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(6)老人愛

今年は例年になく雪が多かった。街を歩いていても、家の陰や樹木の足元に積もった雪が、なかなか溶けない。
しかし3月に入ると、ようやく春めいた日差しのある日が多くなった。
小林一成は月に一度、内科医に通って処方箋をもらい、すぐ前の薬局で薬を求めるのが定例になっていた。高血圧と高脂血症の薬である。
薬局を出たところで、見知った婦人連が3人集まって、世間話をしていた。
一成の顔を認め、ひとりが声をかけた。
「あら、会長さん、こんにちは」そして「ねえ、ご存じでした、賀来さんのご主人が亡くなられたって」
すぐ横にいた賀来夫人が、黙って頭を下げた。
一成にとって寝耳に水のニュースだった。そして大きな喪失感に襲われ、一瞬、頭の中が真っ白になった。この1ヶ月間、賀来爺の姿を見なくて心配していたがまさか死んだなんて――。
一成は賀来夫人に向け、かろうじて声に出した。
「それはご愁傷様でした。――いつ亡くなられたのですか?」
夫人はおだやかな笑みを浮かべた。若い頃はさぞかし美人だっただろう。
「もう1週間になります。特にこれと言った病気でもなかったのですが、死因は心不全だとお医者様は言われました。健康だった主人も、85歳になった頃から体が弱ってまいりましたが、寝込むこともなく――」
そこで夫を思ったのか、ふと言葉を途切らせた。
一成はあわてて言った。
「ご主人は苦しむこともなく、亡くなられたのですね。――こう言っては失礼になるかも知れませんが、ピンピンコロリで亡くなられたわけだ」
そこでほかの婦人が横から口出しした。
「そう、ピンピンコロリなんだから、幸せな人生と思わなくちゃ」
賀来夫人が気を取り直して言った。
「主人はもともと淡白な性格でした。死ぬときも淡々として、あっけなく逝ったものですから――なんだか悲しみを通り越して、実感が湧かないんです」

サロン陶仙房に戻ると、新しく従業員になった古坂澄夫が、店の前にあるボードの取り換えをやっていた。近くで飲食店をやっていたが、相方が死んだあと一成が引き取って、洋平と一緒に2階に住まわせている。
澄夫が、一成に気づいて笑いかけた。
「お帰りなさい。春用のウエルカムボードに代えているところです」
一成は「ああ、ごくろうさん」と言って、店に入っていった。
小穴洋平は馴染みの客と話していたが、一成の何か言いたそうな顔に気づいて、近づいて来た。
「会長、なにかありましたか?」
「ああ、賀来爺さんが亡くなったらしい」
「あんな元気だった賀来さんが――」
洋平も少なからずショックを受けたようだ。
一成はふと思い出した、前に洋平が賀来爺のことを言っていたのを。

「ねえ、賀来さんを見ていると、撫でてやりたくならない?」
「なにい!」
「あ、変な意味じゃなくて――そのう、なんか賀来さんって、律儀で、けなげなところがあるじゃない。そこが可愛いのよ」
そのときの一成は、自分と賀来爺の関係を知られたかとひやひやしていた。

初めて賀来爺に出会ったのは、一成が65歳のときだった。
公民館で敬老会の催しがあって、出席していた一成のもとにシニアクラブの役員がひとりの老人を伴ってやってきた。先月、街に引っ越してきたという。
名前は賀来宗一郎、81歳。中肉中背、すっかり薄くなった頭、丸っこいおでこは艶々として、慈愛に満ちた目をしている。口数は少ないが、側にいると温もりを感じるような老人だった。
一成の質問に、老人は控えめで礼儀正しく、訥々と返答する。
4つ下の女房とマンションで二人住まい。頭を使うのはあまり得意ではないが、身体を動かすのが好き。高校生のときレスリングをやっていた、と言う。
そういえば、81歳にしては尻の丸みもあって、柔軟な弾力を感じさせる身体つきをしている。
一成がサロン陶仙房という喫茶店をやっていると言うと、老人は店を知っていた。裏の公園で毎朝やっている、ラジオ体操に参加していると言う。
じゃあ、お茶をご馳走してあげるから、こんど奥さんと一緒に、サロン陶仙房にいらっしゃい、と誘ってその日は別れた。
次の日、老人は夫人を伴って店に来た。それが賀来爺と付き合い始めたきっかけだった――。

自分の部屋に戻ると、賀来爺への惜別の思いが強くなった。
デスクの上や棚には、これまで一成が気に入った男たちの写真がある。さほど数は多くないが、大のお気に入りは、賀来爺とのツーショット写真だ。二人が初めて結ばれた日――鬼怒川温泉に行ったときだ。一成に肩を抱かれながら、賀来爺は控えめに笑みを浮かべている。
そのときのことを思い出すだけで、身体の芯があたたかくなる。

賀来爺との初対面から半年ほどが過ぎた頃、町内の旅行があった。
お決まりの鬼怒川温泉の一泊旅行だ。賀来爺も参加すると聞いて、一成は旅行の幹事に手を回して、自分と相部屋にした。
宴会の後、割り当てられた部屋に戻ると、賀来爺は町内会長と二人きりということもあって、多少緊張しているようだった。
一成は老人の硬さをほぐそうと、露天風呂に誘った。宿に着いたとき全員で一度入っているが、老人が風呂好きということを知っての誘いだ。

薄暗い照明の下、岩を組んだ露天風呂はピークを過ぎて、入湯客もまばらだった。
二人は岩に背中を預け、肩まで浸かってのんびりと会話した。
「ふう、いい湯だ。奥さんも連れてくればよかったですね」
一成が言うと、賀来爺は淡々とした口調で答えた。
「女房は趣味が合わない、と言っていつも私と別行動です。家でも、お互い干渉することはありません」
一成は、オヤ、と思った。二人を見るかぎり、夫婦仲はいいと思っていたからだ。そういえば、これまで何かの集まりでは、いつも爺さん一人で来ていた。夫人のほうは、ほかの婦人連中と付き合っているようだ。
一成は冗談めかして言った。
「それはお寂しい。だったら私が、賀来さんの恋人になってあげましょうか」
そして、この老人の嗜好を探った。「男の恋人は嫌ですか?」
驚いたことに、老人はあっさりと答えた。
「会長さんがお相手でしたら、嫌ではありません」

エッと思った。老人は、男色の何たるかを理解しているのか?
賀来爺は高齢にもかかわらず、体毛のないきれいな肌をしていた。胸も腰回りも尻も、さほど肉が落ちてなく、一成の好き心を刺激する。
その頃の一成は、まだ男の力が残っていた。
賀来爺に対する欲望が、急激に高まった。彼はそっと老人の腰に腕を回して、「そろそろ部屋に戻りますか」とささやいた。

賀来爺は何の抵抗も示さず、一成の言いなりになった。
最初は一成が積極的に動いて、老人はじっとしていた。肌と肌を合わせ、滑らかな体を愛撫しながら、口づけしたり、乳首を含んだり、逸物をしゃぶったりした。老人の逸物は、標準サイズだが、皮がきれいにめくれていた。尺八していると、大きくなって、ほんのわずか芯が通ってきた。
その後は、老人の番だった。言われるままに、一成の太い逸物を舐めたり、口に入れたりしだした。その仕草は、男を相手にするのは初めてでない気がした。
あとで老人に訊くと、もうずいぶん昔、高校生のとき、レスリングを教えていた先生が、自宅に賀来を呼んで、男色行為を強要された、という。
「でも、お尻に入れられたのは、今夜が初めてです」

賀来爺は、一成に対して献身的だった。
一成が、未通の菊座を弛める作業をしている間も、四つん這いになって、じっと辛抱していた。
一成の、笠の開いていない育ちすぎのマツタケを思わせる逸物は、パンパンに張り詰めていた。(本当に入るのか?)疑問はあったが、蕩けるように弛んだ秘門にあてがい、じんわりと突き入れていった。
「ああっ!ああぁ――」
さすがに賀来爺は、苦痛の声をあげた。
老人のお初を犯したときの感動――内部は熱く、老いた息吹が伝わってきた。
若干の申し訳なさを覚えながら、一成は太い腰をうねらせだした。



朝起きて、横に80過ぎの爺さんが寝ていることに気づいて、不思議な気持ちがした。後ろめたさと可哀そうに思う気持ちと――幸せ感。
身動きすると、賀来爺が目を開けた。
老人は恥ずかしそうに微笑んだ。昨夜のことを、恨んではいないようだ。
「昨夜は申し訳ないことをした。つい、あなたを見ていると、どうにも抑えが利かなくなって――」
一成の弁解に、老いた慈眼でこちらを見ながら、老人は淡々と言った。
「でも会長さんは、私の恋人ですから」

ところでサロン陶仙房には、一成の友人の画家、神谷雄一の小作品がたくさん飾られている。買い取るのは無理なので、友人の誼みで借りている。
ただし、セキュリティー対策を万全にし、盗難保険もかけている。
賀来爺は絵を見るのが趣味で、ときどき陶仙房を訪れるようになった。もちろん、タイミングさえ合えば、一成と3階にあがって艶めいたこともやる。
あるとき店で、その賀来爺と画家の神谷が鉢合わせした。なにしろ友人の中で、男好きの最たる神谷である。さっそく老人にアタックをかけた。そして、絵が好きだと言う賀来爺の全身を、画家の眼つきでじっくりと見ていた。

それから10日ほど経った頃、神谷が一枚の絵を持ってきた。なんと、賀来爺の肖像画だ。それも全裸でベッドに横たわる構図だった。
その絵の素晴らしさに見入るより先に、なんで神谷が賀来爺の裸を知っているんだ、と思った。
質問すると、神谷はこともなげに答えた。
「なあに、想像力のなせる技だ」
画家は特殊な映像記憶能力があるという。相手が服を着ていても、肉体を透視する能力があるのだろうか。
後ほどその絵を見た賀来爺は、自分の裸絵を嫌がるどころか、ありがたそうに手を合わせた。その顔は涙ぐんでいた。
「このようにありがたい絵を描いていただけるなんて、畏れ多いことです」
老人はあまりにも純情すぎた。

あるとき、店の従業員が額縁の留め紐を取り換えようとして、つい手が滑って絵を床に落とし傷がついた。ほんの小さな傷だったが、画家のこだわりが許さない。神谷は幼馴染に、弁償を要求した。
一成がいくらだと言うと、「100万円だ」と返答がきた。
「100万円だと!」
「ああ、市場では200万円する。お前への特別価格だ」
絵には盗難保険をかけているが、損害保険はかけていない。考え込む一成に向けて、雄一は驚くことを言った。
「払うのが嫌なら、賀来の爺さんをひと晩貸してくれ。それで弁償は無しだ」
「お前なあ――いい加減にしろ!」
一成はあきれ返った。生身の人間を取引材料にするとは――。

次の日、賀来爺が、3階にある一成の私室にやって来た。
「会長さん、大丈夫です。私が先生のお相手をすれば、万事収まりますから」
一成は老人の言葉に驚いた。誰が言ったのだろう?その疑問はすぐに解けた。神谷本人が老人に直接、持ちかけたのだ。
(あの野郎――)
雄一に対する憤りを押さえて、老人に訊いた。
「でも賀来さん、何をされるのか、分かってるの?」
「私も子供じゃありません。会長さんが教えてくれたことでしょう?」
「そこまで分かってるんならいいけど――あいつ、でかいぞ」
賀来爺は訳知り顔にうなずいた。
「大丈夫です。会長さんの大きさに慣れていますから」

そのタイミングを見計らったように、神谷雄一が部屋にやってきた。
睨みあう一成と雄一をしり目に、賀来爺は、「シャワーをお借りします」と言って、バスルームに向かった。

やがて、賀来爺と神谷の姿が、ドアの向こうの寝室に消えた。
しばらくして、賀来爺の悲鳴が聞こえた。
「うわあっ!こ、これは――立派すぎます」
画家の含み笑いが聞こえてくる。
「ふふふ、ささ、爺さん、こちらに来なさい」
「無理です。そんなの絶対に入らない。許してください」
「許さん。さあこっちに来い!」
もみ合う気配がした。ほどなく賀来爺の悲鳴が上がった。
「あっ、駄目――助けてえ!」

一成があとで後悔したことは、あの時なんで老人を助けに行かなかったのだろう、ということだった。

小林一成は、線香を持って賀来夫人のマンションを訪れた。
和室の片隅に、小さな仏壇が備えられていた。賀来爺の遺影が、微かに笑みを浮かべてこちらを見ている。相変わらず律儀で、おだやかな表情だ。
線香を仏前に供え、おリンを鳴らした。
チーン、と澄んだ音が部屋に染み渡る。
一成は両手を合わせ、老人の冥福を祈った。ふたたび深い喪失感が、押し寄せて来る。
線香の煙が、やけに目に沁みた。

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22/03/10 07:22 神亀

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