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(7)カミングアウト

一目見たときからその爺さんは桂介の生殖細胞を刺激した。もう80代に入っていると思われる。背は低いがほどよく肉がついて、そそられる体つきだ。
卵型の顔は艶やかで、こんな歳の取り方をしたい、と思うほど穏やかな顔つきをしている。
その爺さんが、こちらの世界の人間だというのは、すぐに分かった。
伏し目勝ちだが、時折こちらを見る眼つきは、桂介の股間にしっとりと絡みついている。
こうした場合、榊原桂介は直情的に行動する。
「爺さん、暇だったら俺とスキンシップを楽しむか」
誘われるのを待っていたのか、爺さんは即座に頷いて、「じゃあ、そこのホテルに参りましょう」と言った。

バスルームから出てきた爺さんは、老人の理想形ともいえる裸をしていた。体毛がない肌は、80歳と言う年齢にしては艶があった。それに、よほど男色経験が豊富なのか、尺八もうっとりするほどうまかった。
老人の尻は、尻穴まわりの肉が盛り上がったようについて、それが菊座の深みを増し、その卑猥な感じが、桂介を興奮させた。
秘孔に突き入れたときの感触も抜群だった。少し緩めだが、桂介の大きさにぴったりだった。ほんの数回抽送させただけで、動きが滑らかになる。
桂介は遠慮なく、爺さんの尻を犯しだした。
またその泣き声が可愛らしくて、いつになく激しく腰をうねらせた。
桂介の大いなる如意棒、パワー全開である。



政治家はなかなか本心を表さないが、都議会議員、榊原桂介の本質は、「ありのまま」である。
自然のまま、男好きのまま、それがなぜ悪い――といったように。
そんなところが榊原桂介という人間の面白さであり、良さだった。それは率直さと同時に子供っぽさでもあった。
桂介は、今年の春行われる区長選挙目指して、着々と準備を整えていた。気が置けない友人たちにも、内輪の集まりで自分の意思を伝えていた。
しかし彼の最大の後援者、奥野兼蔵のところでつまずいた。奥野は82歳になる地元国会議員で、政界でも隠然たる力を持っている。桂介が区長選に出馬する旨伝えると、奥野はにべもなく言ったのだ。
「区長になるには、きみは歳を食いすぎている。ここは若い人に任せろ」
(自分だって82歳の国会議員じゃないか)と思ったが、桂介は質問した。
「親父さん、他に候補者がいるんですか?」
「ああ、経済学者の甘野丙造を推そうと思っている」
(甘野丙造?)桂介は、顔を曇らせた。甘野は50代の大学教授だが、タレント志向の強い男だ。なよっとした中性的な男で、若者受けするギャル用語を多用し軽い言動をする。

その日は結論を出さずに帰ったが、次に会ったときも、長老に返事を迫られた。桂介が渋っていると、奥野兼蔵は最後の手段に出た。
「じつはこんなのが、わしのもとに送られてきた」
奥野が見せたのはUSBメモリーだった。奥野の秘書の川崎が、桂介の目の前でパソコンを開いて、メモリーを接続した。
画面に出てきた動画を見て、桂介はハッとした。ベッドにしがみつく老人を背後から犯す桂介――相手はこの前の老人だった。そして気づいた。最初から老人はこんなビデオを撮るために、桂介に接近してきたのだ。
画面を見つめる桂介に向かって、奥野兼蔵はのんびりと言った。
「誰が何の目的で、こんなビデオをわしの所に送ってきたか知らんが、おそらくきみが区長選に出れば、このビデオがネット上に流れるぞ、と言う脅しじゃないかな」
明白な脅迫だった。おそらく出どころは奥野本人だ。陰険な川崎あたりが動いたのだろう。この秘書は以前から桂介に対抗意識を持っていた。
胸の内でムラムラッと反骨精神が湧きあがったが、桂介はこの日も黙って、長老のもとを辞した。

サロン陶仙房に戻ると、小林一成と神谷雄一が待っていた。
桂介の顔を見て、一成が声をかけた。
「おい、ケイスケ、難しい顔をしてるな。未来の区長がそんな顔をするな」
「ああ、それがな――」
桂介は奥野兼蔵の所に行ったときの出来事を話した。
話が終ると、一成が訊いた。
「それでお前、どうするんだ?」
桂介は腕組みして、思案顔で黙っている。
それまで黙って聞いていた雄一が、ふと顔をあげた。
「おい!考えるまでもないだろ。いつもの猪突猛進で行けよ」
言ったあと、下から睨め付けるように桂介を見た。「それとも何か、お前、動画が流れるのが怖いのか?」

桂介は腕組みを解き、おもむろに話しだした。
「動画なんか、屁とも思ってない。俺が考えていたのは、奥野先生のことだ。俺が都議会議員になれたのは、先生のお陰だからな。今、区長選挙に立候補すれば、先生に反旗を翻すことになる――」
そこできっぱりと言った。「それでも俺は、区長選に無所属で立候補する。当然だが党には離党届を出す。だいたいゲイ動画で脅しをかけるなんて、姑息な手段が気に食わん!」
二人の友が一斉に言った。
「よしっ、それでこそケイスケだ!」
「おう、俺たちも応援するぞ!」
70歳のワル爺三羽烏、元気よく気勢をあげた。

榊原桂介は、区長選挙立候補の届け出をしたあと、記者会見をした。
「私はあけぼの区に生まれ、これまでずっとここで生活してまいりました。年を経て経験を積んだ今、あけぼの区にご恩返ししたい、という思いで本日、区長選に立候補の届け出をしました。
私事ながら、今から12年前、私の妻は2人の子供と4人の孫を残して病死しました。私は亡き妻への思いが強く、結果ゲイに転向しました。
LGBTに対する差別をなくそうという運動は、世界中に広がっています。自らゲイである私は、日本でもこの運動を推進して参りたいと考えております。
しかし、LGBTを蔑む人たちがいるのも事実です。その一人は、私が区長選挙に立候補すれば、隠し撮りした私のゲイ動画をネット上に流す、と私を脅迫しております。しかし私は、脅迫や権力に屈しません。だから叫びます。
くたばれ、奥野兼蔵!お前なんか屁でもないわ!」
そこで冷静な口調に戻って、「ということで、私は選挙で正々堂々と戦います」

会場に騒然とした雰囲気が流れた。驚いた顔や面白がる顔――。それらを平然と見ながら、桂介は席を立った。

奥野兼蔵の事務所では奥野本人と秘書の川崎渉、それに区長選に立候補した甘野丙造が、苦虫を噛みつぶしたような顔で集まっていた。
「あのホモたぬき、ケツをまくったわね。それに奥野先生のことを、くたばれ、だなんて――まったく失礼な奴ねえ」
憤慨やり方ない甘野の横で、奥野兼蔵は平然としている。
「あの男、離党届も出しおった。まあ、負け戦と知って出馬したんだ。あの男にも意地があるんだろう」
そこで長老は、秘書に命令した。「川崎、例の動画をネットに流せ」
言われた川崎は逡巡した。
「でもこのタイミングでは、先生が流したと思われかねません」
「構わん、すぐ流せ。べつにポルノ法に引っ掛かるものでもないだろう。チンポは見えてないんだ」
「そうですか。では、さっそく手配します」
返事はしたが川崎は、悪い予感がしていた。
ゲイ動画は彼が発案したものだが、思わぬ誤算だった。榊原桂介はヤワな男じゃない。榊原がマスコミや大衆を取り込む術は、先生より上手だ。そこで動画など流せば、ますます先生の評判が悪くなる。
政治的嗅覚の鋭い川崎は、先生の議員生命もそう長くない、と思った。

ベテランの元都議会議員が、離党届まで出して区長選に立候補し、ゲイであることをカミングアウトしたのだ。当然のことに、反響は大きかった。それは東京都内だけでなく、全国でも話題にされた。そのこと自体が、まだ日本では性差別に対する意識が、世界標準になっていないということだった。
次の日、例の動画がネット上に流れだした。
当然のことに、榊原桂介の選挙事務所あて匿名メールや手紙が殺到した。

――ホモ野郎に区政が任せられるか!引っ込んでろ!
――ぶっ殺してやる!暗い夜は気を付けな。いつも月夜とは限らんぞ。

などと過激な脅迫文が届く一方、好意的なものもあった。

――応援してます。古い体制をぶっ壊して、新しい街作りをしてください。
――先生のバイタリティー、進取の若い気持ちが大好きです。選挙に勝つことを信じています。
――よくぞカミングアウトしてくれました。同性愛蔑視なんて、いまどき古いですよね。チーママ。
――榊原先生の大ファンです。いい体してますね。いつか会って下さい。45歳のサラリーマン。

選挙事務所とは場所を変えて、小林一成と神谷雄一、それに事務所の苫戸初男がサロン陶仙房に集まって、作戦会議を開いていた。
「動画は流されましたが、事務所に届く反応は好意的なものが多いです」
苫戸は状況を報告していた。
「それにしてもケイスケの奴、あんな激しく爺さんを犯さなくてもいいのに」
雄一がぼやくように言って、苫戸が同調した。
「なんでもあの爺さん、すごく具合が良かったそうで――」
一成が声を張り上げた。
「おい!そんなことはどうだっていいだろ!」
そして続けた。「問題は、こんな状況下でいかに票を集めるかだ」
雄一があとを引き継いで言った。
「区内にある社員の多い会社の後押しが必要だな。ユニハートなんかどうだ」
すぐに苫戸が反応した。
「あそこは難しいです。なにしろ会長の大山さんが、うちの先生と犬猿の仲なんです」
「なんでだ?」と一成。
「昔、うちの先生が、大山会長の2号だった銀座のママを寝取ったそうです」
それを聞いて、大げさに肩をすくめる一成に対して、雄一が言った。
「ユニハートは俺に任せろ。あの会社はブランドを大切にしたポスターを作りたい、と先だって俺のところにきた。だから、ポスターの絵を引き受ける条件に、選挙応援を頼む」
そこで雄一はニヤリとした。「あそこは、女の従業員が圧倒的に多い。大山会長だって、女を寝取られたなんて表立って言えないだろう」
ユニハートは雄一が行くと決まったところで、一成が言った。
「表だけじゃなく裏の方も、押さえておく必要があるな。組の田中会長にも協力依頼しておくか」
「あ、だったら、うちの先生に行ってもらいます。田中会長はうちの先生に恩義を感じているから」と苫戸が言った。
「それはやめとけ。いくら知り合いでも、区長になる公の人間が、裏社会に借りを作るのはいかん。真っ当な区政ができなくなるぞ」
一成は続けた。「だから、田中会長のところには、わしが行く。わしだって田中さんと面識があるんだ」

友人たちが陰ながら選挙応援をしているとき、榊原桂介は娘の足立円華を伴って区内のあちこちを飛び回っていた。
なにしろ円華はミス東京にもなった美人だ。やや本末転倒気味だが、彼女が横にいるだけで、皆の注目を集めた。
雄一と一成が依頼した先は、一勝一敗だった。ユニハートの大山会長が、頑として協力拒否し、雄一と喧嘩別れしたのだ。

あれやこれやで、あっという間の一週間だった。
そして開票結果、榊原桂介の圧倒的勝利だった。
優位と見做されていた甘野丙造は、かろうじて3位にとどまっていた。

区長選挙の数日後、苫戸初男と内村アイの結婚式が催された。式場はホテル付設の小さな教会だった。
司会役が口を開いた。
「皆さま、お待たせしました。花嫁のご登場です。花嫁のお父さま、栄之進さまにエスコートされて、バージンロードを歩いて参ります」
でっぷりと肥った栄之進の腕に手を添え、42歳のアイが、しずしずとバージンロードを歩く。
祭壇では、52歳の花婿、初男が待っている。(バージンじゃないけどな)頭に浮かんだ思いに、初男は笑いをこらえていた。
その横では仲人役の榊原桂介が、区長の初仕事にしては、あまり嬉しくなさそうな顔つきで立っている。
参列者の最前列にはサロン陶仙房オーナーの小林一成と画家の神谷雄一が、つまらなさそうな顔をして、大人しく座っている。
その後ろの席にはサロンの従業員、小穴洋平と古坂澄夫が、まるで自分たちの式であるかのように、幸せそうな表情で仲良く腰掛けている。
花嫁の一人息子、内村数馬は、式場の後ろの方にいた。その横には、大学教授の山賀秀夫が寄り添うように立っている。二人は人目を気にしながらも、そっと手を握りあっていた。

       これにてサロン陶仙房の交響楽もフィナーレとしよう。

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22/03/12 06:00 神亀

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