戻る / 目次 / 次へ

第4章 師弟愛

(1)

ぼくは毎週水曜日の夕方、美術の水原先生のアトリエに通っていた。先生の描く絵のモデルになるためだ。
先生のアトリエは、大学から10分ほどのところにあり、四角い箱を積み重ねたような2階建てで、居住施設も兼ねていた。
家族のいる本宅は郊外にあって、先生は絵の創作活動に入ると、もっぱらアトリエで寝泊まりしていた。
2階の大部屋をアトリエとして使っていて、空いたスペースに就寝用のベッドとソファーセットそれにトイレブースがある。
1階はバストイレとキッチン、6畳ほどのダイニングがあり、外部のピロティー部分に愛車をとめている。
先生は料理の腕前も大したもので、その日の作業が終わったあと、1階のキッチンでお得意の地中海料理を作って、ぼくにご馳走してくれる。

モデルの仕事は、先生が絵の構図を練っている段階では、ぼくはパンツ一枚の姿で、様々なポーズを取らされる。
それを先生は、鉛筆を使ってスケッチブックに素描していく。
モデルをしているとき、身体は動かさないが、頭の中は活発に動いていた。
(先生、ぼくの身体を見て何も感じないの?――ぼくって単なる花や果物と同じなの?――でも先生の作品は、若い男の絵が多いからなあ。ひょっとしたら、男好きを我慢しているんじゃないの?)
ぼくとスケッチブックを交互に見ながら手を動かす先生が、ぼくの頭の中を覗くことが出来たなら、さぞかし仰天するだろう。

そして、絵の構図も決まり、いよいよ本格的な絵の制作が始まった。
ここで先生の注文がひとつ加わった。全裸になれと言うのだ。
「ええっ!先生、パンツも脱ぐんですか?」
水原先生の作品に、若い男性の全裸姿があるのは知っていたが、ぼくはとぼけて驚いた表情をつくった。
先生はあっさりと答えた。
「そうだよ。裸じゃないと絵にならん」
ぼくがおずおずとパンツを脱ぐと先生は、「ほう、きみは可愛らしいお尻をしている」と言った。
ぼくは尻よりも前の方に自信があったが、先生の褒め処は違っていた。

ぼくがようやく先生の希望通りのポーズに辿り着くと、先生は脚のないイーゼルを所定の位置に持っていって、カンバスを立てかけた。
先生は、少しぼくを見上げるような格好で、描き始めた。それにぼくのほうだけではなく、ときおり手元に置いたスケッチ帳や写真を見ていた。
それはぼくにも理解できた。おそらく背景は、室内ではなく、どこか外部の風景だろう。先生はよく合成画の手法を取り入れていた。

(2)

次の週、アトリエを訪れたとき、控え目に彩色した下絵が出来上がっていた。
ぼくがいないときも、先生は絵の創作活動を続けていたのだ。
絵を見て、ぼくは初めて、先生が描こうとしていた情景が分かった。くっきりと晴れ渡った満月の夜空のもと、岩場でくつろぐ若者の姿だった。足下には月光に照らされた原野が遠くまで広がり、彼方には、山の稜線が薄ぼんやりと連なっている。
「背景はどこですか?」とぼくが訊くと、立山だと答えが返ってきた。
先生は昨年、立山の月夜を見て、ぜひ絵に取り入れてみたいと思ったそうだ。
水原先生は画壇でも高名だが、ぼくは改めてプロの技量に感心した。
実際に見た別々の情景を、頭の中で合成して、一枚の絵にまとめるのだ。技術もさることながら、よほど想像力が豊かでないと、こんな絵は描けない。

「今日は、月の光がきみの肌に当たって、どんな色合いになるかの実験だ。本当は実際に、きみを立山に連れて行きたいところだが」
先生はテレビ局に借りたという投光器を用意していた。
窓のカーテンを閉め切って、実験が始まった。調光器で天井灯の照度を落として、投光器の光をぼくの方に向ける。光を和らげるため、何種類かのうすぎぬを取り替えながら、投光器の前に幕を張る。
なんとか月の光に近いものになったが、先生は首を傾げた。
「もうひとつだな。よし、こんどは高木くんのほうだ」
先生はぼくに、下の浴室に行って身体を洗うよう指示した。「ただし、シャワーで流すだけだぞ。石鹸を使うと、油っ気がなくなる」

浴室から戻って再びポーズを取ると、先生はプロの目で見ていたが、「もう少し潤いが必要だな」と言って、サイドボードの上に置いた容器を手にした。ボディーオイルだった。
先生はオイルを手に垂らし、直にぼくの肌に塗りこめだした。顔から首筋に始まり、胸から腹へ、器用な指が這いまわる。
ぼくはムズムズとしてきた。
実はアトリエで裸になる前夜、英語講師の宮内のところに泊って、溜まった精をすっかり吐き出していた。裸のモデルのとき変調を起こさないためだ。
ところが、先生の小さい指が、わき腹から尻の側面を撫でだした頃から、勃起が始まっていた。

指の動きは愛撫するようにゆるやかで、毛穴のひとつとして逃さない、細やかな徹底ぶりだった。
指の先が、下腹から太ももの内側の肌に移動する。
ぼくの若い茎は、明確に聳え立っていた。
握って欲しかった――。愛撫して欲しかった――。
それでも意地悪な指は、触れるか触れないか、ぎりぎりのところを通り抜け、太ももから膝へとオイルを塗りこめる。
ぼくの肉棒はグンと反り返り、快楽を求めて、ビクンビクンと息衝いていた。
たいがいの年配者なら我が身と比較して、多少は悲し気な、あるいは嫉妬めいた表情を見せるのだが、先生はごく冷静な様子だ。
先生は塗りこめ作業を終えると、自己主張するぼくの性器をまったく無視して、出来栄えを眺める。そして「ちょっと、テカり過ぎだな」とか言って、所どころタオルで拭き取ったりする。
そしてあろうことか、そのまま絵の制作活動を始めたのだ。

その日の水原先生の創作活動が終了するころ、さすがにぼくの性器は、力無くうなだれていた。
ぼくは衣服を身に付けて帰り支度をしているとき、ふと思いついて、テーブルの上で開きっ放しになった先生のスケッチブックの端に、「高野六十那智八十」という文字を書き込んだ。
「高野六十那智八十」というのは、ケンから借りた本に書かれていた俚言で、高野山や那智山で修行する僧侶たちは、60歳や80歳になっても、なお小姓役を務める。高齢になっても、他人に後庭華(肛門)を差し出すことによって、相手に情を施す犠牲的献身こそが、仏の功徳に通じる――という意味だ。
高僧に水原先生をなぞらえて、教え子のぼくにお尻を差し出して、情を施しなさい、という思いで書いたのだが、もちろん先生はそんな意味など分からないだろうな、と高を括っていた。
ところが――先生はその言葉を知っていたのだ!

(3)

次の週は、10月10日体育の日、夕方5時過ぎにアトリエに行った。この日は満月で、本物の月の光を浴びたぼくの肌が、どんな色合いになるか見たい、と水原先生は言うのだ。
ぼくがシャワーを浴びて2階のアトリエに行くと、先生はスケッチブックを示して「これはきみが書いたのだろう?」と言った。
「高野六十那智八十」とぼくが悪戯書きしたところだ。
ぼくが何とも答えられないでいると、先生はニヤリとした。
「私は高野山や那智の坊さんほど歳を取っていないが、きみがそんなサービスを望むのなら、応えてやらないわけでもない」
(ええっ!マジで――)
ぼくが驚いて先生の顔を見ると、先生は訳知り顔にうなずいた。
「たまには師弟愛を楽しまないとな」

この日は窓を開け放って、月の光が室内に差し込むようにした。そしてポーズを取るぼくの裸体に対して、先週と同じようにボディーオイルを塗りこめる。
「少し輝きをもたせて神々しい感じにしたいんだ」
などと言いながら、先生は作業を続ける。
先生の指が微妙なところにさしかかったころ、ぼくの分身は狂わんばかりの欲望に囚われ、ビクンビクンと痙攣していた。
ぼくは悩まし気に腰をくねらせた。
「ああっ!先生――」
「うん、何だね?」
「お願いです!もう、我慢できません」
「ああ、そのこと。我慢しなさい。あとでご褒美をあげるから」

その日の絵の制作活動が終って、いよいよお楽しみの時間――と思いきや、先生は一向にそんな素振りを見せない。
「お、もう10時か。よし、今夜はご馳走してやる」
と言って、1階に降りて料理を始めた。エビや貝の具材を豊富に使った、地中海料理のパエリアだ。
オリーブオイルやピリッとした香辛料が効いて、絶妙の味だった。ぼくは先生の料理の腕前に感謝しつつ、遅い晩飯を堪能した。

腹が落ち着いたところで、先生は白ワインを飲みながら言った。
「遅くなった。今夜は泊まっていきなさい」
それを聞いて、ぼくはにわかに湧き立った。ベッドは2階のひとつしかない。
と言うことは――。
ぼくの気持ちを見透かしたように、先生は言った。
「今夜は約束通り、師弟愛を楽しもうじゃないか」
先生の話は男色モードに切り替わっていた。「絵の修行でフランスやスペインに滞在したとき、男色を覚えてね。それもタチウケ両方だ」
小柄ながら、威厳ある顔立ちの水原先生がそんな話をしている姿は、奇妙な感じだった。先生は続けた。
「あちらの男達は性器が大きくて、最初、受けるのはとても無理と思っていた。それが、意外に人間の体は包容力があるものだ。しまいには、難なく収めることができた。だからきみの元気棒も軽く受け入れてやる」

ぼくたちは二人して、浴室に行った。先生が裸になったとき、ぼくは仰天した。
巨根だった!それを150センチそこそこの小男がぶら下げているのだ。
先生はシリンジを使って自分の直腸を洗浄すると、ぼくにも浣腸を求めた。
ぼくは俄かに不安になった。まさか先生、ぼくのお尻に――。

(4)

2階のベッドで裸になったとき、先生は不安を増長させることを言った。
「わたしはお尻フェチなんだ。先にきみのお尻を見せておくれ」
ぼくは恐々ながら、うつ伏せになった。先生はぼくの足を開かせ、その間に屈みこんだ。双丘を掴んで開きながら、先生の声が聞こえた。
「きれいだ。やはりアヌスは、若い男のものが一番だな」
尻の狭間に息がかかった、と思った途端、肛門を舐められた。
ひっ!ぼくは思わず肛門をすぼめた。
それをものともせず、先生は舌を使って舐め続けた。チロチロと舐め、ヌンメリと舐め、えぐるように舐める。
ぬあーっ!ぼくはのけ反った。肛門にこんな快感があるとは知らなかった。

そのうち何かがおかしいと気づいた。肛門に舌ではない何かの圧迫感を感じた。それが巨大な老根と気づいて、ぼくは慌てふためいた。
「先生、だめですッ!そんなの無理ですッ!」
しかし先生は本気で入れる気はなく、肛門に陰茎を押しつけたまま、ぼくの体に覆いかぶさって、腰をうごめかした。
「私がもう少し若ければ、きみの腰が立たなくなるほど可愛がってやるのだが」

ようやくぼくが先生の果実を味わう番がきた。
外国人の大きな性器を受け入れた割には、小ぢんまりとした肛門だった。指を入れた感じでも、ぼくが経験した二人の年配者たちに比べ、狭かった。
ぼくはオイルをたっぷりと塗り、先生の狭間にじんわりと浸透していった。
「ああっ!ゆっくり――ゆっくりと入れておくれ」
先ほどは、ぼくの元気棒を軽く受け入れてやる、と言っていた割には、何とも情けない声だった。

すっかり入り込むと、先生は小休止を要求した。
夜は長い。ぼくは先生の要望通り、いったん引き抜いた。
「きみの男根はカリが張って、造形的だ。だから、絵を描く上では申し分ないが、受け入れて楽しむには刺激が強すぎる」
弱音を吐いた負け惜しみなのか、先生は解説した。

少しして再開した。今度は比較的スムーズに入った。
目の前に、目をしっかりと閉じて、顔をしかめた先生の顔がある。頭の上がらなかった先生を、いたぶっているという思いから、ぼくは異様に興奮した。
嗜虐的に、小さくあるいは大きく抽送を繰り返すと、最初の5、6回は、軋みや突っかかるような感じがあったが、あとはずるりずるりと滑らかに抽送できた。水原先生の内部が急速に馴染んできたのを感じた。
ぼくは心地良く腰をうねらせながら、先生に声をかけた。
「先生、すごく気持ちいいです」
「うう――ひっ、ゆっくり――あ、ああーっ」
秋の夜長、外では虫の鳴き声、室内では呻き声と湿った音がつづいた。


戻る / 目次 / 次へ

22/09/04 16:45 神亀

top / 感想

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.35b