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(五)リタイア後の生活

私が最も輝いていた50代もあっという間に過ぎ去り、役員として、しばらく会社にとどまっていたが、65歳になったとき完全リタイアした。
これからはサンデー毎日の生活である。
しばらくは、そんな生活に戸惑った。ふと気づくと、カッターシャツを着て、ネクタイを締め、出社の準備をしていることもあった。
朝早く起きて何もしないでいることに、罪悪感さえ覚えた。
女房との間は、離れて生活していたことで、小康状態を保っている。
リタイアした後も、私は都心のワンルームマンションで別居していた。別所帯を持つ子供たちが孫を連れて遊びに来るときだけ、郊外の実家に戻った。

とにかく暇を持て余した。それを埋めようと、旅行によく出かけた。
一緒に付き合ってくれる人間がいればもっと楽しいのだが、女房は考えるまでもなく、他に誰もいない。
一方、長年お世話になった会社とは疎遠になり、年に数度のОB会行事に参加するくらいだ。
現役時代、親密な肉体関係を結んだ人たち――絹ヶ谷理事長やポール・ヤンス、椙山運転手もそれぞれの職場を去って、ぱったり交流が無くなった。
唯一、ハルさんとはたまに逢瀬を楽しんでいた。たいがいは春のОB会総会後、あるいは秋のОB親睦ゴルフコンペの後、私のマンションに寄って、束の間の快楽を共有した。
しかし、ハルさんが心臓病で入退院を繰り返すようになって、彼と過ごす親密なひとときも無くなった。

そして現在68歳。サンデー毎日の生活にも慣れ、なんとか自分の生活リズムを作り出している。
朝5時半に起き、髭を剃って顔を洗うと、外に出て1時間ほど散歩する。途中、公園で三々五々集まってくる人たちと一緒に、6時半からのNHKラジオ体操をする。
マンションに戻ると、テレビのニュース番組を見ながら、ゆったりとコーヒーを飲む。朝食はトーストとベーコンエッグ、それに季節の果物――私の定番メニューである。
そして9時半には再び外出する。小型リュックを背に、東京下町をぶらついたり、たまに郊外まで足を伸ばしたりする。神社仏閣巡りが中心だ。

夜は馴染みの居酒屋に出かけることが多い。
店の親父は60代の男で、男色めいた話題をよく口に出す。もっとも本人は、男色経験が無いようだ。「今夜、お尻を貸してあげる」なんて言っておきながら、本人にその気は全く無い。
店の親父のキャラクターもあって、客の大半は熟年男たちだ。彼らと男色関係にならなくても、フケ好きの私はこの店が気に入っている。
店の親父と軽口を叩き、たまに気の合った客と酒を酌み交わす――。
ひとり住まいの私にとって、心を癒すひとときである。

趣味のゴルフは続けている。50代のときは週1ペースだったが、今は月2回のペースに減らして、所属するゴルフ場に出かけている。
毎年10月は、会社ОB会の親睦ゴルフコンペがある。
親睦なので、自分が一緒に回りたいメンバーを指名できる。それを事務局が調整して、組み合わせが決まる。
私は例年、ハルさんを指名していたが、今年は病欠して彼の名前はない。
ゴルフ場に行くと、法人営業部長だった飯田洋平が私のところに来て、「今日はご一緒させていただきます。よろしくお願いします」と言う。
そう言えばここ数年、飯田も同じ組で回っていた。ひょっとしたら、飯田から希望を出した組合せかもしれない。

私はフケ専だから、自分より年上の男性には目が向くが、年下にはあまり関心を示さない。それでも自分が高齢者になってくると心境の変化があって、相手が熟年者であれば、年下の男でも関心を持つようになっていた。
飯田は現在64歳、わたしより4つ年下である。七三分けした白いものの目立つ頭に、小ぢんまりとした目鼻立ち、それに小柄な身体つきから、現役時代は地味な存在だった。性格的にも控えめな学者肌で、人の頭に立つような男ではなかった。
それでも一緒にプレーしていると、結構、運動神経が良いのが分かる。それに小柄ながら、小中学校のとき器械体操をやっていたと言うだけあって、固太りの均整のとれた体つきをしている。

その日、飯田と一緒にプレーしていて、私は性的な気分になっていた。
少し肥ったのか、飯田の腹や尻がやわらかく膨らんでいる。彼が向こうむきにスイングするのを見ていると、丸っこい尻を包むズボンの布地がムクムクと膨らんで、ショットする瞬間、クリッと引き締まる。
そんな光景を見ていて、ふと思い出した。以前、親密になった外国人技術者のポールが、飯田のことを言っていた。飯田が可愛らしいお尻をしているとか、私に片思いしているとか――そのようなことだった。
意識して飯田の言動を見ていると、確かに私を慕う兆候は感じられた。

私は元来、フケ専である。穏和で肌のきれいな年配男性を見れば、理屈抜きで好きになってしまう。そして、年配者のやわらかいお尻には、ずいぶんお世話になった。
そんな私だが、飯田の小柄ながら弾力を感じさせる姿を見ていると、年下の男でも心を動かされることがあるんだ、とあらためて感心する。
特にプレー終了後の風呂に入ったとき、裸になった飯田の身体は、私の好き心を揺さぶった。
思わず目を惹く、きれいな肌をしていた。胸からわき腹にかけてのやわらかい線や、小さいながらプリッと弾力のある丸っこい尻。体つき同様小振りだが、皮のきれいに剥けた形の良いイチモツ――。これまでどうして気づかなかったのだろうと思うほど、飯田の裸は魅力的だった。

ゴルフ場から帰りの電車は、飯田と一緒だった。打上げ会でアルコールを飲むことは分かっていたので、二人とも車ではなく電車にしていた。
東京までは1時間半ほどかかるので、グリーン車に乗ってゆっくりしようということになった。飯田は、意外に思うほど気が利いて、駅の売店で缶ビールとウィスキーの水割りを二人分買ってきた。
電車の乗客は学生が多いので、グリーン車は空いていた。私たちは横並びに腰掛けて、酒を飲みながらゆったりとくつろいだ。

飯田は私が身近にいることで、少し緊張しているようだ。その緊張をほぐすように、私は当たり障りのない話題を持ちかけた。
「娘さん家族は一緒に住んでいるの?」
飯田が3年前、奥さんに先立たれたことや、娘が一人いて結婚していることは聞いていた。
「いえ、横浜に住んでいます――」
飯田は言葉少なに答えた。私は話を継いだ。
「じゃあ、ひとり住まいか。寂しいだろう」
「そんなでもありません。自由気ままで、独身もまた楽し――です」
そこで私のほうを見て、「常務――奥村さんもお一人住まいでしょう?」
飯田は、現役時代の私の肩書で言いかけて、名前に訂正した。それにしても、妻帯者の私が一人住まいなのを、誰に聞いたのだろう?
私は答えた。
「確かに私も一人住まいだ。女房は健在だが、仲が悪くてな。別居して、もう20年近くになる」
そこで話題を変えた。「それにしてもきみはさっき、自由気ままで、独身もまた楽し、と言ったが、なんだか、前に聞いたようなセリフだな」
飯田は私のほうをチラリとみて、ポツリと答えた。
「ポール・ヤンスが言ってました――」

ポール・ヤンスと聞いて、思い出がよみがえった。この外人の希望で鬼怒川温泉に連れて行って、その夜、結ばれたのだ。以来、私のマンションに連れ込んで、何度交わったことか――。
そのポールと飯田は、現役時代、仲が良かった。ひょっとしたらポールは、私とのことを飯田に話しているのでは――。だから飯田は、私が一人住まいであることを知っているのでは――。頭の中で疑念が渦巻いた。
私は探りを入れてみた。
「きみはポールと仲が良かったな。――ポールは、ずいぶんいろんなことを話しただろうな」
私の言葉に、飯田は一瞬黙り込み、口を開いたときは慎重な口ぶりだった。
「それは――ポールは明け透けな人間でしたから――」
その一言で私は覚った。やはり聞いていたのだ、私とポールの関係を。
そこまで知っているのなら――。
私はにわかに、飯田に対して好色な気分になってきた。横にいる小柄な肉体の体温を感じ、飯田が私のイチモツを咥える光景を想像した。



私が下車する上野駅が近づいて来た。
この頃には、私たちはビールとウィスキーの水割りを飲み終わり、ほろ酔い気分になっていた。控えめな飯田も、アルコールが効いてきて、いつになく感情を出すようになっていた。
前にポールは、飯田が私に片思いしている、と言った。それを確かめる頃合いだ。私は、飯田の太ももに手を置いた。飯田の身体がピクリとした。
「きみは私のことをどう思っているんだ?」
私はストレートに訊いた。アルコールで頬を染めた飯田の顔が、驚いたように私を見て、ふいに歪んだ。そして声を絞り出すように言った。
「お慕いしています――ずっと以前から――」
私はうなずいた。そして相手の目を見ながら言った。
「きみは家に帰っても誰もいないだろう。どうだい、今日は私のマンションに泊っていかないか」

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22/11/14 20:48 神亀

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