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(6)近郊探検 |
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夕霧谷の一件があって以来、良平は、ともすれば平常心を失いそうになる自分に気づいていた。あのとき高木は、全裸になるのもいとわず自分を助けた。
でも良平の脳裏にあるのは、高木取締役の大胆な行動より、目の前に見た重厚な肉体や、ふてぶてしいほどの性器だった。 (自分は男たちによって強姦され、初めて男色行為を経験した。取締役も重々ご存じのはずだ。取締役はそのことをどう思われているのだろう?) 良平は、これまでずっと父親の年代に近い男性に、思慕の念を抱いてきた。 感情が昂ったときは、性行為まで夢想した。それも受け身で――。 でもそんな思いは、世間体が邪魔をして、じっと胸の底に閉じ込めてきた。 それが今回の事件で、封じ込めていた思いがいちどきにワッと噴き出したのだ。まるでパンドラの箱を開けたように――。 夜、隣のベッドに横たわる高木の寝姿を見ていると、ついみだらな気分になる。あの股間の膨らみに顔を埋めて温もりを感じられたら、どんなにか幸せだろう。そして――そんな恐ろしいことを考える自分に、おののいた。 高木取締役の前で気が抜けなくなった。油断すれば、無意識に、馬鹿なことをやらかすのではないか。 しかし、良平の心配はまもなく解消した。高木が本社に戻ったのだ。ホッとすると同時に寂しくもあった。 良平は土日の休みを利用して、あけぼの町の周辺の土地を歩き回った。もちろん観光資源の調査のため、町の近郊を探索するのだ。 まず行ったのは、遠くからも見える山城だ。町から歩いて30分ほど、偲ぶ川の上流に石の橋が架かり、城内へと進む道がある。 道の両側は杉の木立が深く、城に近づくにつれ、幾重にも積みあげられた石垣が見えてきた。ところどころ緑色に苔むして、深い歴史が刻み込まれている。 数ヶ所の石段を登りきると、広場があり、山城の基礎部分にたどり着いた。 城は小ぶりだが、石と漆喰に支えられて重量感のある佇まいだ。瓦屋根が二層に重なってせり出し、大空を背景に力強い姿をさらしている。 しかし、あまり手入れされていないようだ。長年の風雨に外壁はかなり痛んでいた。無人管理なので、大扉は錠がおろされて、内部に入れなかった。 次に行ったのは、海沿いの高台にある灯台だった。地元では灯台山と呼ばれているが、せいぜい標高100メートルほどの丘だ。 町の通りを南下して、西側、つまり波止場の反対方向に歩き、線路を越えて灯台山へと向かう。海側は砂浜が300メートルほど伸びて、いくつかのカラフルなテントが立って、親子連れの海水浴客が三々五々見られる。 右手のほうは石屋の広い敷地である。トタン屋根の下に、切り出された石材が積まれている。建設資材や墓石に加工されたものも見られた。良平が調べたところでは、地元で取れる石は山波石と呼ばれ、堆積岩の一種、凝灰岩である。磨かれた石の表面は、灰白色に黄緑のまだら模様が入っている。 ![]() 草花で覆われた丘陵地に伸びる一本道を歩いていると、傾斜がきつくなり、岩肌の剥き出しになった隆起があちこちに見られた。ブナやカエデ、クリの木が岩を囲むように緑を添えている。 頂上に着いたときには、びっしょりと汗をかいていた。 テニスコートほどの広場があり、高さ20メートルの白い灯台が聳えていた。 コンクリート製のタワーで、上部円形の胸壁に沿って手すりが見え、その内側に光源となる光学機械の設置されたドームがある。 広場の一端、コンクリート製の手すりがあるところまで歩くと、急に展望が開けた。眼下は一面の海だった。 遠く水平線があり、左手に海岸線の砂浜や、海に伸びた堤防が見える。足元を見おろすと、切り立った崖が海まで伸びていた。足がすくむほどの高さだ。 波が岩に当たって砕け散り、白い飛沫が上がっている。 灯台の足元に、赤屋根の小屋があった。ちょうど管理人らしい白髪の老人が出てくるところだった。そのスマートな体型を見て、喫茶アルプスのマスターを思い浮かべた。かぐわしいコーヒーの匂いがしたような気がした。 老人は良平のほうを見て、ちょこんと頭を下げて微笑みかけ、少し高台になったところにあるベンチに腰掛けた。それから手にしたパイプを口に咥えた。 ポケットからマッチを取り出し、刻みタバコに火をつけて、ゆったりとパイプをくゆらしだした。 祖父がよく吸っていた懐かしいタバコの薫りがした。 良平はせっかくここまで来たのだから、少し話を聞いてみようと思った。 「こんにちは。灯台守のかたですか?」 声をかけられて、老人は穏やかにほほ笑んだ。 「ええ、そうですよ。あなたも暑いのに、よく登って来ましたね」 「実は、あなたによく似た人がいまして――喫茶アルプスのマスターですが」 「ああ、遠山清一郎は、私の兄です。2年前まで私も店にいました」 老人はこともなげに言った。そして、遠山敬二です、と名乗った。髭はないが、きれいな白髪と面長の顔立ち、背の高いスリムな体型、セイちゃんの双子と思えるほど似ていた。良平は話を続けた。 「小宮といいます。やはりそうでしたか、よく似た方だと思いました。お兄さんはヴァイオリンがお上手ですが、あなたも何か楽器をやられるんですか?」 「パーカッションを少しね。そういえば今度のお祭りに、バンドを組んで、演奏することになっています」 「それは楽しみだ。お祭りはいつあるんですか?」 「8月14、15の二日間、お盆のときです。とくに15日は朝から晩まで色んな行事がありますよ。私たちの演奏は昼間です。今回はフォスターの曲をやろうということで、私もスマホを聞きながら、毎晩一人で練習しています」 「じゃあ、お祭りのときの演奏を楽しみにしています」 良平は言って、気になっていることを聞いた。「ところで、こんな人里離れた所に一人で生活していて、寂しくないですか?」 「ああ、少しはね。でもここからの景色をご覧なさい。こんな素晴らしい景色を毎日眺めることができるのです。寂しさと景色のどちらを選ぶか、私は景色のほうを選んだのです。それに――」 老人は微笑んだ。「わたしがここに来て、まだわずか2年です。前任者など20年間も一人きりで暮らしていたんですよ」 「その方は今?」 「ああ、キーさんは2年前に亡くなられました。――本当に惜しい人が亡くなられたものです」 なにかが琴線に触れた。 そうだ、本屋のキューちゃんが言っていたこと。 ――キーさんと呼ばれていた人が、あんたに似て同じ雰囲気があったな――それが――2年前に亡くなりました――。 良平は、幼い時にいなくなった父の消息を調べていることや、本屋で聞いたことを話したあと、老人に質問した。 「あのう、そのキーさんとおっしゃる方のことを、もっと詳しく教えていただけませんか?」 老人は思い出しながら、ぽつぽつと話しだした。 「キーさんの本名は、木原茂さん。全国を渡り歩いていたようですが、20数年前にあけぼの町にやって来ました。――たしかあけぼの荘の板前、厳さんが町に来たのも、同じころでした。キーさんは、ずいぶんこの地が気に入られたようです。博学な方で、最初の頃は子供相手の学習塾などを開いていましたが、ここの灯台守が重い病気にかかったとき、後を継がれました――」 良平の頭の中はフル回転した。(名字は違うが、父の名も茂だ。キーさんという人物が、自分の父だということがありうるのだろうか?) 老人の声が聞こえた。 「キーさんの希望で、葬式は自然葬、つまり海に散骨したので、お墓はありません。でもキーさんを偲ぶ場所はあります。ここから近いところです。行ってみますか?」 良平がうなずくと、老人は立ち上がって案内してくれた。 頂上に来る道を引き返して、途中、枝道で海方向に別れた道を辿った。 灯台の真下にあたる崖地に、開けた台地がある。その先端に、石碑がひっそりと立っていた。 老人が静かに言った。 「この石碑がキーさんの標しと言えるでしょう」 文字が刻まれている。 ――我らはこの景色をこよなく愛し、久遠に生きる――。 そして木原茂と名前があった。 疑問だった。『我ら』と複数形で書かれているが、記入された名前は一人。ほかに誰かいたのだろうか? それにしても、ここからの眺望も素晴らしかった。海に近いだけに海面の細波も見えて、海の恵みを受けて水面下で生息する、生き物たちのダイナミズムが感じられた。 町に戻ったときは夕方5時だった。メイン通りの小広場で、複数の演奏者が集まってフォスターの曲を演奏している。いつもの3人に加え新顔が4人いる。曲はスワニー河だ。 キューちゃんに聞きたいことがあったが、演奏で忙しそうなのでやめた。 いったん宿に戻ると、そのあと銭湯に行った。 最近良平は、この銭湯に来るのが、一番の楽しみになっていた。もちろん年配男性の裸を見ることだが、ときに意外な人物に目を惹くこともあった。 その一人がカズさんだ。カズさんは、たまにあけぼの荘に宿泊するトラック運転手で、50代半ば、体が小さくてしょぼくれた感じの男だった。彼は和室に一晩だけ泊って、次の朝トラックに乗って町を出て行く。 この男、実は思わず見とれてしまうほどの逸品の持ち主だった。良平は、銭湯でたまたまカズさんの性器を目にして、ギョッとしたことがある。そしてまたこのカズさんが、ハルさんの愛人であることを偶然知ったのである。 深夜、喉が渇いたので、水を求めて階下におりたところで微かな悲鳴を聞いた。声のしたほうに歩み寄ると、ハルさんの部屋の前だった。ドアの隙間から音が聞こえた。喘ぎ声、荒い息づかい――。明らかにアノときの声だった。 物音が急に静かになったとき、良平は慌てて2階に戻った。 自分の部屋から様子を窺っていると、カズさんが階段を上がってきて、和室に戻る姿を見た。 洗い場に立つ中年男を見て、カズさんのことを思い出し、性的な気分になった。湯の中で下腹部がすこし充実してくる。 そのとき声がした。 「良ちゃんの今の状態は、肛門括約筋と同じや」 顔をあげると、スナック万玉の菊ちゃんだった。店に出勤(?)前に体を浄めているのだろう。白くて豊満な肉体に、包茎のタロいもがぶら下がっている。 「な、なんですか、肛門括約筋と同じって」 菊ちゃんの目が医師の目つきになる。 「つまりやな、肛門は2種類の筋肉からできてんねん。内肛門括約筋と外肛門括約筋や。ふだん、内肛門括約筋は肛門を閉じてるが、便が降りてくると自然に緩んでしまう。しかし、その時は便意を感じるので、頭の指令で便がもれないように、外肛門括約筋を締めることができるんや」 菊ちゃんはそれほど博識とも思えないが、特定の分野だけ無駄なほど詳しい。 「そんで良ちゃんは男のチ○ポを見ると、抱かれたい、咥えたい、入れてもらいたい――なんて本能が騒ぐ。しかしここでぐっと我慢、世間体が気になって自制心が働くやろ」 菊ちゃんは威張って言った。「ほら、出来たやん。内肛門括約筋と外肛門括約筋の働きは、良ちゃんの本能と自制心の関係と同じや」 良平は聞いていて思った。ひょっとして菊ちゃんは、自分が夕霧谷の兄弟にお尻を犯されたことを知っているのだろうか? そんな心配を振り払って、良平は言った。 「その例えは、言った本人に当てはまるのじゃないですか?」 菊ちゃんは胸を張ると、威張って言った。 「わしは自制などせえへん。男に抱かれたかったら、すぐハメてもらうわ」 晩飯はウナギのかば焼きだった。 このところの猛暑続きで、良平は少々夏バテ気味だった。夜もあまり熟睡できていない。そんな中での豪勢なウナギのかば焼きは、有難かった。精をつけるには、もってこいだ。 なんでもスギさんとテッちゃんが偲ぶ川に設置した仕掛けに、大振りのウナギが6匹もかかっていたという。 良平は一口食べてうなった。「おいしい!」 中はふっくらとしているのに、外は素揚げしたようにカリっとした仕上がりである。またタレが絶妙だった。ほんのりと甘く、尾を引く味わいである。 ゲンさんが通りかかったので、良平は声をかけた。 「ゲンさん、おいしいです。こんなかば焼き、初めて食べました」 「――ウナギを揉み叩くように、丹念に焼き上げるのがコツだ」 いつもは無口なゲンさんが、珍しく料理の説明をした。よほど出来栄えに満足しているのだろう。 |
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25/01/06 06:51 神亀
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