(6)
その日は夕方まで、造り酒屋の屋敷で過ごし、晩飯もご馳走になった。
ご隠居さんは、口数は少ないがいかにも幸せそうな表情をして、わたしのそばから離れようとしなかった。
わたしは老人の隣りにいて、ちょっとした拍子に、小さな肩や腰に腕を回した。
そんなとき老人は、いかにもうれしそうに体を預けてくる。
ご隠居さんは、72歳になると言う。ということは、父より3つ歳下だ。わたしは、この柔和な顔立ちをした老人に、すっかり魅了されていた。
薄くなった白髪と丸っこい額、色白の艶やかな頬と淡いピンク色をした滑らかな唇、二重になりかけた上品なあごの線――。とくに、穏和さを滲ませた色素の薄い瞳は、わたしの心をかき乱した。

わたしの父の話題になると、ご隠居さんは、ダンさんと呼んでいた。
「旦那さんのことだよ。ご隠居さんは昭三さんを、ダンさん、ダンさん、って呼んで慕っていた」
泰平さんが、そっと教えてくれた。そしてわたしの父は、老人のことを単に、シュウと呼んでいたらしい。
「修一郎ではまだるっこしいとおっしゃってね」
ご隠居さんが、微笑みながら言った。
「仲がよかったにしても、ずいぶん省いた呼び方ですね。それに、手前勝手な気もする」
わたしがつぶやくと、ご隠居さんは即座に否定した。
「ダンさんは、手前勝手な人じゃありません。いつも相手の立場を思いやる、優しい方でした」
そこで、泰平さんが横から口を挟んだ。
「それは相手によりけりですな。ご隠居さんには優しくても、わしはいつも、いたずらの対象にされていたからね」
ご隠居さんが冷ややかな目で、泰平さんをにらんだ。
泰平さんはあわてて付け足した。
「でも憎めない人だった。厚かましくて、いたずら好きで――そんな昭三さんだから、みんなに好かれていたんだ」
屋敷から退出するとき、気持ちを抑え切れなくなったのか、ご隠居さんがわたしにしがみついてきた。小さな肩が震えている。
老人を抱き締めてやりたかったが、他人の目があるので我慢した。わたしは老人の小さな体を受け止めて、困ったように立ち尽くした。
「お義父さん、お客さまにご迷惑ですよ」
婿が言った。それでもご隠居さんは、わたしから離れようとしなかった。
「よっぽど昇一さんが、気に入ったようやね」
泰平さんが笑いながら言った。「さあ、ご隠居さん。昇一さんには、またすぐ会えますよ」
泰平さんがご隠居さんの肩を抱いて、わたしから離した。そして門の脇に連れて行って、なにやらささやいていた。
ご隠居さんは、気持ちが落ち着いたのか、離れたところでわたしたちを見送った。
泰平さんの家に戻る途中、昨日入った温泉に寄った。
この日も年配の入浴客でにぎわっていた。昨夕、酒席を共にした老人もいて、人懐っこそうに笑いかけてくる。
老人たちを見ていて、ふと思った――彼らのうち何人が、父と関係したのだろうか。そんなことを想うと、ムクムクと頭をもたげてきて、慌てて股間をタオルで隠した。
帰りの車中は、爽快な気分だった。温泉でたっぷりと汗を流した肌に、風が気持ちよかった。それに、老人たちのすてきな裸体を見た後だったので、それが適度の刺激になって、股間に充実した力を感じていた。
「別れるとき、ご隠居さんに何か言っていましたが、何を話していたんですか?」
わたしは、運転席の泰平さんに聞いた。
「ああ、あのときね」
泰平さんはなんでもないというように、丸っこい肩をすくめた。「8時に迎えに行くって、言ったんだ。今夜はわしの家に泊まりなさいってね」
聞いたとたん、わたしの心臓が早鐘を打ち出した。
ご隠居さんのことを思うと、昼間、イッちゃんの体内に放出したにもかかわらず、股間が疼いてくる。
「あんたにぞっこん惚れ込んでいるご隠居さんを見てると、かわいそうになってね。でもご隠居さんを抱くときは、気をつけなされ。病み付きになるかも知れんからのう」
泰平さんは運転をしながら、左手で握りこぶしを作り、曲げた人差し指と中指のあいだから親指を突きだして、わたしに見せた。
「ご隠居さんのあそこは、すごく具合がいいんだ。一緒に寝たことのある人間は、みんなそう言う――」
そこで、ため息をついた。「今夜は、あんたを独り占めしたかったんだが――わしもお人好しだな」
わたしはなんとも応えようがなかった。考えてみれば、父の故郷に来て、父が手を付けた男たちをふたり抱き、さらにもうひとりの老人と関係しようとしているのだ。