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(3)ツーウェイ・ルーキー |
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1)
いよいよメジャーリーグの開幕戦だ。毎年この時期を迎えると、気持ちが高揚してくる。わたし(デビット・シーン42歳)は、オリオールズの選手たちに同行して、ニューヨークに飛んだ。今年の開幕戦はヤンキースタジアムだ。 ちなみにわたしは、野球解説を生業にしている。それもオリオールズ専門である。だから可能な限りオリオールズの試合を、現地で観戦するようにしている。 昨年のオリオールズは、ツキと勢いがあって地区2位になったが、ポストシーズンでロイヤルズに2連敗した。どうもそれが悪い流れに変わったようだ。主力選手がFAで出て行ったり故障したりして、今年はキャンプ時期から暗雲が垂れ込めている。52歳のブランドン監督も大変だと思う。あとは若手中心の選手たちの活躍を祈るばかりだ。 若手と言えば、スタンフォード大学から入った、ルーキーの有栖川翔に注目している。大学野球では100年に一人の逸材と言われていたが、MLBでどれだけ通用するか見ものだ。オープン戦では実力を発揮できていなかった。ムービースターのようにハンサムボーイだが、野球の方は未知数である。 それに本人は、投打のツーウェイをメジャーでも続けたいと希望しているようだが、ブランドン監督はどう思っているのだろう。有栖川が第二の大谷翔平になれるか、かなり難しいと思うが期待半ばだ。 さて開幕戦、観客でびっしり埋まったヤンキースタジアムは壮観である。ほとんどが地元ヤンキースのファンだ。縦縞のユニフォーム姿の選手たちがグラウンドに散り、いよいよ試合開始。シーズン162試合の第一戦だ。 オリオールズの打者たちは、サウスポーのエースピッチャーに翻弄されっぱなしで、凡打か三振を重ねている。それでも、オリオールズ先発のエフリンも、なんとか点を取られずに抑えている。 3回の表、いよいよ9番バッター有栖川の打席だ。スイッチヒッターと聞いていたが、今は右打席に立っている。 第一球、外角の4シーム。有栖川は狙っていたように流し打ちした。打球は逆方向、一塁手の伸ばしたグラブの上を通過し、ライト線ぎりぎりに飛んだ。長打コースだ。 有栖川は打球を見ながら全力疾走した。速い、速い、まるで原野を疾駆する豹のようだった。悠々3塁ベース上でセーフ。打った本人は涼しい顔で、ベンチに向かって、やったぞポーズをとっている。 これがビギナーズ・ラックでないことを、このルーキーはあとの打席で証明した。5回には走者1塁で2ベースヒットを放ち、プロ入り初得点をあげた。7回にはワンアウト走者3塁の場面で、ベンチのサイン通りスクイズバントした。 ボールは絶妙の位置に転がり、追加得点とともに本人も1塁で生きた。 圧巻は、ツーアウトで迎えた9回の打席だ。右腕剛速球のクローザーが登場して、有栖川は左打席に入った。彼はスリー・ツーまで粘り、160キロを超える4シームをコンパクトに振り抜いた。打球はきれいな放物線を描いて、センター・バックスクリーンに飛び込んだ。 試合後、TV局のコメンテーターとして、有栖川翔にインタビューした。 「有栖川サン、今日は大活躍だったね」 「ありがとうございます。翔と呼んでください。チームの皆もそう呼んでいますから」 若者は流ちょうな英語で答えた。 「翔、きみは日本人なのに英語がじょうずだね」 「母に習いました。母は日本人とスイス人のハーフです」 「そう。ところでルーキー初戦で、いきなりサイクルヒットをやったね。感想を利かせて欲しいな」 「ああ、ラッキーでした。でもビギナーズ・ラックと言われないよう、明日からもがんばります」 爽やかな受け答えに、わたしはたちまち翔のファンになった。最後にサインをねだると、キャップに『翔77』と漢字を入れて、簡潔に書いてくれた。 2戦目以降も、有栖川翔の活躍は続いた。もともと、投手の配球の読みと選球眼が良いのであろう。ホームランバッターというよりアベレージヒッターのようだ。2ストライクになっても、簡単に三振せず、辛抱強く粘る。あるときなどは20球近くファウルで粘って、最後に四球で塁に出た。 投手からすれば、最も嫌なバッターである。それにスイッチヒッターなので、左右どちらの投手もハンディにはならない。 足の速いのも持ち味だった。ヒットや四死球で塁に出れば、得意の足で盗塁を重ねる。またライト守備でも、いくつかのファインプレーを見せた。フライを捕ると、レーザービームのような送球で、3塁走者を本塁で刺すこともある。 さすが鳴り物入りで大リーグに入っただけはある。翔の開幕戦での活躍が、よくあるフロックだと思っていた野球評論家たちも、翔の攻守にわたる活躍がつづくと、見解を変えざるを得ないようだ。 ボルティモアのホーム球場に戻った翔を、ファンは熱狂的に歓迎していた。彼の一挙手一投足にどよめきが起こった。まるで救世主のような扱いである。 オリオールパーク・アット・カムデンヤースは、1992年に竣工した特徴ある球場である。右翼席後方のレンガ壁の倉庫が独特の景観をなし、倉庫と球場の間にある遊歩道上には、場外ホームランで飛んできたボール位置に記念プレートが嵌められ、選手名が記されている。いつかはこの歩道に、翔の名前が刻まれるかも知れない。 いっぽう4月いっぱいは、翔のピッチャーとしての出番が無かった。彼はツーウェイを希望していると聞いていたが、そのあたりはどうなっているのだろう?ひょっとしたら、走攻守あまりにも絶好調なので、ブランドン監督は若者がリズムを崩すことを恐れて、ピッチャーを控えさせているのかも知れない。 2) 5月に入って、ブランドンは記者会見で、いよいよ翔が投手デビューする、と宣言した。慎重に検討した結果、投手ローテーションを中4日とし、投げるときは打席に立たない。また投げた翌日は、完全休養にあてる。それ以外の日は、今まで通りライト守備をやる、という。 翔が投手として迎えた試合、見ている観衆は度肝を抜かれた。 彼のピッチングは、攻めの投球だった。一球目からコントロール良く、ストライクゾーンにビシビシと投げ込む。鞭を思わせる、しなやかな投球フォームなのに、155キロ超えのストレートボールが、小気味よい音を立ててキャッチャーミットに収まる。球の回転数が良くて、切れ味抜群だった。バッターから見れば数値以上に球が速いと感じるのだろう。 球種は3つしか無い。威力のある4シーム、横や斜めに変化するスライダー、大きく縦変化するカーブ。 しかし3つの球種だけで威力充分だった。150キロ超えの高速スライダーは4シームと見分けがつきづらく、落差の大きいカーブは、打者のタイミングを面白いように外す。 この日、強気の投球からホームランを2本打たれたが、若者はまったく動じていない。コントロール良く、ズバッとストライクゾーンを攻め、小気味よく空振りさせる――見ていてスカッとする投球だった。彼は7回まで投げぬいた。 初登板の成績は、被安打4、内ホームラン2、与四球1、三振8、自責点2という堂々たるものだった。そして試合も3対2で接戦を制した。 新人離れした活躍で4月に月間MVPをとった翔が、投手デビューしたというニュースは、世間を驚かせたことだろう。ネット上では驚きの声であふれた。 (ええっ、大谷以外にも二刀流をやる選手がいるのか)(しかも同じ日本人だ) 有栖川翔は一躍、時の人となった。 あるとき翔の専属トレーナーをやっている、小田誠の話を聞くことができた。小田は50代後半、背の低い丸っこい身体つきの初老男だ。 「マコト、あなたは翔のトレーニングでどんなことをやってるの?」 「練習メニューは多いので、ひと言でいうのは難しいけど、あえて言えば、緊張と弛緩のメリハリをつけることかな」 「緊張と弛緩のメリハリ?」 「そう、打つにしろ投げるにしろ、できるだけ筋肉をリラックスさせる。体を硬くしていればコントロールを失うからね。そして一瞬だけ、筋肉を緊張させる。ボールを打つ瞬間、ボールを投げる瞬間――というふうにね」 「なんだか難しそうだな。それであんなに活躍できるんだ」 「彼の体の特徴も利点だね。彼は人一倍手足が大きく、骨盤も横に張っている。足が大きいということは、粘り強く踏ん張れるし、走るときには、より大きなパワーを大地から受け取れる。手が大きいと、ボールやバットをよりしっかりとグリップできる。また骨盤が大きいと、スイング軸がぶれにくく安定性が増す」 小田はわたしを見て、ニヤリと笑った。 「それにああ見えて、意外に緻密な頭脳の持ち主だ。彼の持っているアイパッドには、他チームの主力選手たちのデータが入ってるんだ。ピッチャーと打者両方の、長所、短所、性格や癖などがね。そのデータは、試合のたびに更新されているよ」 7月のオールスターゲームで、翔はルーキーながら出場した。あこがれの大谷翔平選手や他のスーパースターたちと肩を並べても、翔は平然としているように見えた。 しかし、オールスター後からの後半シーズンは、前半戦の勢いが無くなってきた。彼の野球スタイルが研究されて、弱点を攻められるようになったからだ。 それでも翔は動じていないようだ。バッターボックスで三振したり、あるいは投げてホームランを打たれたりしても、悪びれず平然としている。そしていつも通りアグレッシブなプレーを続けている。 シーズン162試合が終了して、オリオールズはポストシーズンに進出できなかった。それでもワイルドカードまで、あと一歩のところに迫っていた。翔たち若手選手が自信を持ち始め、チームの団結力も強くなっている。 翔自身はア・リーグの新人王に輝いた。打率0.285、ホームラン27本、42盗塁。投手成績は11勝5敗、防御率2.23。ルーキーとしては堂々たる成績だった。 シーズンオフに、意地の悪い野球評論家とTV対談した。有栖川翔の話題が出たとき、その評論家は言った。 「大谷投手はDHとしてずっと試合に出続け、投手のときも打席に立っている。それに比べ有栖川翔は、投げるときは打席に立たず、しかも翌日は休養している。これはリアル二刀流と言えないんじゃないか」 わたしは反論した。 「リアル二刀流の定義がどうなのか知らないが、少なくともルーキー年では、有栖川翔も健闘していると思うよ」 わたしは手元からデータを取り出した。「大谷選手はエンゼルスの新人時代、投手成績4勝2敗、防御率3.31、打率0.286、ホームラン22本で新人王をとっている」そこで翔の記録を読み上げた。「だから試合出場の形がどうであろうと、成績だけを見れば、有栖川翔は立派な二刀流選手と言えるよ」 シーズンオフも、有栖川翔は日本に戻らず、自主トレーニングを続けていた。プライベートでは、今年生まれた娘がヨチヨチ歩きしだしたようだ。 わたしはトレーニング風景を取材した。小田トレーナーと二人三脚で、上腕部や太ももの筋肉量を増やすことに力を入れていた。走力と打球速度のアップ、それに投球時のストレートボールのスピードアップのためだという。 ウエイトトレーニングと食事療法、そして睡眠――それに加えて技術的な課題の克服、新たに覚えたシンカーやスプリットを確実なものにする投球術、バッドスピードを上げるためのスイング改造、トレーニング中の緊張をリリースする水泳――聞いていて気が遠くなるほどのメニュー量だ。それを二人は焦らず、着実に続けていた。 |
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26/02/18 07:17 神亀
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