| 戻る / 目次 / 次へ |
(4)グランド・サンスター |
|
1)
朝からあゆみが電話をかけてきたので、つい軽口を叩いた。 「なんだい、アンちゃん。とうとう昌三くんと別れることにしたのか。いつでも実家に帰って来ていいんだぞ」 すかさず娘が高調子で言った。 「わたしは別れないし、実家にも帰らない!」 宣告すると、声の調子を変えた。「ところで、お父さん、そちらにわたしのアルバム行ってない?翔の写真が載ってるやつ」 「来てないよ、アルバムに足なんか付いてないだろう。そんなことで、朝っぱらからわたしをわずらわせるな。忙しいんだから」 「あら、死ぬほど暇って言ってたの、だれかしら。じゃあね」 娘は一方的に電話をかけてきて、一方的に電話を切った。おそらく息子の写真を見たくなったのだろう。まったく、子離れできない親バカちゃんりんだ。 わたし(有栖川仙一70歳)はサンスターの非常勤取締役をやっている。会社に出向くのは月に1〜2回なので、実質、自由気ままな生活だ。 それにしても、アメリカに渡った孫の、予想をはるかに超える活躍には驚くばかりだ。おかげでわたしの生活パターンも変わってきた。孫の所属するオリオールズの試合展開をネット上で追い求める毎日だ。できればテレビで見たいものだが、NHKは大谷翔平のいるドジャース戦ばかり放映している。 いまや翔はオリオールズの顔になっている。地元ファンは若きヒーローに熱狂して、オリオールパーク・アット・カムデンヤースの入場者数は急増していると聞く。わたしが孫に送ってくれと頼んだキャラクターグッズも、飛ぶように売れてすぐ品切れになっているらしい。 プロ入り2年目を迎えた翔は、今年も好調のようだ。開幕戦でいきなりホームランを打った。それも、倉庫と球場の間にある遊歩道上に届く場外ホームランである。さっそく翔の名前が刻まれた記念プレートが、遊歩道に嵌められたので、ジイジ見に来てくれ、と翔はいう。 しかしバッティングは好調だが、ピッチングは今ひとつのようだ。昨年より球種を増やしたが、正確さに欠けて、フォアボールが増えている。ルーキー時代の怖いもの知らずの大胆さが消えて、あれこれ考えすぎの迷いがあるようだ。 わたしは、5月のゴールデンウィークを利用して、孫のいるボルティモアまで飛んだ。 その日は日曜日のデーゲームだったので、着いた早々、球場まで足を運んだ。同行するのは、普段会う機会のない翔の女房とひ孫だ。さすが現場の雰囲気は、臨場感がある。翔がライトフライを捕球しただけで、歓声が沸き立つ。 圧巻は8回の裏だ。翔が打席に立った。異様な盛り上がりの中、ファンの期待通り2塁打を打った。どっと歓声があがる。すかさず3塁に盗塁して、ふたたび歓声。オリオールズファンの一体感を強く感じた。 夜は翔のコンドミニアムに泊まった。ヨチヨチ歩きするひ孫の愛くるしい姿やちょっと控えめな嫁の気遣い。わたしたちは食後の静かなひとときを過ごしていた。世界の出来事や日常のささいな事――話題は尽きなかった。 話題が大リーグに移ったので、わたしは思っていることを率直に話した。 「――普段はネットで見ているんで、今日のような臨場感は味わえない。だから囲碁のゲームのような気分で試合を見ているんだ。チームの目標は162試合戦い抜いて、ポストシリーズに残ることだろう。 そんな長丁場を意識して、試合に臨んでいる選手は何人いるだろう?熱意に駆られて怪我などすれば、数カ月は無駄な時を過ごさなければならない。だからわたしは、翔が怪我をしないことだけを祈っている。 その点、大谷翔平選手には感心する。彼はずっと試合に出続けているだろう?それが出来るのは、きっちりと自己管理ができている証拠だ。それに彼のピッチングスタイルが面白い。失投して打たれたときだって、表情を変えない。まるでポーカーをやっている勝負師の顔だ。ピッチャーとバッターの心の読み比べ、彼はそれを心底楽しんでいるんじゃないか――」 翔は感心したようにわたしの話を聞いていたが、何かを発見したような顔をしていた。どうやら子供時代、父親の昌三と野球をやっていた頃のことを、思い出しているようだ。 日本に戻ってからも、ネットでオリオールズの試合を見るのが楽しくなった。翔のピッチングの調子が、上向いてきたからだ。孫は、人が変わったように勝ち続けている。 シーズンも残り数試合となった9月16日。ピッチャーで出場した翔は、プロの試合で初めてノーヒットノーランを達成した。しかも点差は1対0、僅差の勝利だった。この日はわたしの誕生日だった。試合前、翔はわたしにメールしてきて、「今日はジイジの誕生日プレゼントの試合にするよ」と予告していた。 2年目のシーズンが終わり、翔は、首位打者と盗塁王を獲得した。ホームランも38本打っていた。シーズンオフの特訓が功を奏したようだ。そして11月の各賞発表で、翔はいきなりア・リーグのMVPに輝いた。ヤンキースのジャッジ選手と最後まで競ったが、結果は僅差で翔が選ばれた。派手なホームランを好むMLBにしては、珍しいことだ。 その上、投手部門でも、なんとサイヤング賞を獲得した。しかもライト守備のゴールドグラブ賞とシルバースラッガー賞にも選ばれていた。 身内のことながら、信じられない受賞だった。同一選手が、野手投手両部門にわたって最高の栄誉に輝いたのだ。ニュースでは、MLBが2リーグ制になって120有余年になる中、唯一無二の記録だと言っている。 2) 12月の取締役会に出席したとき、社長から、このあとお時間を頂戴したいのですが、と言われた。 会議終了後、社長室に行くと、広報部長の宮原が同席していた。さっそく宮原が単刀直入に話しだした。 「じつは有栖川翔選手に、わが社のイメージキャラクターになって頂きたい、と考えているのですが」 ちょっと間を置いて、「ただお願いしようにも、翔選手は大リーグ球団に所属していますし、今年はあの大谷翔平投手でさえ成し得ていない、MVPとサイヤング賞の同時受賞です。CMを希望する企業は、世界規模で多数あるでしょう。当社が選ばれるのはかなり難しい状況です」 社長が横から言った。 「そこでお爺さんである有栖川さんのルートから、何かきっかけがつかめないかとご相談する次第です」 「ふむ、グランド・サンスターですか――」 わたしがつぶやくと、社長が「はい?」という顔をした。 「いや、なに、冗談です。わたしのグランドサンが、今やスター選手なんだと考えていたら、社名のサンスターと重なったものですから」 わたしは言い訳した。「ご趣旨はわかりました。こんど翔に連絡を取ったとき、打診してみましょう」 そのあとスクリーンで、すでに翔がCMに出ている動画が流された。面白いことに、フランスやイタリアのブランド商品のCMだ。野球がメジャーでないヨーロッパの企業がなぜ?と思っていると、宮原が自分の考えを言った。 「おそらく翔選手の顔立ちが、彼らの商品イメージに合ったからでしょう。神秘的な東洋とヨーロッパの融合したイメージが」 自宅に戻って、CMの件でボルティモアの翔にメールを送った。その夜、翔から返信がきた。 ――最終判断はぼくだけど、CMについては基本、エージェント会社に任せています。最近CMのオファーが急増して、トラブルを避けるために、各種の調査を厳密に行った上で、どの企業にするか決めています。企業審査はいくつかあって第一はぼくのイメージを損なわないこと、同じ業種の重複CMを避けること、その他、企業の業績や企業イメージなどです。エージェント会社にサンスターを推薦しておきますから、あとは担当者間で話を進めたらどうでしょうか―― わたしはすぐ、翔のメールを宮原部長に転送した。 翌朝、宮原から電話があって、アメリカに行って、直接エージェント会社と面談してみます、と言った。じゃあ、わたしも同伴しましょうかと言うと、ぜひともお願いしますと返してきた。 電話を切ったあと、わたしはニンマリした(今度は社費で翔に会える) 開幕戦は独特の雰囲気がある。これからシーズンが始まるんだと言う期待と緊張感――それが観客席にいると、ひしひしと感じられる。わたしはこの日に合わせて、会社の宮原部長とボルティモアに来ていた。サンスターが翔のスポンサーになる契約は無事に済ませ、CM第一弾はすでにTVで流れている。だから今回は、二人にとってごほうび旅行のようなものである。わたしたちは翔の手配で、最前列の家族席に陣取っていた。 実は昨夜、久しぶりに男を抱いたので、体の節々が痛い。小田とかいう翔の専属トレーナーが、ちょっと可愛がってみたくなるフケで、わたしを悩ましい目つきで見ている。で、サワッと尻を撫でてやったら、反応あり。さっそくホテルの部屋で一夜限りのアバンチュールを楽しんだのだ。そのとき、ひょっとしたらと思って訊いてみたら、案の定、翔にも抱かれたことがある、という。まったく、血は争えないものだ。 試合前のセレモニーが始まって、選手が一人ずつ名前をアナウンスされて球場に現れる。翔の名前が呼ばれた時、いちだんと大きな歓声が上がった。 ユニフォームに身を包んだ翔の長身は、わが孫ながら格好いいと思う。それにしても、ひと回り体が大きくなったように感じた。ユニフォームを着ていても、分厚くなった胸板と、二の腕や太ももの逞しさが見て取れる。筋肉を増やすトレーニングをしていると聞いていたが、その効果が出たのか。 試合が進むにつれ、翔の体が見かけだけでなく、パワーも倍加したのが明らかになった。7回の裏、翔の打席だった。軽いスイングと思われたのに、球場内に響き渡る打球音とともに、白球がものすごい勢いで空を切り裂き、きれいな放物線を描いてスタンド奥に着地した。 「さすが大リーグだ。迫力がまるで違う」 横で宮原が、感嘆の声をあげた。 翔のCM効果は想像以上だった。有栖川翔という知名度の急上昇に同調したように、サンスターの製品も爆売れした。当然、会社役員たちもえびす顔だし、わたしもサラリーが増えて、ウハウハだ。 オリオールズの翔は、あいかわらず活躍していた。2番バッターでライト守備、そして中4日登板のピッチング。この野球スタイルは、すっかり定着したようだ。今年はパワーが増した分、ホームランが多い。4月に10本、5月に12本の量産になった。どうやら翔は、ホームランを打つことの魅力に取りつかれたようだ。そのぶんバッティング精度が落ちて、打率は3割を切っている。 いっぽう投球の方は好調を維持している。直球、スライダー、カーブに加えて新しく覚えたスプリットとシンカーがようやく身についてきたようだ。翔の投球は、ドジャースで活躍している、大谷翔平や山本由伸とよく比較されるが、投球スタイルは山本のほうに似ている、とある解説者は言っていた。 シーズンが終わり、オリオールズはポストシーズンに進出した。しかしワイルドカード・シリーズで、あっけなくヤンキーズに0勝2敗で負けてしまった。翔本人は、惜しくもMVPは逃したが、2年連続のサイヤング賞に輝いた。ライト守備でのゴールドグラブとシルバースラッガーも昨年に続いて選ばれている。 ある日、ネット記事で、翔がサンフランシスコ・ジャイアンツにトレードされるのではないか、と書かれていた。 さっそく翔にメールすると、まだ公表されていないマル秘だよ、と釘を刺されて裏情報を教えてくれた。 ジャイアンツからぜひとも翔が欲しい、と熱烈なオファーがあった。代わりに主力を含む3人をトレードで出す、という破格の案だった。オリオールズとしては、翔がFAになる前の高く売れる時に、ジャイアンツの要望に応えようとしているのだろう。翔自身は了承している。なにしろジャイアンツは、学生時代に行きたいと思っていたチームだし、彩香もサンフランシスコに移動するのは、賛成しているという。 |
|
26/02/19 07:47 神亀
|