていた。ファンの期待に応え、2塁打2本とホームラン1本、4打席3安打1四死球の活躍だった。

今年のジャイアンツは中軸3人をトレードで出していたので、若手中心の編成となっている。有栖川翔でさえまだ24歳の若さだ。安定した戦力として期待できるのは、新しく来た翔とベテランのマット二人だけ。あとの若い選手たちは、将来有望だが、まだ経験不足が否めない。
翔への期待大だが、わたしは彼に過度の負担をかけるつもりは無かった。それに翔本人も、ア・リーグからナ・リーグに変わって、対戦相手のデータ不足に、神経を使っているようだ。彼のアイパッドには緻密なデータがぎっしり入っているが、それは殆どア・リーグの選手のものだった。

4月いっぱいは、鳴かず飛ばずの試合が続いた。
5月に入ってから、翔の実力が一気に解放された。投手では、打たせて取る巧みな投球と、ズバッと三振に取る力強い投球。
打者では、スイッチヒッターの利点を生かして、左右どちらの投手も苦手とせず、選球眼の良さを発揮した。フォアボールと安打の確率が高く、三振になるのは数えるほどだった。
塁に出れば、いとも簡単に盗塁して、これもアウトになるのは極めてまれだ。また野手でも、瞬時に球の行方に反応する俊敏力と肩の強さを発揮した。
走攻守――どの分野でも翔は、最高のパフォーマンスを披露しだした。
当然人気はうなぎのぼりに上がった。それはサンフランシスコだけでなく、全米中、いや世界中といっても過言ではない。
スーパースター覚醒である。おそらく翔をトレードで出したオリオールズ関係者は、切歯扼腕していることだろう。
それにわたしがフロント陣に予言していたことも当たった。
オラクル・パークは常に満席状態。翔のキャラクターグッズも飛ぶように売れた。球場の広告看板も申し込み殺到で、抽選状態になった。テレビ放映も増え、まさに翔の経済効果は想像以上のものだった。

今シーズンは、翔の大活躍に引っ張られた形で、好調に勝ち進んだ。若手選手たちも自信を持ち始めていた。チームに活気がみなぎり、皆、野球をやることを楽しんでいた。
そんな中、翔の凄みを垣間見た試合があった。ワイルドカード争いで、最後までもつれた、パドレスとの3連戦のときだった。
いくつかのデッドボールが出て、試合は初戦から嫌なムードが漂っていた。次の日、第2戦の8回の裏、翔がバッターボックスに立ったときだった。明らかに狙ったと思われる4シームが、翔の背中を襲った。翔は激痛に顔を歪めながらも、ベンチから飛び出したわたしたちに向かって、手をつき出し「来るな!」と叫んだ。それで乱闘は避けられた。
その夜、パドレスの監督がインタビューに応じて、デッドボールに対して好意的とも思える発言をしていた。
翌日の試合、翔はいきなり内角の4シームを、ライト方向に場外ホームランした。湾に飛び込んだボールが水しぶきを上げる、オラクル・パーク名物のスプラッシュヒットだ。それは怒りの1発ともとれた。
彼はその日、ベンチでは不気味なほど静かだったが、打席では超過激なパフォーマンスをやった。フォアボールを挟んで、5本のホームランを放ったのだ。MLB新記録である。

162試合が終了して、ジャイアンツはポストシーズンに進出した。パドレスとのワイルドカード争いが最後まで続いた影響で、シーズン終了後の余裕も無くすぐポストシリーズに突入した。
ワイルドカード・シリーズは、なんとか2勝1敗で勝ち残った。
次の地区シリーズは、強敵ドジャースが相手だった。ここで貫禄負け、あっけなく3連敗した。
有栖川翔の移籍初年度のシーズン成績は、打率3割6分2厘、ホームラン56本、打点154、OPS1.32、盗塁69個。投手成績は、13勝6敗、防御率2.78だった。
なんともド派手な活躍ぶりだった。そして初めての打撃三冠王だった。しかも大谷選手以外は不可能と言われていた50−50、つまりホームラン50本、盗塁50個を軽くクリアーしたのだ。
ナ・リーグMVPは満票で獲得した。両リーグまたがっての受賞だった。しかもライト守備では、ゴールドグラブ賞とシルバースラッガー賞をダブル受賞した。しかしサイヤング賞は、最後まで競ったが、僅差で敗れている。

2)

新しいシーズンが始まり、翔はすこし調子を落としているようだ。昨年、頑張り過ぎた反動が出たのだろう。その上、原因不明の肩の張りがあるというので、4月いっぱいは投げるのを禁止した。
5月から先発登板し始めたが、イニングは5回までと決めていた。翔本人は、もっと投げても大丈夫だ、とアピールしたが、わたしは慎重に、翔の肩の具合を見ていた。
打撃は相変わらず好調だった。6月が終わった時点でホームランは27本、昨年よりペースは落ちたが、それでもリーグトップを走っていた。

翔の背番号77と同じ7月7日は、彼の誕生日である。昨年は、この日に3本のホームランを打っていた。
サンフランシスコ市はこの日、「有栖川翔の日」にするという、粋な取り計らいを行った。午前中にセレモニーがあり、翔は名誉市民の証であるキーを市長から授与された。そのあと議会に呼ばれてスピーチした。ひと通りの謝意を述べたあと「私はジャイアンツをWSで優勝させるため、シスコに来ました」とぶち上げて、議員たちの拍手喝さいを浴びた。
この様子は、TVで何度も放映されていた。
夕方6時からの試合、ファンは開門の2時間前から球場に並んでいた。この日はボブルヘッドデーで、有栖川翔の人形が無料で配られる。もちろん翔は試合でも、特大のホームランをかっ飛ばして、ファンの声援に応えた。

シーズン前半は不調ぎみだったジャイアンツは、後半盛り返してきた。そしてなんとか、2年連続のポストシーズンに進出した。昨年同様、ワイルドカード・シリーズを勝って、再びドジャースと地区シリーズで対決した。
選手たちは、昨年のリベンジに燃えていた。頼みの翔はローテーションの関係で、第3戦に先発予定だった。
ドジャースタジアムで始まった試合は、翔が3本のホームランを打ったにもかかわらず、2連敗した。
一日休みが入って、舞台はオラクルパークに移った。すでに2敗しているので、負ければ後のない試合だった。

満を持して先発した翔は、気負いもなく、伸びやかな投球をした。ホームランバッターの大谷翔平選手を無安打に抑えていた。
7回までフォアボール2、三振6の無失点に抑えていた。そろそろ疲れの出てくる頃である。8回の表、2点リードの場面だった。翔が先頭バッターをフォアボールで出したとき、わたしは立ち上がった。それに気づいて、翔は、ノーと言うように強く頭を振った。
わたしは迷ったが、翔の強い態度に、ふたたび腰をおろした
ここから翔はギアをあげた。3人を三振に切って取った。続く9回も勢いに任せて3三振。終わってみればノーヒットノーラン、三振12の勝利だった。
しかし第4戦は1対4であっさり負けてしまった。2年連続の地区シリーズ敗退だった。

今シーズンの翔の成績は、打撃部門で、打率0.302、ホームラン48本。投手部門では11勝5敗、防御率2.83だった。昨年に比べると物足らない数字だが、それでも翔はMVPを受賞した。なにしろ彼のWAR数値は14.4でメジャー選手の中で断然トップだったからだ。

11月下旬、わたしはオーナーと球団社長に呼ばれた。いつもと変わらぬ和やかな握手の後、本題に入った。
「ボブがうちに来て6年になるか。お陰で2年連続のポストシーズン進出を果たせるまでになった。でもきみも57歳だ。そろそろ世代交代の時期に来た」
半ば予想していたので、わたしは驚かなかった。それにこの頃は、フロント陣と反りが合わなかった。わたしが勝ち負けより選手の健康を優先するのを、彼らは苦々しく思っていたからだ。
ヤンキースの監督をやっていたときは、WSまで勝ち残ったことはあるが、優勝したことは無かった。志半ばでジャイアンツに来たが、ここでもWS制覇には届かなかった。もともとわたしは、そんな星のもとに生まれたのかも知れない。でもあと一歩。有栖川翔がいれば、勝てそうな予感があったのに――。


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26/09/16 17:56 神亀

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